音楽界の牧野富太郎!?/『らんまん』音楽担当・阿部海太郎さん
- 2023年09月28日
NHK高知放送局では「こうちいちばん」のスタジオに『らんまん』で音楽を担当する阿部海太郎さんを招き、ドラマを彩る音楽がどのように作り出されたのかを聞きました。
このインタビューに加え、阿部さんの自宅や劇伴(ドラマ音楽)の収録を取材したときの様子をたっぷりご紹介しています。
海太郎さんの音楽の世界をたっぷり味わってください♫
(NHK高知放送局ディレクター 石原智志)
まずは阿部さんの経歴から紹介します。
1978年生まれ。幼い頃からピアノやバイオリンに親しみ、東京やフランス・パリで音楽を学んできました。現在は舞台やテレビ映画など幅広い分野で活躍中です。
「らんまん」の音楽収録を先月終えた。改めて振り返ってみてどうでしたか?
正直ほっとしました。
半年間にわたって、これだけのたくさんの皆さんに見ていただく作品なので、とにかく仕事をまっとうしたというか。ほっとしました。
朝ドラを見ているといろんな音楽がありました。全部で何曲ぐらい制作されたのでしょうか?
全部で約90曲ですね。
去年10月、11月ぐらいから具体的に作曲を始めました。なので1年弱くらいの期間で作りました。
ドラマの音楽の制作は、どのような形で進めていたのでしょうか。
NHKには音響デザイン部というチームがいて、音響デザイン部の方からこういう曲がほしいとリクエストがあります。
例えば万太郎のテーマとか、寿恵子のテーマとか、お母さんのテーマとか、人に対する音楽。
あとはお母さんが亡くなってしまうということとか、出来事に対する音楽。
そういったオーダーが来て、ディスカッションを重ねながら作っていくという形でした。
“駆けていく万太郎”をテーマに作られた曲「♪カサスゲ」
この曲は、印象的なシーンで何度も流れていましたよね。どんなイメージ・世界観で作ったんですか?
これは最初のころに作曲した曲で、ちっちゃな万太郎が外に駆け出していく、彼の未来に向かっての行進曲を作りたいなと思ったんです。
ただ、一般的な行進曲ではなくて、実はこれはブラジルのサンバのリズムを取り入れています。これから偉業を成し遂げる人の行進曲として、何かひと味違うリズムになったらいいなと思って。
朝ドラの音楽制作の難しさはありましたか?
(朝ドラは脚本が同時進行なので)物語がどうなっていくかが分からない状態で作曲を進めないといけないという難しさがありました。それは一番苦労しました。
でも幸い、牧野富太郎博士という実在の人物がモデルになってるので、そこから大きく外れることはないだろうということで、富太郎さんについてもできるかぎり勉強して想像しながら作りました。
★ディレクターズコラム①『劇伴収録でのこだわり』 ※劇伴=ドラマ音楽
私が取材したのは、8月中旬に行われた最後の劇伴収録。
収録の現場で阿部さんの動きを観察していると、気づいたことがありました。
作曲者といえば、曲の細部にまで目を配り、ひとつひとつの音を細かくコントロールするものだと思っていました。しかし阿部さんは、奏者に曲のイメージは伝えるものの、細かい指示はほとんど出していませんでした。阿部さんにその理由を聞くと、次のような答えが返ってきました。
阿部海太郎さん
「演奏するみなさんが、与えられた旋律を弾く喜びが出てくるってことが一番だなといつも思っています。やいやい言ってしまうと、奏者のみなさんがのびのび演奏できなくなるので、ある程度お任せしています」
今回の劇伴収録に参加したメンバーの多くは、阿部さんが若いころからいっしょに仕事をしてきた間柄だそうです。『らんまん』の世界をのびやかに彩る音楽は、この和やかな現場の雰囲気から生み出されたことを実感しました。
海太郎流 “楽器へのこだわり”
今回の劇伴では、たくさんの楽器が用いられました。その数は、阿部さん自身も数え切れないほど。
例えば、大学の派閥争いのシーンの曲を生み出す際に使ったのがこのグラス。水を入れてバイオリンの弓で弾くと、「不穏な雰囲気の音」が聞こえてきました。
さらに劇伴の収録現場でも、こだわりを見つけました。
戦争のシーンで流れていた曲を収録する際に使われていたのが、縁日などでよく見るゴム製のボール。太鼓に押し当て、「不気味な音」を作り出していました。
収録に参加していた打楽器奏者の方に話を聞くと・・・。
古川玄一郎さん(打楽器奏者)
このお話をいただいたときに万太郎のことをちょっと調べたんですが、万太郎がそのまま海さん(=海太郎さん)じゃんって思いました。万太郎は植物を見て、わーわーと言っているわけですよね。それが海さんの場合は“音”なんです。目を輝かせて音たちを捕まえているのが、万太郎と一緒だなって私は思ったんです。
阿部さんは音楽界の牧野富太郎というお話もありました。楽器へのこだわりはいかがですか?
東京で、マンションに住んでいるんですけど、集合住宅のごみ置き場で人が捨ててるものとか不必要なものとかを見ると、これはどういう音がするんだろうということが気になってしまいます。
そういう意味で、ドラマでも出てきた「雑草という名の草はない」という言葉はよく理解できます。本当にいろんな楽器、楽器でないものも含めて、音を出すということにとっても興味があるんですよね。
だからすごく高級なピアノもいいし、本当にタダ同然の、みんなから見捨てられがちな楽器にも魅力があったりするんです。
そういう音を捕まえるのがすごく好きですね。
どんな音にも、どんな楽器にも役割や意味を見いだしているということですよね。
でも、そんな時間ってすごく大変なんじゃないかなって思うんですけれども・・・
正直、確かに大変ではあります。自分の想像力を最大限に発揮するということなので。
ただ僕は、言葉の表現は苦手だけれど、花を見たときにメロディーが浮かんでくるんです。
僕の場合は言葉ではなく音でいろいろと表現したいことが生まれてくるので、作曲する時間というのは、本当に一人きりなんですけど、その時間を楽しんでやってます。
★ディレクターズコラム②『自宅で発見した楽器たち』
阿部さんの自宅には、さまざまな楽器がありました。
例えば、「ギタレレ」というギターとウクレレを融合させたようなミニサイズのギター。
これも、「らんまん」の劇伴で使った楽器のひとつだそうです。
阿部海太郎さん
「僕の中でのこの楽器の特徴は、音を合わせようと思ってもとにかく合わない。この合っていない感じがおもしろいなと思ったんです。幼少時代の万太郎と竹雄のシーンの音楽で使ったんですが、フラジャイルな(壊れやすい)音だけで展開していくことで、風のような、何か優しいものが見えてくるような感じがしました」
今の時代、シンセサイザーなどの電子楽器を使えば、さまざまな音を作ることができます。しかし今回はあえてそれらを使わなかったそうです。「その楽器にしか出せない音がある。その音を大事にした」と話していたのが印象的でした。
「らんまん」脚本家 長田育恵さんからのメッセージ
「らんまん」脚本家の長田育恵さんと阿部海太郎さんは、これまで何度も舞台でタッグを組み、いっしょに作品づくりをしてきた仲です。今回は、阿部さんのことを"盟友”と語る長田さんに、阿部さんの音楽についての印象を伺いました。
長田育恵さん
海太郎さんとは作品作りで目指したい部分が似ているような気がしています。
私が作品を描くモチベーションは、「人が光のほうに向かう心の強さみたいなものを描き出したい」という思いがあるのですが、海太郎さんが弾いてくださる音楽の道のりとか世界観というのは、「この世界は美しい。信じるに値する」というふうにいつも言ってくださっているような気がするんです。
たくさんの楽器がそれぞれの音色で響き合ってる部分が、「どの個性も自分らしく生きればいい」って言ってくれているような気がして、私はいつも楽しくなります。
長田さんから盟友という言葉がありました。
本当に光栄です。
長田さんは年齢も1つだけ違い、同年代。長田さんがいるから自分も頑張ろうっていうふうにいつも思っています。
今回も、長田さんがいるからこそやろうと?
そうです。そうです。
なかなか大変な仕事だと思いつつも、もし自分が朝ドラとか大きなことに取り組むとしたら、今じゃなくていつなんだろうと。
長田さんが書くんだから、僕もとにかく頑張ろうっていうふうに思って、この仕事をやらせてもらいました。
「らんまん」はどう見ている?
朝ドラ「らんまん」も終わりを迎えようとしていますが、阿部さんはドラマをどのようにご覧になっていますか?
朝、娘が学校に行く前に、2人でオンエアを見るというのがルーチン(日課)になっています。
自分にとってのいちばん最初の視聴者が娘なので、娘の反応はやっぱり気になります。大学の学閥争いみたいなものも、小さいなりにちゃんと分かっていて。(万太郎と寿恵子の)2人が恋愛するところは「きゃー」みたいな感じになっているし、女の子なんだなと。
阿部海太郎さん、ありがとうございました!
★ディレクターズコラム③『音楽と植物の関わり』
最後に、ディレクターの私が印象的だった話をご紹介します。
阿部さんのご自宅にお邪魔すると、さまざまな植物の絵や写真が飾られていました。阿部さんは、学生時代にパリに留学していたころから植物が好きで、蚤の市などで植物画を見つけては購入していたそうです。
植物や自然は、古くから音楽のテーマになってきました。有名なところで言えば、ヴィヴァルディの「四季」やベートーヴェンの「田園」など、自然をテーマにした曲はたくさんあるそうです。
阿部さんも今回、先人たちの考えに思いをはせながら、「自然」をテーマにした曲づくりに取り組んできました。しかしそこで大きな壁にぶつかったと言います。
阿部海太郎さん
例えば波の音を音楽にする際、模倣はできるんですが、模倣したところで完璧な音にはならない。つまり自然を音楽にするというのは、人間が自然をどこか理想化して音にしているということなんですよね。それがちょっとおこがましいなという感じがしたんです。
いみじくも、坂本龍一さんが晩年同じようなことをおっしゃっていたんですが、やっぱり自然というのは脅威なんです。我々は、自然を手を加える対象にしていたけれど、やっぱり人間は自然の子分でしかないような気がするんです。
だから、植物とか自然を表現するということ自体が、自分にとってはとてもおこがましくて、ちょっと違うなと思ったんです。
そんななか阿部さんの曲作りを支えたのが、「楽器」でした。
身近な楽器が、一体どういう目的で存在していて、その楽器から生み出される音にどういう意味があるのかを深く考えていたそうです。
「植物や自然を表現するときに、それを模倣するのではなくて、“楽器のなかにそもそもある自然”を、もう1度再発見することが大事と思った」 と阿部さんは話していました。この言葉は、取材を終えた今も私のなかに強く残っています。