世代型社会保障制度
実現へ 検討会議スタート

全世代型社会保障制度の実現に向け、政府の司令塔となる新たな会議の初会合が開かれ、安倍総理大臣は、制度の支え手を増やすなど持続可能な改革を検討するよう求めました。さらなる高齢化社会を見据え、給付と負担の見直しを含めた抜本的な改革の議論に踏み込めるのかが焦点となります。

政府が新たに設置した「全世代型社会保障検討会議」の初会合には、安倍総理大臣や関係閣僚のほか、経団連会長の中西宏明氏や、慶應義塾の前塾長の清家篤氏ら9人の有識者が出席しました。

会合では、いわゆる団塊の世代が75歳になり始める2022年を見据え、年金・医療・介護の制度改革をはじめ、多様な働き方の実現など、時代にあわせた社会保障制度のあり方について議論していくことを確認しました。

有識者からは、制度を維持するためには支え手を増やす取り組みが重要だとして、希望すれば、70歳まで働けるよう高齢者の就業機会を確保することや、健康寿命を延ばすための病気や介護の予防、それに、多様な働き方にあわせて兼業・副業が可能になる環境整備を進めていくべきだという意見が出されました。

また、高齢者の就労促進にあわせて、年金の受給開始年齢の選択肢を70歳以降にも広げることや、いわゆる「就職氷河期」世代の低年金対策として、パートで働く人などへの厚生年金の適用拡大をテーマにすべきだという意見も出されました。

一方、膨らむ社会保障費を抑えるため、給付と負担の見直しを議論すべきだという指摘も出され、75歳以上の後期高齢者の病院での窓口負担を今の原則1割から引き上げるかどうかも検討課題となる見通しです。

安倍総理大臣は「全世代型社会保障への改革は最大のチャレンジだ。少子高齢化と同時にライフスタイルが多様となる中で、人生100年時代の到来を見据えながら、社会保障全般にわたる持続可能な改革を検討してもらいたい」と求めました。

検討会議では、与党内での議論もにらみながら、年内に中間報告、来年夏に最終報告をまとめる予定で、さらなる高齢化社会を見据え、給付と負担の見直しを含めた抜本的な改革の議論に踏み込めるのかが焦点となります。

改革の背景に超高齢化社会

社会保障制度の改革が求められる背景には、高齢化のさらなる進展があります。

3年後の2022年には、昭和22年から24年の第1次ベビーブームに生まれたいわゆる「団塊の世代」が75歳になり始めます。

そして2025年には、「団塊の世代」合わせて560万人余りが、すべて75歳以上の後期高齢者になります。

その結果、2025年には75歳以上の後期高齢者は2180万人と人口全体の18%にのぼると予測されています。5人に1人が後期高齢者となり、社会保障費の急増が見込まれることから「2025年問題」と言われています。

さらに、2040年には第2次ベビーブームの団塊ジュニア世代が65歳以上となり、高齢者の数は3900万人余りとピークを迎えます。

これにともなって年金、医療、介護にかかる社会保障費は、膨らみ続け、昨年度(2018年度)のおよそ121兆円から、2025年度には140兆から141兆円に、2040年度には、現在の1.5倍以上の188兆円から190兆円に達すると試算されています。

高齢化の進展によって膨れあがる社会保障費を、どのように賄っていくのかが喫緊の課題となっているのです。

論点「高齢者の就労促進」

会議では、まず、高齢者の就労促進の議論が進められる見通しです。

政府の調査によりますと、65歳以上で働いている人は去年862万人と、これまでで最も多くなりました。政府は、意欲のある高齢者が希望すれば長く働けるよう環境整備を進めることにしています。

背景には、現役世代の人口が減る中、元気な高齢者にも社会保障の支え手に回ってもらいたいというねらいがあります。

現在、企業には希望者全員の65歳までの雇用が義務づけられていますが、政府は70歳まで就業機会を確保するための制度案を決め、ことし6月の「骨太の方針」に盛り込みました。

制度案では、定年の廃止や70歳までの定年延長、継続雇用制度の導入など7つの選択肢を挙げ、企業が選べる仕組みとしていて、政府は企業に努力を求める法案を来年の通常国会に提出する予定です。

会議ではさらに、企業がどの程度、責任を負うかなど企業側の関与のあり方について具体的な検討が行われる見通しです。

また、年金の受給開始年齢の選択肢を70歳以降にも広げるなど、年金制度の見直しも合わせて議論することにしています。

論点「年金分野」

年金分野では、まず、厚生年金の適用範囲の拡大が論点となります。

パートなどで働く短時間労働者が厚生年金に加入しやすくなるよう、加入条件を緩和することが検討されます。短時間労働者の将来の所得保障につながり、いわゆる「就職氷河期」世代の非正規雇用の人たちの低年金対策にもなると期待されています。一方で、保険料の半分を支払う企業側の負担が増えることから、理解が得られるのかが焦点となります。

また、現在60歳から70歳までの間で選べる年金の受給開始年齢を75歳まで選択できるようにすることや、高齢者の就業意欲を削いでいると指摘される一定の収入がある高齢者の年金を減らす「在職老齢年金」という制度の廃止を含めた見直しも検討課題となります。

こうした制度改革は、厚生労働省の審議会でも並行して議論が進められていて、政府は、来年の通常国会に関連法案を提出したい考えです。

論点「医療分野」

医療分野では75歳以上の後期高齢者の病院などでの窓口負担を今の原則1割から引き上げるかどうかも検討課題となる見通しです。

医療費は、昨年度(2018年度)は、およそ40兆円でしたが、高齢化の進展に伴って膨らむ見通しで、2025年度には47兆円から48兆円に、さらに、2040年度には現在の1.5倍以上に当たる67兆円から69兆円に膨らむと試算されています。

一方で、医療・介護・年金を合わせたサラリーマンの保険料率も2022年度には30%を超えると見込まれています。

このため、現役世代の負担を軽減し、医療保険制度を維持するためには、高齢者にも一定の負担増を求める必要があるとして、財務省の審議会や健保連=健康保険組合連合会は、窓口負担を原則2割に引き上げることを求めています。

これに対し、日本医師会などは、生活が苦しい高齢者が病院に行くのを控える受診抑制につながりかねないとして慎重な検討を求めています。

高齢者からの反発も予想される中、負担増の議論にどこまで踏み込むのかが焦点となります。

論点「介護分野」

介護分野では3年に1度の介護保険制度の改正を来年に控え、厚生労働省の審議会で議論が進んでいます。

介護費用は高齢化を背景に年々増え続け、今年度の予算ベースで11兆7000億円と、制度が始まった平成12年度と比べておよそ3倍に増加しています。

今後も高齢者の人数がピークを迎える2040年度に向けて増加していくことが見込まれ、給付と負担の見直しが喫緊の課題となっています。

こうした中、厚生労働省の審議会は介護保険制度の見直しを議論していて、その論点の1つとなるのが、介護サービスを利用した時の自己負担の見直しです。

自己負担の割合は1人暮らしの場合、年収280万円未満なら1割、280万円以上なら2割、現役世代と同じ程度とされる年収340万円以上なら3割となっています。

こうした基準を見直すなどして、2割負担や3割負担の対象を拡大するかどうかが検討されます。

ただ、自己負担を増やすと介護サービスの利用控えが広がるという懸念もあり、議論が難航することも予想されます。

また、在宅で介護サービスを受ける際に作成する「ケアプラン」の有料化や要介護1と2の生活援助サービスを、国から市町村の事業に移行するかどうかについても検討される見通しです。

厚生労働省の審議会は、年末までに制度の改正案をとりまとめることにしていて、来年の通常国会に法案が提出される見通しです。

自己負担の引き上げ 不安の声も

医療や介護の分野で今後、自己負担の引き上げが議論されることについて、高齢者の世帯からは不安の声が上がっています。

都内に住む廣内福次さん(98)は心臓が悪く、妻の矩子さん(93)は糖尿病などを患い、訪問診療を受けたり薬を服用したりして2人合わせて毎月2万円ほどの医療費を負担しています。

また、福次さんは要介護3、矩子さんは要介護5の認定を受け、訪問介護や訪問看護などの介護サービスを毎日利用しています。

2人は年金を受け取っていますが、医療や介護の費用を差し引くと残りは十数万円になるということです。

2人の生活は同居する息子の茂輝さん(60)が支えていますが、ことし定年退職して嘱託社員となり、収入が大幅に減りました。

国は、廣内さん夫婦のように75歳以上の後期高齢者について、病院などでの窓口負担を今の原則1割から引き上げるかどうか今後、検討する予定です。

このほか、介護サービスの自己負担についても基準の見直しが検討される見通しで、茂輝さんは不安を感じています。

茂輝さんは「今は生活できていますが自己負担の割合が増えて両親が大きな病気に掛かった時にやっていけるのか心配です。自分自身も病気をしたり介護が必要になるかもしれず、その時は生活が厳しくなるかもしれません」と話しています。

論点「病気予防や健康づくり」

病気の予防や健康づくりを後押しする施策もテーマの1つになります。生活習慣の改善や認知症の予防を通じて健康寿命を延ばすことで、医療費や介護費の抑制につながると期待されています。

生活習慣病の予防やがん検診の受診率向上などに積極的に取り組んだ自治体や「健康保険組合」などには、財政支援を手厚くすることなどが検討される見通しです。

西村経済再生相「新しいシステム作る」

西村経済再生担当大臣は記者会見で、「誰もが安心できる社会保障のシステムをしっかり構築し、次世代に引き継いでいくという視点で検討を行っていきたい。財政のみの視点で、必要な社会保障をばっさり切るようなことは考えておらず、総力を挙げて、令和の新しい時代の社会保障システムを構築していきたい」と述べました。

経団連 中西会長「高齢者負担 見直すべき」

全世代型社会保障検討会議のメンバーの経団連の中西会長は会議の後、記者団に対し、「経団連としては、いま社会保障の見直しをする絶好のチャンスだと受け止めている。きょうの会議では、高齢者の負担のあり方について大いに前向きに検討したらいいのではないかと述べた。若い人たちにもっとお金を使っていかなければいけない」と述べ、高齢者の負担のあり方を見直すべきだとの考えを示しました。

また、中西会長は、今後の企業の対応として「働き手を増やして、年金を負担する側をできるだけ数多く確保していくような仕組みが重要で、働き方の環境を作っていくことは企業としての大きな責任だ」と述べ、長く働くことができる環境を整備すべきだという考えを示しました。

日総研 翁理事長「丁寧な議論を」

日本総合研究所理事長の翁百合氏は「団塊の世代が後期高齢者になる目前であり、総合的に社会保障を見直す必要があるのではないかという議論をした」と述べました。

そのうえで、「給付と負担の見直しも非常に重要であり、年齢に関わらず、どういう能力に応じた形で負担するのかなど、丁寧な議論をしていく必要があるのではないかという話をした。年金についても、働き方が多様化する中で、多くの人が年金制度に入れるように考えていく必要があるのではないかという意見を伝えた」と述べました。

慶應義塾 清家前塾長「攻めの改革を」

慶應義塾の前塾長の清家篤氏は「中長期的にはもう少し『攻めの社会保障制度改革』を考えていったほうがいいと思う。健康寿命を延ばすことは、高齢者の就労促進という意味で、支え手を増やす『攻めの改革』だ」と述べました。

そのうえで、「給付と負担の問題は、当然、中心的な課題になっていく。打ち出の小づちはないので、給付を充実するためには負担を増やさないといけないし、どこでバランスをとるかがポイントだ」と述べました。

増田元総務相「負担増も議論」

元総務大臣で東京大学公共政策大学院客員教授の増田寛也氏は記者団に対し、「社会保障の給付は多くが地方自治体を通じて実施されるので、自治体の目線が必要だし、やはり給付と負担の見直しを確実にやらなければいけない。負担増についても議論する必要があるが、多くの人が関わるので、多様な意見を丁寧に聞くところから進めていかなければならない」と述べました。

サントリー新浪社長「安心の仕組みづくりを」

サントリーホールディングス社長の新浪剛史氏は「安倍政権のレガシーとして、『社会保障が安心で、将来にとっても大丈夫なんだ』という仕組みづくりをしていきたい。年齢ではなく、負担できる人が負担し、負担が厳しい人は負担が少なくなるという仕組みを抜本的に考えていくことが重要だ。また、歳出改革も必要だが、歳出を減らすだけではなく、予防医療に予算を回すことによって生産性が上がり、また働き手が増えることも重要ではないか」と述べました。