歯科矯正治療 トラブル増加の実態
最近、矯正歯科治療を受ける受診者が急増しています。厚生労働省が3年ごとに行っている患者調査によると、矯正歯科の1日あたりの初診患者数は、2017年と比較して、2020年は3.6倍に増加しました。

それに伴って、矯正歯科治療(歯科矯正)に関するトラブルも増えていると考えられています。全国の消費生活センターに寄せられた歯科矯正を含む美容医療サービスに関する相談件数は、2017年は1878件だったのが、2022年は3710件になっています。
国民生活センターの「事故情報データバンク」にはさまざまな相談事例が掲載されていますが、代表的なトラブル事例は以下のような内容です。
- イメージしていた歯並びと違う
- かえってかみ合わせが悪くなった
- 健康な歯を抜かれた 削られた
- 治療が長い 終わらない
- 治療後 歯が後戻りした
歯科矯正 トラブル増加の原因は?
歯科矯正のトラブルが増えている原因は、まず治療を受ける人が増えていることが挙げられます。コロナ禍で健康への関心が高まったことや、マスク生活で口元が隠せるために、この機会に歯科矯正を受けようと考える人が増えたと考えられています。
さらに、透明で目立ちにくいマウスピースタイプの矯正装置の登場も歯科矯正のすそ野を広げることにつながりました。

しかし、マウスピースタイプはSNSなどインターネット上でメリットばかり伝えられることが多く、あたかも誰でも簡単に治療が受けられるような情報が広まっています。また、一部の歯科医療機関の不適切な対応も、トラブル増加の一因になっていると考えられています。
歯科矯正の効果と種類
歯科矯正というと、見た目を良くするという美容を目的とした医療というイメージが先行しがちですが、決してそうではありません。以下のように歯の機能面が改善され、自分の歯を健康に保つことができる点が最大のメリットです。
- 虫歯や歯周病のリスクが下がる
- 咀しゃくの効率が上がる
- 顎(がく)関節症のリスクが下がる
- 滑舌が良くなる
適切な治療を受けると、さまざまな効果が期待できる歯科矯正ですが、治療の選択を誤るとトラブルにつながることもあり、注意が必要です。
現在普及している矯正装置、「マウスピースタイプ」と「ワイヤータイプ」について、それぞれのメリット・デメリットをまとめました。

「マウスピースタイプ」のメリット・デメリット

マウスピースタイプの矯正装置は、「アライナー矯正」とも呼ばれるもので、事前に歯を型取りして、動かしたい方向に力が加わるように作られます。これを患者が自分で装着して使用します。メリットは以下の点が挙げられます。
- 装置が目立たない
- 自由に取り外し可能
- 費用が比較的安い
自由に取り外しができるため、歯を磨いたり装置を洗浄したりしやすく、口腔内を清潔に保ちやすいという特徴があります。また、矯正治療は基本的に自由診療ですが、マウスピース型は費用が比較的手頃で、部分的な矯正は10〜40万円、全体の矯正は60〜100万円以上が相場になっています。
一方、主なデメリットについては以下の点が挙げられます。
- 重度な症例には適さない
- 歯科医師が直接調節できない
- 長時間の装置装着が必要
特に注意が必要なのは、マウスピースタイプではそもそも治療が困難な重度の症例に、本装置を用いて無理に治療しようとすることです。一部の歯科医療機関では、歯型のみの検査で治療を開始するところがありますが、それだけでは不十分です。
歯は、露出している歯冠と、歯茎の中に隠れている歯根の部分からなりますが、歯型から得られる情報は歯冠や歯列の形であり、歯根やそれを支える歯槽骨の状態は分かりません。また、マウスピースは初診時にとった歯型をもとに治療経過を予測してメーカーが中心に作成しており、歯科医師がそのプロセスに介入できる範囲は限定されます。定期的に歯科医師による十分な治療経過のチェックが行われないと、患者に不利益が生じる可能性がある点にも注意が必要です。
そして、取り外しはできるといえ長時間の装着が必要なことも理解しておくべき点です。マウスピース型の矯正装置は、1日に20時間以上装着することが必要とされています。食事や歯磨きのときなどは外せますが、基本的には装着し続けなければなりません。
「ワイヤータイプ」のメリット・デメリット

ワイヤータイプは従来からある矯正装置で、1つ1つの歯にブラケットと呼ばれる装置をつけ、そのブラケットをつなげるようにワイヤーで固定します。ワイヤーを介して歯に加わる力の強さや方向を歯科医師が調整して歯を動かしていきます。メリットは以下の点が挙げられます。
- 重度の症例にも対応
- 歯科医師が直接ワイヤーの調節を行える
最大のメリットは、歯を動かしやすく、治療の確実性が高いことです。ワイヤーには様々な種類がありますが、最も適切な力を発揮するものを専門医がその都度判断して選択します。通院の度に、歯科医師が微調整を行うことができます。
一方の主なデメリットは以下の点です。
- 定期的な通院が必要
- 費用が比較的高額
- 装置が目立ちやすい
ワイヤータイプは、経過の観察やワイヤーの調整のために月に1回程度、通院する必要があります。治療費の総額は、ワイヤータイプの場合、80万円〜120万円程度と比較的高額です。
そして、ワイヤータイプはマウスピースタイプに比べて装置が目立ちやすいのが特徴ですが、目立ちにくい装置もあります。しかし目立ちにくいものほど費用は高額となり、歯の裏側にワイヤーを装着する舌側矯正装置では、一般的なワイヤータイプの装置に比べて3〜5割増になります。
また、治療の際に抜歯を提案されることもあります。その頻度は医療機関によって異なりますが、比較的重度な不正を取り扱う大学病院での大人の歯科矯正では、約半数の方が抜歯の適応となっています。ワイヤータイプで治療する方は、比較的難しい症例が多いため、抜歯を提案されるケースが多くなる傾向もあると言えます。無理に抜歯を避けようとして、治療がうまくいかなくなったり、治療期間が長くなったりすることもあり、結果的には通院費用もかさんでしまう可能性があります。さらに、大人の矯正の場合は、子どもに比べると歯が動きにくいという特徴があるため、ワイヤータイプの装置を装着して積極的に歯を動かす治療は2〜3年以上と長くなりがちです。
歯科選びのポイントは?
トラブルを避けるためには、歯科矯正に詳しい歯科医師のもとで治療を行うことが大切で、日本矯正歯科学会のHPが一つの参考となります。矯正治療に関して十分な知識と経験があると認定された歯科医師の情報が都道府県別に公開されています。
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矯正治療を受ける場合は、矯正のメリットだけでなく、それぞれの治療方法のデメリットを十分に説明してくれる歯科医師を見つけ、十分な説明を受けた上で治療を開始することが重要です。