父親の“産後うつ” 原因、症状、対策

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セルフケア・対処うつ病こころ

母親の「産後うつ」は聞いたことがある方も多いと思いますが、実は最近、父親にも「産後うつ」が起こることが知られてきました。

国立成育医療研究センターが実施した調査では、1歳未満の子どもがいる家族のうち、メンタルヘルスに不調をきたすリスクがあった父親は全体の11%。これは母親とほぼ同じ割合でした。

メンタル不調のあるリスクの割合

以前から、父親も子どもが生まれたことによってメンタルヘルスの不調をきたすリスクはあるだろうと考えていましたが、同程度というのは驚きです。改めて、母親だけでなく、父親への支援も大事だということが分かります。さらに、同時期に夫婦がともにリスクありとされた家庭は3.4%でした。これは、当時の出生率から、年間3万組に相当します。この場合、養育環境が大きく損なわれる可能性があることから、子どもへの影響も心配されます。
「産後うつ」は母親や父親だけの問題ではなく、子どもへの影響もあるため、しっかり考えていかないといけない問題なのです。

父親の産後うつの原因とは?

母親の場合、出産によってホルモンバランスの大きな変化があることに加え、手助けが少ないなど周囲の環境などが引き金となって産後うつになると言われています。

一方で、父親も子どもが生まれることでそれまでの生活から大きな変化が生じます。さらに、育児に対する不安や夫婦関係の変化などに加え、仕事と家事・育児の両立のために心身の負担が増えることも一つの要因と考えられています。

2023年9月に、国立成育医療研究センターなどの研究グループが、父親の産後のうつ病のリスク要因に関する研究結果を発表しました。「コロナへの強い不安」によってリスクはおよそ2倍。他にも、「家族の機能の低さ」や「妊娠前の父親のうつ病既往」などによってリスクが増えることが明らかになりました。ただ、こうした理由の中の1つが原因というわけではなく、複合的な影響によって、産後うつが引き起こされます。

父親の産後うつ症状に対するリスク比

これまで、母親に対しては、国や自治体は各種健診や家庭訪問などのサポートを充実させてきましたが、父親を対象にした支援はほとんどないのが現状です。

現在、日本の夫婦の約7割が共働きと言われており、国も父親の育児参加を推進するため、「産後パパ育休」などの施策を進めていますが、同時に父親への支援・サポートも必要になってきています。これは父親が母親より大変だということではなく、産後に一番大変な母子を身近でサポートできるのは父親であり、その父親が倒れてしまわないように社会が支える、母子の支援者への支援が必要だという考えからです。

名古屋市に住む平松さんのケース

実際に産後うつを経験された父親のケースをご紹介します。

名古屋市に住む、平松勇一さん。現在、5歳の双子を育てています。結婚して6年目に授かった、待望の子どもでした。かわいい子どもが生まれることが楽しみで、地域のパパ学級に参加し、オムツの替え方や、沐浴の練習、妊婦体験などもしたと言います。

さらに、妻をサポートするため、1年1か月の育休を取得。当時の勤務先で、男性で育休を取るのは、平松さんが初めてでした。実際に育休取得を発表した際は、「ああ、そう…」という変な空気が流れたのを覚えているそうです。

しばらくは夫婦2人で楽しみながら育児をしていた平松さんでしたが、子どもが1歳になったころ、妻が週3日働くことになりました。妻が仕事の間、1人で双子の世話をしなければいけなくなりました。子どもから目が離せなくなり、それまで普通に行っていたトイレも、つかまり立ちしてそのまま転ばないか不安に思いつつ、早く戻らなきゃと思って戻ってくるなど、片時も気を抜くことができなくなり負担を感じるようになりました。

さらに、平松さんは1~2か月後に復職を控えていたため、仕事への不安も出てきました。「戻ってやる仕事って何なんだろうな」と憂うつ感を感じていたと言います。育児と仕事の両方の不安が大きくなり、心身ともに疲れ果ててしまいました。

とにかく子どもと離れたかったという平松さんは、妻がいる時に「ちょっと出てきていい?」と、1時間ほど家の前の道をぶらぶら歩くなどの行動をするようになりました。ある日、平松さんが寝かしつけをしているのにも関わらず子どもがずっと泣いていたため、妻があやしに行こうと思って様子を見にいくと、窓の外の一点だけを見つめながら子どもをあやしている平松さんの姿がありました。明らかにおかしいと思った妻の勧めで、心療内科を受診したところ、平松さんは「うつ病」と診断されました。

しばらく産後うつに悩まされた平松さんでしたが、双子の子どもを保育園に預けるようになって、症状が改善しました。子どもたちが離れていても、しっかりと生活していけることを実感できたのが大きかったといいます。さらに仕事面でも、以前付き合いがあった方から新しい仕事の依頼があり、これで職場でも居場所ができると、自信が持てたのも大きかったそうです。

本人と周囲が注意すべき症状とは?

本人や周囲が産後うつを疑って欲しい症状としては以下のようのことが挙げられます。
笑うことや面白いと感じることが減る」「趣味や好きだったことも楽しめなくなる」「何に対してもやる気がでない」「よく眠れなかったり、泣けて来たりする」などです。

注意すべき症状

うつ病になる頻度は、母親と父親で同程度であるにも関わらず、これまで父親の「産後うつ」が気づかれてこなかったのは、まだ社会に「父親もうつになる可能性がある」ことが知られていないことが一番大きいと考えられます。また、社会的な仕組みとしても、父親の仕事と家庭の負担を総合的に捉える視点がなく、そうした保健医療サービスがほとんどないのも大きいと考えられます。この課題は、父親が仕事だけでなく家事・育児もやるようになったことで生じた新しい課題なのかもしれません。

産後うつが起きやすい時期とは?

母親の産後うつは初産婦では出産後2週間~1か月にピークがあると言われていますが、父親は産後数か月後にそうしたピークがあるのではないか、という研究結果が示されつつあります。しかし注意すべきは、何か月ごろ、というよりも、「周りのサポートが減ったタイミング」です。

例えば、平松さんの場合は、それまで妻と二人三脚で育児ができていましたが、妻が働くようになり、全て抱えなければいけない頃に具合が悪くなりました。

他にも、「母親と子どもが里帰り出産から帰ってきたタイミング」や、「両親が自宅にサポートに来るのを減らしたタイミング」などが考えられます。それまでは周りがサポートをしてくれていたものの、そのサポートが減ったり、子どもの成長とともに、父親ができること、すべきことが増えたりしていきます。しばらくはギリギリの状態で保とうとしても、慣れない育児をしながら「妻からの期待に応えないと…でも仕事もやらないといけない…」と気付かないうちに追い詰められていくこともよくあるのです。

さらに、国内外の研究で、妊婦の「妊娠期」にも、パートナーの男性において、うつのリスクが高まることも指摘されています。

産後うつになりやすい人とは?

聞き取り調査から、真面目で、優しい方、妻を大切にしたいという父親が産後うつになりやすいという印象です。このような父親は、辛いと思っていても、「いやいや母親の方がもっと辛いんだからもっと自分も頑張らないと」と悩みを吐き出しづらく、無理をして頑張ってしまいます。そのため自分をギリギリまで追い込んでしまいがちです。

うつになりやすい人

さらに、母親が既に産後うつになっていた場合、なおさら自分の弱みを吐き出せません。母親が体調を崩すと、家事と育児の大部分を父親が引き受けざるを得ない状況になり、負担が蓄積した後に、父親もうつになるケースが多くみられます。実際の研究結果からも、パートナー間でお互いに影響を及ぼし合うことがわかっていて、女性が産後うつになると、男性がうつ状態になる確率は24~50%ほど上昇します。また、母親または父親だけのひとり親家庭の場合、もともと1人に負担が蓄積しがちなため、なお注意が必要だと考えます。つまり、男女問わず、ワンオペ育児を継続せざるを得ない状態はとても大変なのです。

大切なのは、産後になってから相談先やサポートしてくれる人・場所を“産後になってから”探すのではなく、“妊娠期から”周囲の環境・体制を整えていくことです。

産後うつにならないために大切な4つのこと

これからも共働き世帯が増えていく中、男性の育児参加がさらに進められると考えられます。産後うつにならないため大切な4つのことをお伝えします。

①お互いに理解
②抱え込まない
③「父親は○○すべき」から脱却
④社会の理解

①お互いに理解

育児は“夫婦で一緒に楽しむ”ということが大切です。「どうして私ばかり…」とため込んで、夫婦の関係が悪くなってしまうと子どもにも良い影響はなく、自分たちも苦しくなってしまいます。育児で時間が取れない中でも、できるだけ毎日お互いの仕事の状況や、気持ちを共有しあえる時間を作ることは重要です。個人だけで頑張るのではなく、世帯という“チーム”を作っていくことが大事です。

②抱え込まない

パートナーと2人だけですべてをこなさなければいけない、ということはありません。大切なのは、平松さんのように保育園に預けたり、家族や親せき、友人など周囲の身近な人に相談したり、困っていることをサポートしてもらうことが大切です。身近な人だと相談しづらいという人は、外部の相談機関を活用することも可能です。例えば、妊婦健診や地域の両親学級、パパ・ママ向けのイベントなどに行ってみるなど、育児が始まる前から、相談できる仲間や専門家を作ったり、各地域にある相談窓口を見つけておくことが重要です。最近ではパパサークルの取り組みなども各地で始まってきているので、積極的に参加し、勇気を出して話してみることで、気持ちが楽になったり、必要な手立てを得ることができたりする場合もあります。

③「父親は○○すべき」から脱却

例えば、平日の午後に公園で父親が子どもと一緒に遊んでいると、「今日、パパはお休みなんですね」と言われたり、男性が子育てのために正社員からフリーランスになる場合、「今後の生活は大丈夫?」と心配されたりするなど、「父親は夜遅くまで働いて家族を養うべき」という価値観はいまだに根強く残っています。社会の中の「父親だからこうあるべき」「男性だからこんなことをしてはいけない」という考え方も社会全体で変えていき、これからは「父親も育児をするのが当たり前」という価値観が、社会全体に広まっていくことが望まれます。

④社会の理解

父親を支援するためにも、まずは社会の理解が必要です。現在、父親の家事・育児に費やす時間は母親と比べると圧倒的に少ないというデータがあります。

6歳未満の子供をもつ夫の家事・育児関連時間

2016年の父親の家事・育児時間は83分で、これは母親に対して約5分の1でしかない上に、欧米諸国の父親に比べて2~3分の1でしかありません。

国はこの時間を2020年には150分に増やすことを目標にしてきましたが、残念ながら、まだ達成されていません。一方で、日本の父親は欧米の父親と比べ、余暇・自由時間が短いことも示されています。この状況で、国から「もっと家事・育児を増やしましょう!」と言われても、父親は、一体何の時間を減らせばいいのかという大きな壁にぶつかっています。長い仕事や通勤の時間が現在のままでは難しいため、働き方改革など、社会的な仕組みを変えて、仕事や通勤に費やす時間を減らす必要があります。

国立成育医療研究センターでは、父親の「仕事のある日」における1日の生活時間を分析しました。

父親の仕事のある日における1日の生活時間について

その結果、目標の150分にするためには、仕事と通勤の時間を合わせて、9.5時間未満にとどめる必要があることが分かりました。都市部の通勤時間を考えると、実際に働く時間は7時間ほどになり、定時に退社するイメージとなります。残業が当たり前の現状からは「いやいや無理だろう」と感じる男性も多いのではないでしょうか。それをどうにかするための1つのターゲットは「通勤時間」です。例えば、子育て世帯は積極的にリモートワークを導入したり、職場の近くに住めるような補助・福利厚生によって、通勤時間を削れば、その分を子育ての時間に充当することを検討することができます。また、共働き世帯が増えてきている中、この問題や必要な対策は父親だけでなく、母親にも当てはまります。子育て中の社員がフルタイムで働きつつも、育児の時間をもっと取れるように、社会や企業が力を貸していくことは、これからさらに大切になっていくでしょう。

子育ては大変な部分もありますが、それ以上に喜びもあります。家族というチームで子育てを楽しめるよう、今しかない時間を大切にしながら過ごせる社会をつくることが大事なのではないでしょうか。

この記事は以下の番組から作成しています

  • きょうの健康 放送
    ニュース「増加中!父親の“産後うつ”」