派閥が最大派閥に!?
内閣改造の裏にあの人?

令和になって最初の内閣改造。
安倍総理大臣の自民党総裁任期が残り2年となる中、派閥政治を否定してきた「あのおじさん」の存在が次第に大きくなってきたことに気づかされる。
今回の人事、狙いはどこにあるのか。
(官邸クラブ)

無派閥が“最大派閥”に!?

「57年間の人生で、経験したことのない感動の瞬間だった」

安倍総理大臣から初入閣を告げられた際の心境をブログにこのようにつづったのは、経済産業大臣に起用された菅原一秀。

「TRF」のSAMとの親友関係でも知られる当選6回の無派閥議員だ。
重要閣僚・経済産業大臣のポストを初入閣で射止めた。

菅原のように、派閥に属していない無派閥の入閣は6人。
主要派閥からの起用が各2~3人だったのに比べ、際だって多く、「最大勢力」となった。

その最大の要因として指摘されるのが、菅官房長官の存在だ。

第2次安倍内閣発足当初から7年近くにわたって官房長官を務め、麻生副総理兼財務大臣と名実ともに内閣の屋台骨を支えてきた。菅自身も無派閥だ。

無派閥の閣僚は、菅、菅原のほか、高市早苗総務大臣、河井克行法務大臣、江藤拓農林水産大臣。

そして、あの小泉進次郎環境大臣も。

派閥政治を否定していることで知られている菅だが、彼を慕う議員は増えている。

「ガネーシャの会」「向日葵会」「令和の会」

いずれも菅を慕う無派閥議員の集まりと目されている。
党内の無派閥議員は50人以上。17人が所属する「向日葵会」を除き、「派閥の時代は終わった」という菅に配慮して、所属人数は明らかにされていない。何となくミステリアス感も漂う。

菅原は「令和の会」、河井は「向日葵会」に所属する。

かつて派閥を飛び出して苦労した菅は語る。
「派閥に入っていない中堅・若手が、人事で不利な扱いを受けたり、情報過疎になってはいけない」

「小泉進次郎は閣僚になっていい」

改造1か月前に発売された月刊誌「文藝春秋」に菅と小泉進次郎との対談が掲載された。

「私はいいと思う」
司会者から、「小泉は、もう閣僚になっていいか」と問われた菅は明快に語った。

常日頃、記者はもちろん、親しい政治家にすら人事の言質を与えない菅。内閣改造を前に「永田町」はざわついた。

そして、小泉は38歳にして初入閣を果たすことに。

小泉は知名度に発信力を兼ね備え、将来の総理総裁候補の1人だ。選挙のたびに、応援演説で全国を駆け回り、農林部会長や厚生労働部会長など党務を中心に経験を積んできた。とはいえ、当選4回。一般的には入閣適齢期には、まだ早い。

しかし、小泉の処遇は関心の的。実際、直前には「小泉の入閣見送り」と報じる社もあった。

先月、小泉が滝川クリステルとの結婚報告のために総理大臣官邸を訪れたことも、菅をクローズアップさせた要素だ。

改造前には、安倍総理大臣の指示を受けて、菅が小泉の意向を確認したという。
最終的には人事権者である安倍が小泉本人に打診したが、菅の存在は今回の起用にどう影響したのだろうか。

新内閣発足後、記者団から、小泉の閣僚起用を安倍に進言したのかと問われた菅は、「人事は総理大臣の専権事項であり、小泉議員の起用も総理のご判断だ」とかわした。

無派閥の議員が多く登用されたのは偶然なのか、菅を慕う議員らからは、こんな声が聞かれる。
「菅さんが動いてくれているのは間違いない」

新元号の発表を機に「令和おじさん」とも呼ばれる菅。
「ポスト安倍」の候補の1人にも名前があがる。人事でこれほど存在感を発揮した官房長官は、過去にもなかなか見当たらない。
その存在、言動から、しばらく目を離せないだろう。

ついに声を上げた岸田

「新しい時代でしっかり働けるポストを頂ければ」

「ポスト安倍」に意欲を示す岸田政務調査会長がついに声をあげた。
内閣改造と自民党役員人事を1週間後に控えた9月4日夕方、岸田派の研修会での発言だ。
慎重な岸田が明確にポストに言及するのは珍しい。

その日の午前、岸田は、安倍と総理大臣官邸で会談していた。
会談後、「いろいろな話をした」とだけ言い残し、記者団を煙に巻いた。

実は、この時、政務調査会長続投が伝えられ、ポストが固まった瞬間だった。

この会談で麻生、菅、二階を含め、内閣と党の骨格維持が決まった。
その後の「ポスト要求」発言は、ポスト「安倍」を目指す覚悟を改めて宣言したとみるべきなのか。

岸田は、今回、派閥の領袖として、麻生と並ぶ最高齢78歳で当選8回の竹本直一と、72歳で当選7回の北村誠吾を入閣させることに成功した。

いずれもいわゆる「入閣待機組」だ。

入閣待機組は衆議院で当選5回以上、参議院で当選3回以上で閣僚経験が無い、自民党議員のこと。改造前、党内およそ70人がこれに該当する。

先の参議院選挙では、派閥所属の4人が議席を失い、陳謝した岸田だったが、待機組をきっちり初入閣させ、今回の内閣改造では面目を保った形だ。岸田は今回の人事をこう振り返った。
「派閥の結束を考えた場合、いい人事だった」

安倍は岸田の処遇について、幹事長への起用も一時検討したという。みずからの後継候補の1人として、期待を込めた証しともいえる。

待機組をいかに入閣させられるかが派閥領袖の力量と考える安倍。岸田にほかの候補に負けないよう奮起を促した形だ。

派閥別に見ると、細田派と麻生派から3人ずつ。竹下、岸田、二階の各派閥から2人ずつが入閣。
今回の初入閣は13人、第1次内閣も含め、安倍内閣最多となった。うち11人が待機組。

一方、石破派、石原派、谷垣グループからの起用はゼロだった。

重要政策には「ポスト安倍」

重要分野の政策を担当する閣僚には、「ポスト安倍」、将来の総理総裁候補の有力議員、若手のホープを起用した。そこにはどんな狙いがあるのだろうか。

河野防衛大臣

「いずれ、『ポスト』でなくなる時が来るように努力したい」
こう述べたのは、初当選時から総理大臣になると公言してきた河野太郎。

防衛大臣への就任にあたっても、改めて明確に発信した。
おととしの内閣改造で外務大臣に起用されてから、のべ100か国以上を訪問し、中東外交にも力を注いできた。

得意の英語を駆使して関係を構築し、韓国のカン・ギョンファ外相らとはメールでやり取りする仲だ。

日韓関係が悪化する中、一貫して毅然とした姿勢をとり続け、「徴用」をめぐる問題では、駐日韓国大使を呼び、強い口調で抗議したことが話題になった。

「『徴用』をめぐる裁判の判決で、すべて止まってしまったのは非常に残念だった」
外務大臣の立場に別れを惜しんだ河野、厳しさを増す東アジアの安全保障環境に防衛大臣として向き合うことになる。

茂木外務大臣

河野の次に外務大臣を務めるのは茂木敏充。

第2次安倍内閣で経済産業大臣に起用されて以降、内閣、党の要職での起用が続く。
内政・外交を問わない政策通で、タフネゴシエーターとしても知られる。

経済再生担当大臣として日米の新たな貿易交渉を大枠合意へと導き、8月下旬にフランスで開かれたG7ビアリッツサミットの際には、安倍に同行し、トランプ大統領との日米首脳会談にも同席した。

外相への起用はその時点でほぼ固まっていた。
安倍は、自由貿易体制が揺らぐ中、経済外交の強化を目指す。茂木は、うってつけの人材というわけだ。

戦後最悪ともいわれる日韓関係の立て直し、停滞しているロシアとの平和条約交渉の進展など、打開困難な難題が幾重にも重なる。

真の総理総裁候補へとステップアップする上で、真価が問われることになる。

加藤厚生労働大臣

社会保障政策を担当するのは加藤。

義理の父親の六月が安倍の父親、安倍晋太郎・元外務大臣の盟友として知られる。
加藤は、第2次内閣で官房副長官や一億総活躍担当大臣、厚生労働大臣を務め、去年10月からは自民党の総務会長へと、長期政権とともに着実にキャリアアップしてきた。

その実務能力の高さから、再び厚生労働大臣に起用され、全世代型社会保障改革をはじめ、山積する課題に取り組む。

加藤は今回の再登板について、次のように語っている。

「やりがいのある立場に立たせていただいている。ポスト云々よりはひとつひとつ仕事をこなしていくことが大事だ」

小泉環境大臣

若手のホープ・小泉は初当選から10年、環境大臣として、安倍内閣の重要課題でもある環境問題に取り組む。

環境問題は、G20大阪サミットで安倍が苦労したテーマだ。パリ協定に関連して、対立するアメリカのトランプ大統領とフランスのマクロン大統領に安倍が直談判し、首脳宣言をまとめた。

小泉には、パリ協定の推進とともに日本の取り組みを世界に発信するよう期待を寄せる。
小泉の起用は、閣僚の経験を通じて、交渉力や調整力、答弁力を養わせ、将来の総理総裁候補として育てる狙いだ。

「理屈じゃない。入閣要請が来て、『よろしくお願いします』と自然と体から出たという感じ」と語った小泉。

安倍が小泉の初入閣にあたって贈った言葉は、「ぜひ、結果を出してもらいたい」。

閣僚、与党の政治家として求められるのは結果だということだろうか。

安倍首相に近い人物の積極登用

安倍に近いとみられる人物が多く起用されたのも特徴だ。

萩生田文部科学大臣と西村経済再生担当大臣は、安倍の出身派閥、細田派所属で、ともに官房副長官を務めた。

竹下派所属の加藤厚生労働大臣、党側の要職・参議院幹事長に就いた世耕弘成も、同じく官房副長官の経験があり、第2次安倍内閣発足以降、長期政権となる中で経験を積んできた。

いまや、それぞれの派閥で中心となる人材となっている。

河井法務大臣、江藤農林水産大臣、衛藤一億総活躍担当大臣、いずれも総理大臣補佐官経験者だ。

これには、野党が早速反応した。
立憲民主党・福山幹事長「『国民不在のお友達、側近重用内閣』だ」。

与党側からも「お友達で固めたという印象しかない」という厳しい指摘も出た。

アメリカでは、政策の方向性が少しずれてきただけで、大統領がツイッターで「更迭」とつぶやく。政策を実行する上で気脈が通じていることは当然だと考える安倍、こうした批判や指摘を気にする様子はみられない。

不祥事閣僚はすぐ退場

内閣改造で大幅に閣僚を交代させたときに懸念されるのが閣僚の不祥事だ。

安倍にとって、第1次内閣は苦い思い出だ。
年金記録問題や相次ぐ閣僚の不祥事で支持率が急落。参議院選挙で過半数割れの惨敗を喫し、退陣につながった。

当然、同じ轍を踏まないように人事には細心の注意を払っているが、閣僚の不祥事や失言はなくならない。

去年発足した第4次安倍改造内閣では、オリンピック・パラリンピック担当大臣に起用された桜田義孝。二階派所属の桜田は当選7回、待機組だった。
就任当初から、答弁の読み間違えや国会外での発言で「迷走」を続けた。

野党側は桜田や任命した安倍総理大臣を責め続け、改造から半年後、東日本大震災の復興をめぐる発言で事実上、更迭された。

また、2014年9月の改造は人心一新を図ったが裏目に。

600日以上、1人の閣僚の交代もなく続いていたが、大幅改造を行った。
女性活躍の象徴として5人の女性閣僚が起用されたが、松島みどり法務大臣がみずからの選挙区での活動で野党から追及を受けた。

小渕優子経済産業大臣も、政治資金をめぐる問題で追及された。

結局、2人は改造からわずか2か月足らずでそろって辞任することになった。

第2次安倍内閣発足以降、不祥事や失言で辞任や更迭となった閣僚は8人。
しかし、内閣支持率は一定の水準を保ち、政権を揺るがすほどの事態には至らなかった。
本当に替えがたい存在以外は「閣僚を必要以上に守りすぎない」というダメージコントロールが、記録的な長期政権となった要因の1つといえる。

安倍内閣最多となる13人が初入閣した今回の改造内閣はどうなるだろうか。

速報「私閣僚になりました」!?

「いろいろお世話になりました。防衛大臣に内定しました」

外務大臣から防衛大臣にポストが代わることになった河野は、内閣改造の前日午後3時半ごろ、外務省の記者クラブに突然現れた。そして、「役所に入るときに総理から電話が来ました」と防衛大臣への横滑りをみずから明らかにした。

また、経済産業大臣に起用された菅原も、前日の夜、みずからのブログに初入閣の内示を受けた様子を興奮のまま明らかにした。

「あすの内閣改造において、本日、安倍総理から直々にお電話をいただいた。
経済産業大臣をお願いする。
57年間の人生で、経験したことのない感動の瞬間だった」

正式な発表を待たず、SNSでみずから速報する。
かつては総理大臣官邸に閣僚本人が現れるまで明らかにならないこともあったが、ずいぶん様変わりしてきた。総理大臣自身がSNSで「@@大臣 ○○さん なう」なんてつぶやく時代が、そのうち来るのかもしれない。

またやるか内閣改造、そして解散・総選挙は

菅、岸田、茂木、加藤、河野、そして、小泉。
「ポスト安倍」、将来の総理総裁候補と目される議員をバランスよく配置すること。

このことこそが、今回の人事の最大の眼目であり、安倍が心を砕いたことだった。バランスよく、誰かを突出させずにいることは求心力を維持する要諦だ。

安倍人事の最大の特徴は、有力議員、有望な議員は、ポストを代えても、使い続けることだ。
その一方、派閥の意向にも応え、待機組の解消も進め、政権基盤の安定につなげてきた。
「有力議員の起用」と「入閣待機組の解消」によって、「求心力の維持」を図ってきた結果、安倍の在任期間はことし11月に桂太郎元総理大臣を抜き、憲政史上最長に達する。

来年、2020年には、東京オリンピック・パラリンピック。
2021年9月末には自民党総裁としての任期。
その1か月後には、衆議院議員の任期満了を迎える。

安倍の総裁任期が残り2年となる中、最大の焦点は衆議院の解散・総選挙。
衆議院選挙の顔は、安倍自身なのか、あるいは「ポスト安倍」の誰かなのか。

1年に1回程度、内閣改造と自民党役員人事を行ってきた安倍、もう1度行うことは十分考えられる。
政権の体力があるうちに、「待機組のさらなる解消を」と派閥の思惑と一致すれば、可能性は高まるだろう。
党内からは総裁4期目を期待する声すらあがっている。

人事によって、求心力を維持しながら、安倍はどのような判断を下すだろうのか。
2年後も見据えながら、政治の動きは、もう始まっている。

(文中敬称略)