Jアラートは意味がない?

「こんなんで起こすなクソ」ーーー実業家の堀江貴文氏が、北朝鮮のミサイル発射を受けて、政府がJアラート=全国瞬時警報システムで緊急情報を発信したことを批判したツイートです。この投稿には批判も相次ぎましたが、北朝鮮が8月と9月の2度にわたり、日本の上空を通過する弾道ミサイルを発射し、緊急情報が出されたことを契機に、Jアラートをめぐってさまざまな声が出ています。Jアラートは果たして無意味なのか。どのような改善が必要か。Jアラートの運用の実態と課題について考えます。(政治部官邸担当記者 古垣弘人)

ついに鳴動したJアラート

「北朝鮮がまた撃ったようだ。確認を」ーーー総理大臣官邸の記者クラブで危機管理を担当している私は、上司からのこの電話で1日が始まることがあります。それもそのはず。核・ミサイル開発を進める北朝鮮は、去年2月以降、およそ40発の弾道ミサイルを早朝の時間帯を中心に発射しているのです。8月29日もこの電話で1日が始まりました。しかし状況はこれまでとは全く異なりました。

8月29日、午前6時。上司から矢継ぎ早に「Jアラートが鳴動している。状況を取材しながら官邸へ」と指示が飛びました。Jアラートが鳴ったことは、ミサイルが日本に飛来するおそれがあることを意味します。ミサイルの発射で、Jアラートが沖縄県以外で鳴動したのはこれが初めてで、私は急ぎ官邸に向かいました。

政府は、北朝鮮が午前5時58分ごろ、日本上空を通過する弾道ミサイルを発射したことを受け、およそ4分後に、Jアラートを通じ、「ミサイルが東北地方の方向に発射された模様です。頑丈な建物や地下に避難してください」と発信。その12分後には、「さきほどこの地域の上空をミサイルが通過した模様です」と伝えました。情報が発信されたのは、北海道、青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島、茨城、栃木、群馬、新潟、長野の12の道と県でした。

そもそもJアラートって?

Jアラートは、そもそもどういうシステムなのか。「全国瞬時警報システム」とも呼ばれ、政府が緊急事態に関する情報を人工衛星を使って瞬時に住民に伝達するシステムです。平成16年に、有事関連法に含まれる国民保護法が成立したことを受けて、整備が進められ平成19年から運用されています。

政府がJアラートを使って発信した情報が自治体の庁舎に備えられた受信機に伝わると、防災行政無線が自動的に起動し、屋外スピーカーから警報が流れるほか、個人のスマートフォンや携帯電話に緊急速報メールが配信される仕組みになっています。Jアラートの情報は、システムが作動してから1、2秒で自治体まで届くことになっているほか、必要な地域に限定して発信することができることから、政府は、弾道ミサイルの情報のほか、津波警報や緊急地震速報などを伝える際にも使用しています。このうち弾道ミサイルについては、「日本の領土・領海に落下する」か、「日本上空を通過するおそれがある」と判断された場合に、対象地域に対し、Jアラートを使ってメッセージが発信されることになっています。

Jアラート情報は無意味?

「マジでこんなんで起こすなクソ。こんなんで一々出すシステムを入れるクソ政府」
冒頭にも紹介した堀江貴文氏の投稿は、政府が8月29日にJアラートで情報を発信した対応を批判したものでした。この投稿には批判も相次ぎ、インターネット上で話題になりましたが、Jアラートを疑問視する声は、これだけにとどまりませんでした。
対象地域の住民からは、「発射実験にすぎないのだから、Jアラートをいちいち鳴らすな」といった声が出ています。また専門家からは、「北朝鮮がいきなり日本を攻撃する可能性は低いうえ、大気圏でほとんどが燃え尽きてしまうので、被害を及ぼすものが落下してくることはほとんどないのではないか」として、運用の見直しを求める指摘も出ています。果たして今のJアラートは無意味なのでしょうか?
政府は、関係国と連携して北朝鮮に外交的な圧力をかけ、ミサイルを発射させないように取り組む一方、発射された場合には、迎撃ミサイルなどで日本に影響を与える事態を防ぐことを基本方針としています。ミサイルが仮に着弾することになれば、大きな被害が出ることは避けられず、Jアラートによる情報発信は、そうした万が一の際に被害を少しでも少なくするためのものです。

イスラエルの事例

ここで海外に目を転じたいと思います。ミサイル防衛が進んでいる中東のイスラエルの事例を見てみます。
イスラエルは、対立するイランからの攻撃などに対処するため、アメリカと共同で最新型の迎撃ミサイルの開発を進めるなど、高度別に4重のミサイル防衛システムの構築を進めています。さらにイスラエルでは「民間防衛」と呼ばれる国民みずからが避難などの行動を取り、被害を少なくする取り組みも進められています。

日本政府の関係者によりますと、イスラエル軍は、「GUIDE TO EMERGENCY PREPAREDNESS」と呼ばれる緊急事態への備えをまとめた資料を作成し、国民に周知しています。この中では、ミサイルが着弾するおそれがある場合には、まず、軍からスピーカーなどを通じて警報を出すとしています。日本のJアラートにあたる仕組みです。そして警報を聞いたら、状況に応じて身を守る行動をとるよう求めています。

具体的には、屋内にいる場合は、事前に選んでおいた安全な部屋に避難しすべてのドアと窓を閉める。屋外にいる場合には、近くの建物に避難するか、建物がない時は地面に伏せて手で頭を守る。車に乗っている場合は停車して、近くの建物やシェルターに避難するか、そうした施設がない場合は、車から降りて地面に伏せて手で頭を守ることを奨励しています。そのうえで、「危険で緊急な事態は警告なしに起こることがよくあるが、事前に準備をし、どう対処すればよいかを知っている人たちは、自分自身と家族を守る行動を適切に行える」と指摘しています。

イスラエルでは、3年前、イスラム原理主義組織ハマスとの戦闘の際に、短距離ミサイルに対応する迎撃システム「アイアンドーム」システムが標的の89%を迎撃したとしています。迎撃率としては高い数字だとされていますが、裏を返せば、10%余りのミサイルは迎撃できなかったことを意味します。イスラエルが、「民間防衛」を重視する背景には、ミサイル防衛が進んでも、100%迎撃できる保証がない以上、国民に適切な避難行動をとってもらうことで、被害を最小限に食い止めようという現実に即した狙いがあるものと見られます。

日本の状況はどうでしょうか。「北朝鮮は、単純な能力として100発くらいのミサイルを日本に向けて発射することはできる。それを、すべてもらさず迎撃できるかと言えば現実的には不可能だろう」と話す政府関係者もいます。

過去の実績と比較

一方、Jアラートの課題はどこにあるのか、これまでの実績から見ていきます。
北朝鮮によるミサイル発射で、Jアラートから緊急情報が発信されたのは、ことしの9月15日までに合わせて4回です。それをまとめたのが下の表です。

政府は、8月29日と9月15日の2回の運用について、「全体として必要なタイミングで、必要な情報が発信できた」としています。発射から第1報までに要した時間は、北朝鮮が人工衛星と称して事前に予告していた2016年2月の時とほぼ同じでした。

一方、ミサイルが日本を通過したという情報は、8月29日のケースでは、ミサイルが通過してから発信までにおよそ7分かかっています。ほかの3回は、いずれも通過からおよそ1分後に発信しています。これについて菅官房長官は、「追尾しているミサイルや、ミサイルから分離した落下物が、わが国の領土・領海に落下する可能性がないことなどの確認にある程度の時間を要した」と説明しています。

このミサイルについて、政府は当初、ミサイルは3つに分離したなどと説明しましたが、ある政府関係者は、「本当に3つに分離したのか、また、どこまで詳しい情報を発表するかで、分析や検討に時間がかかった」と話しています。詳細な情報を発表すれば、政府の探知能力を内外に明らかにしてしまうことにつながるからです。

運用面での課題も浮き彫りになりました。Jアラートと連動して情報を伝える自治体の防災行政無線やメールサービスで、情報が発信されないなどのトラブルが各地で相次いだのです。肝心の情報が届かないことに、住民からは戸惑いの声もあがりました。

改善に向けて

では、政府はどのような改善策を講じようとしているのでしょうか。理解を深めるため、まず、Jアラートを使った緊急情報がどのように発信されているのかを整理します。政府関係者への取材などにより、その運用をまとめたのが下の図です。

(1)防衛省が自衛隊のレーダーやアメリカ軍の早期警戒衛星の情報などをもとにミサイルの発射を探知します。
(2)ミサイルの飛行ルートや落下地点などを予測する中で、日本の領土・領海への落下や、上空通過のおそれがあるかどうかを分析し、総理大臣官邸の地下にある危機管理センターに伝達。

(3)ミサイルが日本に飛来するおそれがある場合は、国民保護を担当する内閣官房の担当者が、緊急情報の内容や発信するタイミングを判断し、Jアラートのボタンを押します。
(4)「ミサイル発射。建物の中または地下に避難してください」などという情報が、消防庁が管理する送信システムから全国の自治体に送られ、防災行政無線などを通じて、住民に情報が行き渡る仕組みです。

北朝鮮が8月29日にミサイルを発射した際には、発射からおよそ4分後に第1報がJアラートを通じて発信されたので、この4分の間に、こうしたオペレーションが行われたことになります。

政府は、ミサイルが飛来するおそれが少しでもある地域に、幅広く情報を出すことにしており、ミサイルの方向によって対象とする基本のエリアをあらかじめ決めています。上の表にある9つのエリアがそれに該当します。

例えば、関東地方への飛来が予測される場合には、東京や神奈川など関東の7つの都県に加え、東北地方や中部地方の一部など11の県にも情報を発信することになっています。Jアラートの担当者は、ミサイルの飛行ルートの予測の中で、該当するエリアを選び、発信のボタンを押すことになります。

これまで行われた見直し

政府は去年以降、北朝鮮が弾道ミサイルの発射を異例のペースで繰り返すようになったことを受け、Jアラートの運用の見直しを進めてきました。まず着手したのが人員の増強です。

政府関係者によりますと、常時、Jアラートを発信できるよう、夜間も含めて24時間態勢をとっている内閣官房の担当職員の数を今年度から増員しました。

発信するメッセージも見直しました。ことし5月、ミサイルの発射を探知した段階で直ちに避難を呼びかけることに改めたのに続き、9月には、ミサイルが日本の上空を通過した場合に、通過した地域名やミサイルが向かった方向などを入れることにしたほか、従来の文言を一部改めました。

合わせて、ミサイルが落下するおそれがある場合に、国民が取るべき3つの行動も呼びかけています。

(1)屋外にいる場合には、近くの建物の中か地下に避難する。
(2)近くに適当な建物がない場合には、物陰に身を隠すか地面に伏せ頭部を守る。
(3)屋内にいる場合には、窓から離れるか窓のない部屋に移動する。

政府はこの3点について、内閣官房のウェブサイトや政府広報などで周知を図っていますが、まだ十分な理解に結びついていないとして、さらなる周知に努めたいとしています。

さらに、ことし3月からは、自治体と連携して、弾道ミサイルの発射を想定した避難訓練を各地で開催しています。この頃、政府関係者の1人が、「今のまま日本の上空をミサイルが通過してJアラートが鳴れば混乱する可能性が高い。運用の見直しや、いざという時の行動の周知を徹底しないといけない」と強調していたことが強く印象に残っています。

ことし3月 秋田県で行われた訓練

改善ポイント(1) 鳴動範囲 AIも活用?

こうした取り組みに加え、政府が見直しを検討しているのが、避難などを呼びかけるエリアを絞り込むことができないかどうかという点です。
今回ミサイルは、北海道地方の上空を通過して太平洋に落下しましたが、Jアラートは北海道から長野県に及ぶエリアに発信されました。これについて、住民や専門家から、「対象となった地域が広すぎるのではないか」という声が上がっているほか、政府内からも、「無用な混乱を避ける意味でも、情報を出す地域はもう少し絞り込んだほうがよい。今回で言えば、北海道、青森県、秋田県、岩手県くらいの範囲で十分ではないか」という意見も出ています。
一方で、「Jアラートの範囲を絞り込むのは容易ではない」と指摘する政府関係者もいます。地域を絞り込むには、ぎりぎりまでミサイルの飛行ルートを見極めなければならず、情報の発信に遅れが出かねないというのが理由です。政府内には、こうした問題を解決するため、AI=人工知能を活用して、ミサイルの飛行ルートなどのデータから瞬時に対象地域などを判断し、自動的に情報発信するシステムを導入できないかという意見もあり、引き続き、検討が行われる見通しです。

改善ポイント(2) 情報発信の回数

もう一つは、情報発信の内容を増やすかどうかです。Jアラートでは、ミサイルが日本上空を通過したという情報は発信しますが、領土や領海の外に落下したことを伝える情報は、Jアラートとは別の「エムネット」というシステムで自治体などに伝達しています。
ただ、エムネットの情報は、防災行政無線などで住民に発信されることはありません。専門家などからは、「どこに落下したのかがわからないと、ずっと避難行動を続けてしまう可能性がある」という指摘も出ていて、政府は、Jアラートでも落下情報などを伝えることを含めて検討を行っています。ただ、政府内には、日本に影響のない地点に落下したことを緊急情報として伝えることは、Jアラートの趣旨にそぐわず、不要な混乱のもとになりかねないという慎重意見もあります。

また、8月29日のケースでは、発射の第1報から次の情報までに12分かかったことから、「途中経過も伝えるべきだ」という意見も出ています。この点に関して政府は、見直しに否定的な考えです。ミサイルが日本上空を通過すると予測された場合でも、一部が落下したり、予測とは異なる方向に飛行する可能性は排除できず、万が一の被害を最小限にするためには、やむをえないという判断です。政府関係者によりますと、総理大臣官邸の危機管理センターでは、ミサイルの通過が確認されるまで、担当の職員が、「一部が落下のおそれがある」という情報のボタンをいつでも押せるよう、身構えているそうです。

Jアラートでも助からない?

このように政府は、引き続きJアラートの運用の改善に努めるとともに、国民がみずから身を守る行動について周知徹底を図る方針です。ただ、こうした日本版の「民間防衛」にも限界があります。もしミサイルが落ちた場合、建物に避難したり、体を伏せれば、何もしないよりはリスクを下げることができるかもしれません。しかし、ミサイルが直撃したり、特殊な弾頭だった場合はどうなるか。ある政府関係者は、「地面に頭を伏せて、本当に命が助かると思いますか。ミサイルを落とされたらダメなんです」と吐露しています。究極的には、「Jアラートは意味がない」という堀江氏らの指摘も、頭から否定されるものではないとも感じます。国民の生命・財産を守るためには、先の政府関係者が指摘するように、北朝鮮に弾道ミサイルを発射させないことが最も重要なのです。

求められる外交努力と平素からの備え

北朝鮮は、国連安全保障理事会による制裁決議など国際社会が圧力を強める中でも、核・ミサイル開発を進める姿勢をかたくなに示しています。政府には、アメリカや韓国をはじめ、北朝鮮に一定の影響力がある中国、ロシアなど国際社会と緊密に連携しながら、外交的手段で北朝鮮の政策を変えさせることが求められています。一方で、私たちも、万が一の際に、自分と家族を守るためにも、Jアラートをはじめ、緊急の際に政府が出す情報を正しく理解し、対処できるようにすることが肝要だと思います。「万が一を起こさせない政策」と「万が一にも対応できる備え」を、表裏一体に進めていくことが、必要なのではないかと感じています。

政治部記者
古垣 弘人
平成22年入局。京都局から政治部へ。現在、官邸担当。