足の爪、切ります!~ネイリストの挑戦~

私たちが日常的に手入れをしている爪。ただ、高齢になると、足の爪は固くなったり変形したりしやすいため、自分では切りにくくなってしまいます。爪で悩む高齢者の役に立ちたいと、国の制度を生かして新たな取り組みに挑戦するネイリストを取材しました。

(仙台放送局 藤岡しほり)


【高齢者の爪は切りくい?】

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高齢者の足の爪です。およそ2年間、放置された結果、伸びきってしまい、先端も曲がっています。これでは立つことも難しいといいます。

こうしたケースは、高齢者の間では少なくありません。変形してしまうと、さらに切りにくくなり、ますます悪化するケースもあります。

こうした爪を放置しておくと転倒のリスクも高まり、結果として介護が必要になる場合もあります。転倒しないよう、しっかりとふんばるためにも、日頃から爪を正しく切っておくことが大切なのです。


【立ち上がったネイリスト】

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ネイリスト小磯麻有さんは、日頃から爪を扱う立場から、こうした課題を解決しようとしています。

きっかけは、高齢者の爪を彩る「福祉ネイル」を行っているとき「足の爪を見てくれないか」と頼まれたことでした。

「どうして足の爪?」と疑問に思いながら見てみると、厚く盛りあがり、茶色に変色してしまっていた、それまで見たことがないような爪だったといいます。

このことがきっかけとなり、小磯さんは、去年から、事業として、有料で施設や自宅を訪問して高齢者の足の爪を切り始めました。

「最初に『足の爪は切らないの?』と言われて見せてもらったのは男性の方で、すごく恥ずかしそうな感じだったのを覚えています。実際に見せてもらったら、今までに見たことない爪で『これは困りますね』と問いかけたら『誰も切ってくれないし、どこに相談したらいいのかも分からない』と言っていて、すごく印象に残っています。爪に関してはしっかり勉強してきたつもりでしたが、困ってるというところまでは気づけていなかったのが、その時はすごく悔しかったです。」

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実際にどのように爪を切っているのか、高齢者施設を訪れた小磯さんに同行すると、想像以上に大がかりな装置を運んで準備していて、少し驚きました。

この日は、時間を短縮することで高齢者の負担を減らそうと、看護師と一緒に施術にあたっていました。専用の道具を台車に乗せて施設に運び込み、丁寧に切ったり、削ったりして整えていました。

女性は、始めは緊張している様子でしたが、小磯さんはこまめに「削りますね」「ここ触りますよ」などと声をかけながら進めていきました。すると、女性から「実は痛いところがあったんだ」と切り出され、小磯さんは教えてくれたことに感謝しながら施術を進めていました。

施術が終わるまで、およそ40分。最後はお湯で足を洗ってきれいし、女性は照れながらも「ありがとう」と言いながら、笑顔で部屋に戻っていきました。



【国の制度利用で安心安全を】

しかし、これまでは爪切りを事業にするには課題がありました。厚くなったり変形したりした高齢者の爪を切ることが「医療行為」と見なされて、法令に違反してしまうのではないかと懸念したのです。
これを解消するために利用したのが、国の「グレーゾーン解消制度」でした。

「グレーゾーン解消制度」は新たに始める事業が法令に違反していないかどうか、経済産業省に問い合わせると、回答を得られる制度です。

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小磯さんは、事前の協議におよそ2年半かけてから申請し、その結果、書類を通じて医師が治療の必要がないと判断すれば、変形したり、厚くなった爪でも爪切りを行えることが明確になりました。

爪を切る前に医師に記入してもらう用紙は、治療が必要かどうかや、ネイリストの小磯さんが爪を切っても問題ないかなどを記入してもらう内容になっています。医師との意思疎通を明確にし、記録に残すことで、事業として爪を切ることができるようになったのです。

「『申請にかかる期間は半年ぐらいかな』なんていう心づもりでいましたが、時間をかければかけるほど、すごく大事なことを協議してるんだなとも感じましたし、医療従事者や施設の方のご意見をもらい、この事業のニーズにも改めて気づくことができました。これからこの仕事をずっと続けていくためには、まずは『グレーではない』ということを明らかにしていくことは大事だなと思っていましたし、前向きな回答をもらえたときはこれで困っている方のお役に立てるという、未来ある楽しみや期待を感じていました」

 

【医師が語る爪切りの重要性】

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小磯さんと連携している医師の1人、小山純さんは、爪を切れずに悩む患者を、数多く見てきたと言います。小磯さんのような、医療従事者でない人が事業を行う場合は、医療機関との連携が欠かせないとした上で、今後、こうした事業が広がることに期待感を示しています。

「高齢者は年齢的に、転倒することで骨折するリスクが限りなく高いです。そこから寝たきりになったり、介護がどんどん増えていくという方向にいきますので『しっかりふんばれる爪』にしておくことは、すごく大事なことです。『爪難民』と言って、爪で悩んでいても、どこに相談すればいいか分からない人も多く、高齢者は我慢しがちな傾向にあるということで、医療機関を受診できない方は多くいます。小磯さんのような、民間と医師との間で知識を共有して、高齢者の日々の生活を『爪』という観点から改善していくことは、絶対的に必要だと思います」


【人材確保に向けて】

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事業が少しずつ軌道にのるなか、小磯さんは、今後に向けて施術できる人材を増やそうと、3月中旬にも講習を始める予定です。

準備に携わるメンバーは、看護師やネイリストの3人。論文などを参考に、定期的に話し合いの場を設け、カリキュラムを作成してきました。

取材をしたこの日は「なぜ爪切りが必要なのか」という基本的なところから、座学だけではなく、実践ができるように施設の協力を得ないといけないなど、具体的な話が進められていました。開講に向けて、2月には、県内の病院で看護師を対象に爪切りの重要性などを説明する勉強会も開いています。高齢者を支える現場のスタッフへの周知も行い、課題を共有することで、現場で爪を切れるスタッフを増やそうとしています。

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「現場で、爪を切れる人や、正しいケアができる人が少ないという『気づき』がありました。講習を通して、看護師や介護士に爪切りという『技術』を知ってもらい、的確に行えるようになるシステム作りを目指したいです。将来的には、みなさんが健康的な爪で生活ができるように、『予防』という観点も伝えていきたいし、『困ったときにここに頼ればいいんだ』というように、わたしたちの取り組みについて知ってもらえたら嬉しいです」

 


(取材後記)

「伸びたら切る」ということが当たり前だと思っていた爪で、多くの困っている人がいることを、取材を通じて私自身も初めて知りました。そして、困っていても、なかなか声を上げにくかったり、周囲の人が気づきにくかったりすることもあるのだと痛感しました。爪で困っている本人だけでなく、家族や、高齢者を支える施設などの職員にとっても、小磯さんの活動は役に立っています。この活動が今後、どのように展開されていくのか、引き続き取材を進めていきます。

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仙台放送局記者
藤岡しほり(白石市出身)
2022年入局
仙台市政担当