宜野湾 大山地区の大綱引き 伝統をつないでいく男性の思い
- 2023年08月30日
沖縄の伝統行事の1つ、大綱引き。8月中旬、宜野湾市の大山地区では、新型コロナの影響で4年ぶりに開催されました。伝統をつないでいこうとする男性を取材しました。
(キャスター 宮城杏里)
伝統の大綱引き
田芋畑が広がる沖縄本島中部の宜野湾市大山地区。かつて稲作が盛んで豊作を願って行われてきた大綱引きは300年以上の歴史があると言われています。
この大綱引きに50年近く前から参加している呉屋勉さん(70)です。ことしも本番の半年前から綱作りに取り組んでいました。話を聞くと、この伝統が途絶えた時期があると教えてくれました。
アメリカ軍基地の建設 途絶えた伝統
78年前、激しい地上戦の末、県民の4人に1人が命を落とした沖縄戦では、大山地区の周辺も戦場になりました。さらにその後、アメリカ軍基地の建設に伴い大山地区の住民は移動を強いられたのです。
大綱引きが復活したのは沖縄戦から20年後のアメリカ統治下時代。地域の人たちの力によるものでした。中心を担ったのは、当時の自治会長・呉屋通信さん。勉さんの父親です。
呉屋勉さん
親父が言うにはやっぱり、綱引きを復活させるためには、これは御願ごと、神事だよ。地域の気持ちをみんなで盛り上げていこうということで始まった。
通信さんはがんのため51歳で亡くなりますが、最期まで大綱引きのことを気にかけていたといいます。
呉屋勉さん
おやじがちょっと体調崩している時に綱引きの音聞くだけで、そわそわしているのはこっちも覚えています。戦後復活させてやったんだなっていう思い出は自分なりにかみしめていたんじゃないかなという気がしますけどね。
息子2人も綱作りに
父親の大綱引きへの思いを引き継いでいきたいという勉さん。ことしは長男の求さん、三男の究さんの2人とともに参加しました。究さんにとって初めての綱作りです。
呉屋究さん
僕も育ってきたのでいよいよやんないとなというのはあります。来たら結構楽しい。みんななんやかんや優しく教えてくれるし。やるからには勝ちたいなと。
呉屋求さん
僕も子どもの頃に見た思い出っていうのは、やっぱり頭に残っているので、僕たち子どもの世代につなげていければなと思います。
来年も また再来年も
そして迎えた綱引き当日。地区を2つのグループに分け、35メートルの大綱を2本使って競います。綱の先には、大山地区ならではの「クーギ」と呼ばれる飾りがついています。
そして、綱を高く持ち上げぶつけ合う「アギエー」が始まります。先に綱に土がついた方が負けとなります。
熱戦の末、勝利したのは勉さんたちのチーム。勉さんは、これからも地域の人たち、そして子どもや孫と一緒に取り組んでいく考えです。
呉屋勉さん
息子なんかも2人とも綱頭で持っていたし、親心にちゃんと出来るかなっていう心配もあったけど、やっている姿見たら、今後また上手になっていくだろうなと気持ちで見ました。ぜひ来年もまた再来年も続いていってほしいね。おやじもそれを絶対願っていると思います。