福島飯舘村 菅野村長退任式
原発事故で復興のかじ取り

東京電力福島第一原子力発電所の事故で、一時すべての住民が避難を余儀なくされた福島県飯舘村で、住民の帰還や復興のかじ取りをおこなった菅野典雄村長の退任式が行われました。

飯舘村の菅野村長は平成8年の村長選挙で初当選し「手間暇を惜しまず」、「丁寧に」という意味の「までい」をモットーに村づくりに取り組んできました。

原発事故で村の全域が計画的避難区域に指定されると、住民の避難を指揮するなど、これまで住民の帰還や復興のかじ取りに尽力しました。

任期満了となる26日、村役場では午前10時から菅野村長の退任式が行われ、村の職員や住民などおよそ300人が集まりました。

菅野村長は「村民の心が村の顔であり、それをいちばんの柱に村長として『までいライフ』を進めてきた。復興においても心を分け合うことが大事で、満足度200%の24年間だった」と振り返りました。

そのうえで「1つの自治体として自由もアイデアもあるが、義務も責任も伴う。村民のため、未来のために、自信、誇り、創意工夫をもって働いてほしい」と職員に語りかけました。

このあと菅野村長は集まった人たち一人ひとりとあいさつを交わして、役場をあとにしました。

住民「ご苦労さまでした」

菅野村長の退任式に集まった住民からは、これまでの苦労をねぎらう声が聞かれました。

村内に住む67歳の女性は「とにかくお疲れさまでしたと伝えたいです。震災後、村長が痩せた気がして心配していましたが、笑顔で頑張ってくれました。震災で人口が少なくなりましたが、少しずつ昔のように盛り上がっていってほしいです」と話していました。

また、飯舘村から隣の南相馬市に避難している77歳の女性は「平成の大合併の議論や原発事故などがあった大変な時期に村長を務め、苦労が多かったと思います。ご苦労さまでした、ゆっくりしてくださいと伝えたいです。今後は、若い世代の村長に村のため頑張ってもらいたい」と話していました。

福島県知事「『助けい 支え合いが重要』という理念に共鳴」

福島県の内堀知事は26日午前の定例記者会見で「村長の『助けい、支え合いが重要だ』という理念に私も深く共鳴し、村長の思いを私自身もどこかで県政に取り入れてきたのではないかと今、思い起こしている」と述べました。

そのうえで「原発事故前、そして事故後、自分自身の自治体政策の基本理念をしっかり形にされてきたことに心から敬意の念を持っている。先日会った際、『これからも村民として地域の元気に微力だけど力になりたい』と言っていたので、今後もご活躍されることを祈念している」と話しました。