国会召集日だけに見られる風景 カメラ片手にまわってみた。

1月23日に召集された2023年の通常国会。
「防衛増税」や少子化対策、物価高騰への対応など、われわれの生活に直結する課題が目白押しで、与野党の激しい論戦が行われる見通しだ。
私は、国会や総理大臣官邸を担当するカメラマンで、NHKや民放などでつくる国会内の「映放クラブ」を拠点に活動している。
召集日の国会を撮影していると、独特の慣習や国会運営を陰で支える多くの人たちの存在に気がついた。
今回はちょっと視点を変えて、ニュースでは普段伝えきれない召集日の様子をお伝えしたい。
(梶谷匡)

特別な日

辺りがまだ少し薄暗い午前7時。
この日は都心でも雪がちらつくなど冷え込みの厳しい朝で、国会周辺は分厚い雲に覆われていた。

国会の正面にある中央門で、警備を担当する衛視が2本の国旗を掲揚していた。

この日は第211通常国会の召集日。
午後から天皇陛下をお迎えして開会式が行われ、衆参両院の本会議で岸田総理大臣の施政方針演説などが行われる。

国会の中央門に国旗が掲げられる機会は極めて限られている。
▼国会の開会式で陛下をお迎えするとき▼選挙後の国会で新たに当選した議員が初めて登院するとき▼国賓などの要人が来るときなどだ。

周辺ではそんな特別な日の国会を撮影しようと、私と同じく映放クラブに所属している複数のカメラマンの姿も見られる。
国会で取材をするものとしても特別な日の朝、改めて背筋が伸びる思いがした。

にぎわいを祈り作るそば

召集日の朝は慌ただしい。

参議院裏側のそば店では、すでに明かりがついていた。
国会議事堂の中にはそば店が3店あり、議員や国会で働く人たちのお腹を満たしている。

そばの仕込みを担当していたのは加賀谷龍太さん(38)。
専用の機械にそば粉と水などを混ぜると、次々とそばが流れてくる。

このそば店は昭和26年に営業を始めた老舗だ。
看板メニューの「大もりそば」はおよそ400グラムのボリュームでありながら、350円という安さ。かつおだしから作っためんつゆも評判だ。

ただ、なじみ客が多いこの店も、コロナ禍で客足は3割ほど落ち込み、加えてここ1年は油や小麦、季節の野菜といった原材料費の高騰が悩みの種だという。

加賀谷さんの顔からは気合いが伝わってくる。
多くの客が見込める国会の召集日はふだんよりめんを3割増やすそうだ。

(加賀谷さん)
「いよいよだなって感じですね。お客さんが来てくれるか、楽しみ半分、不安半分。たくさん作って待っているので来てくれるよう祈るだけですね」

顔パスでは入れない? 召集日だけの手続き

正午から衆議院で本会議が開かれる。

国会裏側から衆議院に入ろうとすると、入口に「本日は召集日につき御登院の際は正玄関へ御名刺をお差し出し下さい」という案内を見つけた。

正面にまわってみると紫の布が敷かれたテーブルに国会職員が待機し、登院してきた議員が次々と名刺を差し出していた。

これは「応召手続(おうしょうてつづき)」と呼ばれ、国会の召集日には、総理大臣や議長など役職に関係なくすべての衆議院議員が名刺を提出することが慣習になっている。
どうやら帝国議会時代に規則として明記されていたものが、時代が変わっても慣習として残り続けているらしい。

本会議がはじまる10分前、次々と登院してくる議員で混み合ってきた。
職員は丁寧に名刺を受け取ると名前を確認して登院した人数をカウントしていった。
以前は参議院でも行われていたそうだが、いまも続いているのは衆議院だけだそうだ。

ようやく1年が始まった!

お昼どき。再びそば店を訪ねてみた。
およそ30ある席は8割ほど埋まっていた。閉会中と比べて2割ほど多い客足だという。

朝に話をしてくれた加賀谷さんもそばをゆでるのに忙しい。
見ていると回転が早い。次々と客が入れ代わる。
短時間でさっと食べられることもそば店が多い理由の1つなのかもしれない。
私も次の取材まで急いで「大もりそば」をすする。
濃いめのつゆとあっさりとした味わいのそばの組み合わせがちょうどいい。

(加賀谷さん)
「議員や秘書など国会が開いていないと見かけない人がいたので“国会が始まったんだな”と実感しましたね。これから毎日のように来てくれる人もいるので頑張りたいです」

通常国会は150日間の長丁場。
加賀谷さんたちにとっても気が抜けない日が続きそうだ。

厳粛の空間 中央広間の空席台座

午後1時、参議院本会議場で天皇陛下をお迎えして開会式が行われている。

私はこの時間、ある場所を訪れた。

国会議事堂のちょうど真ん中にある中央広間。
陛下が通られるこの日は鮮やかな赤じゅうたんが敷かれ、ふだんとは違った雰囲気となっている。

中央広間は衆・参の本会議場と並んで国会の代表的な場所とされ、広さはおよそ270平方メートル、天井までの高さは33メートルほどもある。

この中央広間の四隅には、3人の政治家の銅像が置かれている。
議会政治の発展に貢献した▼板垣退助▼大隈重信▼伊藤博文の3人だ。

しかし、残る一角は台座だけが置かれ、ふだんは空席となっている。
この台座が空席の理由は「銅像になるような功績を残せるようにという励まし」や「政治に完成はない」など諸説あるそうだ。

この日は天皇陛下をお迎えするにあたり、樹齢およそ120年の松の盆栽が置かれ、いつにも増して厳粛な空気が流れていた。

国会を見続けてきた店主 この日に思うことは

午後4時。
私は、国会を長年見続けてきた男性に話を聞こうと国会議事堂の裏側にある議員会館に向かった。

国会の土産物を販売する寺田眞三さん(76)。
50年以上国会で働き「シンちゃん」の愛称で親しまれてきた。
かつては橋本龍太郎氏や鳩山由紀夫氏など総理大臣経験者も訪れたという。

総理の似顔絵が入ったお菓子など”時の政権”に関連した商品も扱い、商品の売れ行きで政権の浮き沈みがわかるという。
誰にでも気さくに話しかける寺田さん。
「一寸先は闇」といわれる永田町で、多くの政治家や秘書と顔をあわせるのが何より楽しみだという。

(寺田さん)
「日頃の心がけって顔に出るんだなと思います。落選などの苦労を乗り越えてきた人は本当に良い表情をしています。顔ってその人がどう生きてきたかや品格がよくあらわれると思います。それをここで見るのが好きです」

召集日のこの日、寺田さんのもとには朝から顔なじみが訪れていた。
半世紀にわたり国会を見続けてきた寺田さんに、この国会でなにを期待するのか、聞いてみた。
「お互いの批判ばかりするのではなく、建設的な意見で政策をぶつけ合い、高めていくような論争をしてほしい。政治は国民の生活に密接に関わるので、誰にでも分かるようなやさしい言葉で語りかけ、政治に関心を持ってもらえるような国会になってほしいです」

寺田さんの思いは、政治の動きを伝えるわたしたちにも言われているような気がした。

本格論戦のはじまり

日が暮れだした午後5時。
国会の中央門に掲げられた国旗が降ろされた。
慌ただしく多くの人が行き交っていた召集日の国会。
こうした光景は6月まで続く。
課題が山積するなか、国民のための議論がこの国会でどのように展開されるか、同僚とともに取材を続けたい。

カメラマン
梶谷 匡
2021年夏から映放クラブに所属。国会の売店で歴代総理が描かれた湯飲み茶わんを見つけて亡くなった祖父が愛用していたのを思い出し、懐かしく感じた。