月入学 メリットは?
デメリットは?専門家に聞く

9月入学について、教育社会学が専門の日本大学の広田照幸教授に聞いてみると、「子どもの学習権の保障が難しくなっているなか、1つの手段としてはあるかもしれないが、教育システム全体に及ぶため、実現は容易でない」と指摘しました。メリットとデメリットをあげてもらいました。

メリットは

(1)学力保障
「今回の事態で本来4月から学ぶべき内容が十分学習できていない。9月からのスタートに切り替えれば、改めて最初からしっかり学ぶことができ、遅れを補うことができる」

(2)国際標準に近づく
「海外では秋入学制度の学校が多い。日本も同様になれば海外の学校への接続がしやすくなり、留学などグローバルな学びが充実できる可能性がある」

デメリットは

(1)入試
「7月や8月など夏の時期に、高校入試や大学入試を行う必要性があるが、十分に対応できるのか。すでに通常どおりの入試スケジュールで、受験の準備を進めている生徒や学校などは混乱が予測される」

(2)家庭の負担増、採用時期見直し
「学生は社会人になるのが半年分遅くなるので、家庭では子どもを扶養する期間が長くなり、その分負担が増す可能性がある。企業も、今の一括した春の採用時期を見直さなければならない」

(3)幼児教育との接続は
「幼稚園の入園や卒園も半年ずらすのか、検討しなければならない。幼稚園教育の内容は、学習指導要領で定められているが、幼児期の発達や年齢に応じたものに見直すことができるのか。保育園の場合、今よりも小学校入学までの半年分、子どもを預かる体制や予算を確保しなければならない」

(4)切れ目ない教育可能?
「今の教育は、幼稚園から大学まで、ギャップが生じないよう、切れ目のない仕組みになっている。1つ変えようとすると、すべての学校、教育段階に影響が出る。変更は容易ではないと思う」

(5)学校の運営
「私立の場合は、授業料の支払いで経営が成り立っているが、9月入学になると、支払いが後ろ倒しになり経営が危うくなる学校も出てくるのではないか。国公立や私立ともに学校への補償も検討が必要だ」

9月入学議論 経緯と課題は

9月入学は、日本でも明治時代は、大学で行われていました。

戦後は、新たな学校教育法に基づき、義務教育から大学まで、4月入学とされてきました。しかし、大学については、その見直しがたびたび議論されてきました。

中曽根内閣のもとに始まった臨時教育審議会では、9月入学は、海外の大学で多く取り入れられ、意義があるという意見もありましたが、企業の採用活動の問題などで課題があり、導入に向けた動きにはつながりませんでした。

平成19年には、学校教育法施行規則の改正で、学長の判断で学年の開始時期を4月以降にすることが可能となるなど、弾力化されました。

こうした中、社会的に話題となったのは、平成24年に東京大学が秋入学の構想を明らかにした時でした。しかし、一括採用の時期と外れることや、3月に入試を終えてから、秋に入学するまでの期間をどうするかなどの課題があり、導入は見送られました。

現在は100を超える大学で4月以外の時期に学生を入学させていますが、大多数は4月入学のままです。

一方で、義務教育となる小中学校、そして高校については、文部科学省でも具体的な秋入学についての議論は確認できないということです。

新型コロナウイルスの影響で突如、持ち上がった今回の議論について、文部科学省は「休校が続く中、あらゆる事態を想定してさまざまな選択肢を検討している」としています。

賛成派 尾木直樹さん「“国際基準”にそろえるチャンス」

9月入学について教育評論家の尾木直樹さんは、賛成する立場をとっています。その理由については、「子どもたちが現在、置かれている環境では、オンライン授業が行える学校とそうでない学校、家庭の中でも資金のある家とそこまでできない家で、学習の格差が生まれている。遅れを取り戻すため、夏休みを削減したり、補習授業を7時間目まで行ったりして詰め込むと、不登校になる子が出てくる。時間にゆとりを持つためにも9月入学や始業式の制度を作るべきだ」と指摘しました。

さらに、「先進国の中では4月入学は日本だけで、諸外国では9月入学がほとんどだ。その基準にそろえると、日本の学生も海外の学校に入学しやすくなるし、国際的な競争力が落ちている日本の大学に、海外の有名大学から教授を呼びやすくなる。平時では、なかなか変えられないものをコロナ禍で改革し、チャンスに変える機会だ」と話しています。

慎重派 内田良 准教授「設備の環境が整っていない」

9月入学に、慎重な立場をとる教育社会学者の名古屋大学の内田良准教授は「グローバルスタンダードにあわせることができ、学習の遅れを戻せるメリットがある一方、どのようなデメリットがあるかを早急に洗い出し、それを抑えられるか検討する必要がある。学校教育は、幼稚園から小中学校、そして高校と12年以上にわたって内容が敷き詰められている。ひとつのゆがみが生じるだけでそれ以上に影響が出てくるので簡単にはいかない。教育の世界にとどまらず、日本社会全体に、大きなハードルがあると思う」と述べました。

さらに、「コロナが9月でもまん延しているようであれば、9月入学に変更するには、オンライン授業の環境があることが最低条件だが、各学校や家庭でそうした環境は整っていない。この数か月の間に、どこまで準備ができるのか、その準備ができないまま、9月入学と言うのは非常に危ういと考える」と指摘しています。

専門家「9月入学 学生と企業 双方に一定のメリット」

学校の入学時期を9月に変更する意見が出ていることについて、就職情報大手のリクルートキャリア就職みらい研究所の増本全 所長は、「9月入学になると海外の大学との足並みが揃うことになり、学生にとってはいろいろな留学がしやすくなる可能性がある。企業にとっても、グローバルでの競争の中で、国際的な人材の獲得が進む面もあると思う」と話し、9月入学は学生、企業双方に一定のメリットはあるという認識を示しました。

また、増本所長は「これまでも企業と大学の間で多様で柔軟な採用や就職活動のあり方が検討されてきたが、通年採用をはじめとする多様な採用のあり方の議論がさらに進んでいく可能性がある」と指摘しました。

その上で、「学生が安心して社会への一歩を踏み出せるかどうかがもっとも重要だ。9月入学に変更する場合でも情報を徹底的に開示して学生の不安を取り除くよう環境を整える必要がある」と述べ、9月入学を本格的に議論する場合は、学生が不安にならないよう速やかな情報の開示が重要だと指摘しました。