建設アスベスト 国と企業の
責任認める 最高裁が初判決

全国各地の建設現場で、アスベストを吸い込み肺の病気になったとして、元作業員と遺族が訴えた集団訴訟で、最高裁判所は、国と建材メーカーの賠償責任を認める判決を言い渡しました。
13年前から争われている全国の集団訴訟で初めてとなる最高裁の判決を受けて、政府が示す和解案を原告側も受け入れる方針を明らかにし、被害者の救済が前進することになりました。

建設現場で働いていた元作業員たちが、建材のアスベストを吸い込み、肺がんや中皮腫などの病気になったとして、国と建材メーカーに賠償を求めた集団訴訟は、平成20年から全国の裁判所に相次いで起こされ、原告は1200人余りに上っています。

このうち、横浜、東京、京都、大阪の4つの地裁に起こされた裁判で、17日、一連の集団訴訟では初めて、最高裁判所が判決を言い渡し、第1小法廷の深山卓也 裁判長は「国は、昭和50年にはアスベストを使う建設現場に危険性があることや、防じんマスクを着用する必要があることを指導監督すべきだった。アスベストを規制しない違法な状態が昭和50年から平成16年まで続いた」と指摘し、国の賠償責任を認めました。

個人で仕事を請け負ういわゆる「一人親方」についても「人体への危険は労働者であってもなくても変わらない。労働者にあたらない作業員も保護されるべきだ」と指摘し、国の責任を認めました。

また、一部の建材メーカーの賠償責任も認めましたが、メーカーごとの責任の範囲や賠償額については、高裁で審理し直すよう命じ一部の原告はさらに裁判が続くことになりました。

アスベストによる健康被害をめぐっては、建設現場で働いていた500人から600人が毎年アスベストが原因の病気で労災認定を受けていて、健康被害を訴える人は増え続けるとみられています。

判決後の会見で、原告の弁護団長は最高裁判決を受けて政府が示す和解案を受け入れる方針を明らかにし、被害者の救済が前進することになりました。

アスベストと 健康被害を受けた人たちの裁判

アスベストは、安価で軽量であるうえ、耐火や断熱、防音にすぐれているという特性があり、かつては建材や摩擦材など、さまざまな製品として使用されていました。

中でも多かったのが建材として使われたケースで、1950年代から使用が広がり、高度経済成長期のビルの高層化や鉄骨化に伴って、多く使われるようになりました。

独立行政法人「環境再生保全機構」によりますと、1970年代から90年代にかけては、年間およそ30万トンという大量のアスベストが輸入され、使用のピークを迎えていました。

一方、アスベストは非常に細い繊維からなっているため、それを吸い込んでしまうと肺の細胞に沈着しやすく、変化しにくい特性ゆえに細胞の中に長くとどまることになり、肺がんや中皮腫などの病気を引き起こすことがあります。

アスベストを吸い込んでから発症するまでの潜伏期間は10年以上で、長い場合は50年というケースもあることから、アスベストの健康被害は「静かな時限爆弾」と呼ばれるようになりました。

アスベストをめぐっては、1975年に吹きつけ作業の原則禁止やメーカーや事業者にアスベスト建材への警告表示の義務づけ、1995年に事業者に防じんマスクの着用を義務づけるなど、徐々に規制が強化され、2006年にアスベストの製造や使用などが全面的に禁止されました。

ただ、アスベストが大量に使用されていた時代に建設現場で働いていた人たちの中で病気を発症する人が増えていて、今でも毎年、500人から600人が新たに労災と認められています。

さらに、当時建設された建物の老朽化が進んでいることから、これからアスベストが使われた建物の解体が増えて被害者はさらに増加するとみられています。

一方、アスベストを扱う工場における、いわゆる「工場アスベスト」の被害をめぐっては、2005年に兵庫県の大手機械メーカー「クボタ」の工場周辺の住民などのアスベストによる深刻な健康被害が相次いでいることが明らかになりました。

これを踏まえて2006年、被害を救済するための法律「アスベスト健康被害救済法」が施行されました。

また、アスベストを扱う工場で働き健康被害を受けた人たちが国を訴えた裁判では、最高裁判所が2014年に排気装置の設置を義務づける国の規制が遅かったと判断して賠償を命じる判決を言い渡し、この判断に基づいて現在は和解手続きが進められています。

13年に及ぶ裁判 被害の実情 訴え続けてきた人は

13年に及んだ裁判で被害の実情を訴え続けてきた1人、神奈川県平塚市の高橋静男さん(79)。

建設会社で働いたあと独立し、個人で仕事を請け負う「一人親方」となり、住宅のリフォームや公共施設の改修などの現場で30年余り、大工として働きました。

当時の現場について高橋さんは「断熱材を取り付けるために電動のこぎりで切断したりやすりをかけたりしたが、そのたびに大量の真っ白い粉が吹雪のように舞い上がりたくさん吸い込んでいた。当時はアスベストの危険性も知らなかったし保護マスクなんかしていなかった」と振り返ります。

50歳ごろからかぜでもないのにせきやたんが出るようになり、64歳の時にアスベストが原因で肺が線維化してしまう「石綿肺」という病気だと診断されたということです。

肺から酸素を十分に取り込めないため24時間、鼻につないだチューブから酸素を吸入して生活しています。

高橋さんは「家の中で静かにしていてもせきが出て苦しくなるときがあり、体を丸めて症状が収まるのを待つしかない。外出にもボンベが必要で趣味の釣りや旅行にもなかなか行けなくなった。老後の楽しみを奪われ本当にくやしい」と話していました。

そして17日、高橋さんは最高裁の前で判決を待ちました。

午後3時半すぎに弁護団から勝訴を知らされると、支援者と固い握手を交わして喜びを分かち合いました。

高橋さんは「全面的に勝ったのと同じなのでみんなに『勝ったぞ!』と報告したい。ここまで来るのは本当に長かった。この13年で裁判に訴えた7割以上の方が亡くなってしまった。これからも既存の建物の建て替えが終わるまで被害は続く。国には被害が出ないようにしてもらいたいし、裁判やらなくても救済される仕組みを作ってほしい」と話していました。

アスベスト 被害“潜在化”の指摘

最高裁判所が国や建材メーカーの賠償責任を認めた判断を確定させたことを受け、建設アスベスト訴訟の弁護団は去年12月とことし3月、電話相談を実施し合わせて155人から相談が寄せられました。

相談を寄せた人の年齢は詳細を聞き取ることのできた123人のうち116人、率にして94%が60歳以上でした。

また、労働者として働いていてアスベストの健康被害を受け、医療費や療養費の補償が受けられる労災の認定を受けた人は12人、工場周辺の住民や一人親方など被害者が労働者以外の場合に補償が受けられるアスベスト健康被害救済法の認定を受けた人は1人でした。

弁護団は相談内容を把握できた136人のうち123人、率にしておよそ90%は労災の申請などをしていない新たな被害者の可能性があるとしています。

相談を寄せた80歳の男性は一人親方として建設現場で長年働いてきて、10年ほど前から肺の病気を患っていたものの、これまでは病気がアスベストによるものだという自覚がなく、電話相談をきっかけに救済法の申請をすることを検討しています。

申請のサポートをしている労働組合の「東京土建江戸川支部」の藤井文理さんは「発症までが20年から30年と長いので、病気を発症したとしてもそれがアスベストによるものなのかどうか分からないという方が多くいると考えています」と話していました。

電話相談を実施した弁護団の佃俊彦弁護士は「潜在的なアスベストの被害者は非常に多くいるのではないかと懸念しています。国や建材メーカーが建設アスベストの被害にどのように向き合って、どのような解決の方向を打ち出していくのか早く明確にするべきだ」と話していました。

田村厚労相「深くおわび 早期解決に向けしっかり対応」

田村厚生労働大臣は談話を発表し「最高裁判所の判決により国の責任が認められたことについて重く受け止めており、国に責任があると認められた原告の方々に対しては責任を感じ深くおわび申し上げる。判決を踏まえ適切に対応したいと考えている」としています。

そのうえで「このほかの係争中の原告との早期和解や未提訴の被害者などに対する補償について与党でも検討いただいており、厚生労働省としてもできるかぎり早期の解決に向けてしっかり対応したい」としています。

加藤官房長官「国の違法性への判断 重く受け止めている」

加藤官房長官は午後の記者会見で「判決で国の違法性について判断が示されたことを改めて重く受け止めている。与党のプロジェクトチームが設置され、係争中の訴訟の早期和解、健康被害を受けた方々への補償の在り方などについて解決に向けた検討が行われ、取りまとめの議論が行われると承知しており、それに基づき関係省庁で適切に対応していきたい。潜在的な被害者の把握やそうした方々への周知などの対応も検討していきたい」と述べました。

一方、加藤官房長官は「原告団が総理大臣との面会を希望されているところだが現時点で具体的な日程が決まったということは承知していない」と述べました。

専門家「被害者の救済に大変意義が大きい」

公害の法的な問題に詳しい立命館大学の吉村良一 名誉教授は「国の責任について最高裁判所がいわゆる一人親方も含めて明確に認めたことは、多くの被害者の救済につながり大変意義が大きい」と話しています。

そのうえで「判決によって国の責任の範囲が明確になり、救済の在り方の議論もようやく本格的にスタートできると思う。また、建材メーカーについても個別の事情はあるにせよ責任があるということはすでにはっきりしている。多くの被害者を一刻も早く救済するため政府は今後、建材メーカーも含めた救済の在り方について法整備を進めていく必要がある」と指摘しています。