世界初!木の酒
丸山彩季(記者)
2023年11月12日 (日)
茨城県つくば市にある国の研究機関で樹木を原料に酒を醸造する技術が開発されました。
世界で初めて実現したという「木の酒」。
どんな酒なのか、そして、秘められた可能性を取材しました。
木を直接発酵?世界初の酒とは
ビンのラベルにあるのは「スギ」や「ミズナラ」、「桜」などの文字。
それぞれの木を発酵させて造られた世界でも初めてという“木の酒”です。
私が取材したときはまだ、試験段階だったため、香りを試してみました。「ミズナラ」の木の酒を試すと、ウイスキーのたるにも使われているとあって、まさにウイスキーのような香り。「クロモジ」はかんきつ系のフルーツのような甘い香りがしました。
香料なども一切使わずに、木の持つ本来の香りを生かした酒になっています。
この世界初の「木の酒」を開発したのは、つくば市にある国の研究機関「森林総合研究所」です。開発の目的は、国産の木材の価値を高めることです。さらに、林業の活性化や地域の振興に結びつけていくねらいがあります。研究に携わった大塚祐一郎 主任研究員は、豊富な森林資源が国内にありながらも、十分に利活用されていない現状をこの木の酒で少しでも変えていきたいと考えています。
気になるのは、木の酒はどんな味なのか。大塚さんは次のように話します。
木材の種類によって違いはありますが、スギは本当に親しみのあるホッとするような、木造の新築の家に入ったような香りがします。しらかばは、すごく甘くて熟れた果実のようなおいしさがあります。木の酒しか出せない風味が出ている。
どうやって木から酒を?
どのような技術開発によって木から酒をつくることができるようになったのか。
一般的に日本酒やビール、ワインなどのアルコールは、穀物や果実などが原料になっていて、糖分やデンプンを発酵させてできています。このため、木の酒をつくるうえで一番の課題だったのは、アルコールを造るために必要な糖分をどうつくり出すかでした。世界でも例のない挑戦でした。
そのカギとなるのが、木の中にある「セルロース」です。紙の原料にもなっている、繊維質の物質なんですが、実は、その構造は、ブドウ糖の分子がつながってできています。そのため分解するとブドウ糖になり、アルコールのもとになるのです。
しかし、このセルロース。薬剤などを使って取り出す方法は確立されていますが、その方法だと人の体に入るお酒には使えません。新たな方法が必要になります。難しかったのは、セルロースが細胞の壁の中にあるため、2マイクロ、1000分の2ミリ以下のサイズにまで砕く、新たな技術を開発することでした。
突破口は“ビーズ”
大塚さんが考え出したのが重みのあるセラミックスで作られたビーズ。この小さな無数のビーズを、木材を細かく粉砕した粉に水と一緒に混ぜ、6時間ほど機械にかけます。
すると…。木材は容器を横にしても流れないような粘度の高いペースト状に変わります。木材がビーズの間に挟まれて、何度も押しつぶされることで、細胞1つ1つが壊されセルロースがむき出しの状態になります。
このペースト状のセルロースに酵素を入れると、ブドウ糖に分解でき、発酵させればアルコールができます。さらに蒸留させると、木の酒の完成です。
ストーリー楽しむお酒
研究所では、桜など、さまざまな種類の酒造りも進めているほか、安全性を確かめる試験もあわせて行っています。民間の会社に依頼した試験結果では、シラカバやミズナラなど4種類の木の酒について現状では、問題ないことが分かっているということです。
大塚さんは“木の酒ならではの魅力”について、それぞれの木の種類や産地、木が育ってきた年月(樹齢)といったストーリーも含めて楽しめるといいます。
楽しみ方のひとつとして、それぞれの地域ごとに、あの山で地元の水で仕込んで、しかも、そこの地域で長い間育ってきた木を自分の体の中に取り組むというような、そういうイメージを膨らませながら飲んでもらいたい。
木の酒 いつ飲める?
研究所では、今後も「木の酒」の製造技術を民間に移転して商品化してもらい、山村地域の振興、国産木材の需要拡大のため、木材の新たな市場を掘り起こしてほしいと考えています。
研究所によると、すでに東京のベンチャー企業が、つくば市内の小学校の跡地に蒸留所を設ける計画を進めていて、数年以内の一般販売を目指しているということです。
森林総合研究所では、この夏に新たな研究棟を増やし、製造効率の向上や企業などへの技術移転を進めるための研修などにも活用していくことにしています。
木の酒の事業化を検討して頂ける酒造メーカーさんに研修所としても使ってもらうことにしていて、私たちが木の酒の作り方の技術を普及させるという施設にも使う予定です。私たちの願いは、日本全国の山村地域で木の酒を作る酒造場ができてくれればいいと思います。お酒を飲むことによって今まであまりこう注目されてなかった、木の種類の魅力を再発見していただく機会になればいい
取材実感
「人類が新たに手にした酒」とも言える“木の酒”。今回は研究棟で作り方をいちから教えていただきました。
中でも驚いたのが「クロモジ」の香りです。木材を細かくしたチップの段階ですでに華やかな香りでしたが、酒になるとさらに増していて、香料を使っているのではないかと思うほどの華やかなかんきつ系の香りでした。ワインなど熟成期間を経て楽しむお酒のように、木の酒も樹齢やその土地に思いをはせながら飲める日が近い将来、来るのではないかと可能性を感じました。今後、各地でどのように商品化されて国内林業の成長につながっていくのか期待しつつ取材を続けたいと思いました。(丸山彩季 記者)