しろくまピース24歳 知られざる“母”の物語
- 2024年04月22日
国内で初めて人工哺育で育った愛媛県「とべ動物園」の人気者・しろくま“ピース”。生まれてから24年、ピースは育ての親である飼育員の髙市敦広さんとともに歩んできました。まるでわが子のようにピースに接してきた髙市さんですが、人知れずある思いをずっと抱えていました。それが、ピースの産みの親である“バリーバ”への思いです。これまでほとんど語られることのなかった髙市さんの心の内に迫りました。
(NHK松山放送局 藤田怜子)
特集の内容はNHKプラスで配信中の4月22日(月)放送の「ひめポン!」(NHKGTV午後6時10分~)でご覧いただけます。
ピースと正反対 人間に対する警戒心の強い母・バリーバ
満開の桜が咲く4月上旬。とべ動物園は多くの親子連れでにぎわっていました。お昼寝中のピースに髙市さんが近づくと・・・その気配を感じてムクッと起き上がるピース。子どもたちも「わぁ、起きたー!」と歓声をあげていました。
そんなピースのすぐ隣のスペースにいるホッキョクグマ、それがピースの母親である“バリーバ”です。バリーバは現在33歳。国内最高齢のホッキョクグマです。人なつっこいピースとは違い、バリーバは人間に対して強い警戒心を抱いているといいます。
親子でありながら、正反対というのかな。野性味が強いというか、(寝室の)中にも入りたがらないですしね。警戒する期間になったら、もう全く入ってこないんですよ。
人に慣れているピースの場合、寝室の扉を開けるとためらわずに入ってきます。一方のバリーバはそう簡単ではありません。寝室に誘い入れようと、髙市さんはバリーバの好物であるりんごや小松菜を用意しますが、バリーバは中の様子を慎重に確認。決してすぐに入ろうとはしません。人間の気配に敏感なため、髙市さんは寝室から離れた場所でじっと待ち続けます。
なかなか入ってくれないときはひたすら待つ?
待つ。2時間でも3時間でも。
バリーバが寝室に入り、落ち着いて食事を始めたところで、髙市さんは急いで扉を閉めにいきます。
今でもそうですけど、閉めるときってドキドキしますよ。昔は靴の音も立てられないので靴下になってはだしで走っていったりしたんですけど。
人間の都合で動物園を転々としてきたバリーバ
1990年にデンマークの動物園で生まれたバリーバは、2歳でスイスの動物園へと運ばれました。しかしその後、スイスの動物園はホッキョクグマの飼育を断念します。その当時、繁殖のためにメスのホッキョクグマを探していた愛媛県のとべ動物園へとバリーバは引き渡されることになりました。
日本で始まったのはオスの“パール”との同居生活です。持ち前の警戒心の強さから、バリーバはパールを傷つけるのではないかと心配されていましたが、穏やかで落ち着きのあるパールに対してバリーバは攻撃することもなく、同居生活は順調に進みました。
来日して2年たったころ、バリーバは初めての子どもを出産します。それがピースです。
このときバリーバはピースの他にもう一頭の赤ちゃんを産んでいました。上の画像の奥の方に横たわっているのが確認できます。実は、バリーバがわが子に触れたところ、赤ちゃんのお腹を傷つけてしまいました。
なんとか命を救おうと飼育員や獣医師たちは手を尽くしましたが、残念ながら息を吹き返すことはありませんでした。
さらにバリーバは驚きの行動に出ます。なんとピースの頭をくわえたまま激しくおりの中を動き回り始めたのです。このままではピースの命も危ないと危機感を抱いた動物園はバリーバからピースを引き離すことを決意。バリーバが離れた隙を狙ってピースを救出しました。
一部から”育児放棄”とも言われたこの行動ですが、飼育員の髙市さんは全く違う視点で捉えていました。
安全なところにこの子を連れていかなければというところで右往左往している様子だと思うんですよ。わが子っていう認識があるからもう傷つけずにくわえているという。力ちょっとでもいれちゃえば一発で死んでしまいますからね。
初めての出産。慣れない環境の中で、我が子を懸命に守ろうとする行動だったと髙市さんは考えています。
子育てをできる環境を私たちが作ってあげられなかったというのが原因なんです。だからバリーバには何の責任もないというか、育児放棄ではないんです。育てようと思ってくわえてどっか安全なところはないかって探してますからね。
バリーバに代わって命を預かることになった髙市さん。そこには強い覚悟がありました。
どうしたらいいかなんていうのは全く分からなかったですけど、そのときはですね、でもまぁやり方はあるんじゃないか。物も握れない不器用なホッキョクグマでもちゃんと育てられるんだから、人間の私にも育て方さえ見つければ育てられるんじゃないか。っていう思いでやっていこうっていう。バリーバが預けてくれたわけですから、絶対育てようっていうのを思いましたね。
(バリーバは)母親ではあるけども、子育てをさせてあげられなかったっていう申し訳なさっていうのはずっとありますよね。それとピースを授けてくれたというか、感謝の気持ちというかバリーバなくしてはピースもいませんから。
ピースとバリーバ
引き離された親子が私たちに教えてくれることとは
国内最高齢のホッキョクグマ、33歳のバリーバ。そして、24歳となったピース。
2つの命と向き合い続ける髙市さんは、動物園のあるべき姿について考え続けています。
動物の幸せはこうなんですよって言える人間なんていないと思うんですよ。だけど、そこを目指さなかったらレベルの低いまま本当に不幸な動物にしてしまう。そうならないためにそこを目指すという気持ちだけはないといけないと思います。ピースにとってもそうですし、バリーバを見て、何かいろんなことを学んで持って帰ってもらえたら動物園にバリーバがいてくれる意味も出てくると思います。
国内最高齢 バリーバと向き合う
強く丈夫な歯で鶏肉を骨ごと食べるバリーバ。足腰も丈夫で階段の上り下りもへっちゃらです。
今後足腰が弱ってきても動物園で過ごしやすい環境を作ろうと、髙市さんは階段の一部をスロープにするなど改修計画を立てています。
歳を取れば確実にそのときは来ますから。今のうちにそこに備えて先回りして工事しておく必要があるなというふうに思います。
老いてくると少しの段差もひっかかり、ケガのもとになると言います。これまで数々のクマの飼育を担当してきた髙市さんの経験が、今の行動につながっています。
特集の内容はNHKプラス配信終了後、下記の動画でご覧いただけます。
取材を終えて
生まれたばかりのピースを、バリーバがくわえて激しく動き回る姿。正直なところ、髙市さんに話を伺うまでは「あぁ、なんてことを!」と思っていました。バリーバさん、ごめんなさい。私も1人の子どもを育てる母である身。どんな状況においても全力で子どもを守ろうとする母親としての強さを学びました。子どものころから、当たり前のように通っていた動物園。その裏にある命のつながりや、動物と向き合い続ける飼育員の方々の大切さを改めて感じる取材となりました。
バリーバ、どうぞ健やかに長生きしてください。
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