広島 尾道市「妻がイライラ」パパの手紙に批判 何が問題なの?
- 2023年08月22日
「妻がわけも分からずイライラしているのが嫌だった」
広島県尾道市が出産を控えた女性に送った「手紙」に、批判が集まりました。「先輩パパ」からだという手紙。でも、そこに書いてあったのは、妻への不満や要望とも受け取れる言葉でした。何が問題だったのか、考えてみます。
(広島放送局 記者 橋本奈穂 北畑有紀乃)
手紙受け取った妊婦「驚いた」
「妊婦をいたわる内容かと思ったら、真逆の内容で驚いた」
こう話すのは、市から「先輩パパからあなたへ」という手紙を受け取った、妊娠中の女性です。当時女性は2人目の子どもを妊娠中。手紙を読み「おかしい」と感じ、自分の感覚を確かめたくて、友人に共有したといいます。
この女性が手紙の内容を友人に伝えると、その友人が当時のツイッター(現在のX)に投稿。またたくまに投稿が拡散されました。
尾道市 アンケートの内容は?
その手紙、どんな内容だったのでしょうか。掲載されていたのは、尾道市が市内に住む父親を対象に行ったアンケートの結果をまとめたものです。5年前に実施し、およそ100人の男性から回答を得ました。
アンケートの項目は4つ。このうち、もっとも批判が集中したのが、次のような項目でした。
「妻のこういう態度(言葉)が嫌だった」
1位「わけも分からずイライラしている/少しのことでイライラして当たられる」
2位「赤ちゃんの世話で忙しく、家事ができていない」
3位「何もしてくれない/子どもの面倒をみてくれない」
「妻にしてもらいたいこと」
1位「何をしたらいいのか言葉ではっきり言ってほしい」
2位「今のままでよい」
3位「家事をそれなりにやってほしい」
「妻にしてもらってうれしかったこと」の項目には、1位に「家事」、3位に「マッサージ」も。
こうした内容に対し、SNSの反応は。
ヤバすぎる・・・ゾッとしました!
ママを追い詰めるために配ってるのでしょうか?
夫は妻と共同で育児をする人であって、妻にお世話してもらう赤ちゃんじゃない
「当事者の気持ちが分かっていない」
尾道市からの手紙を受け取った女性は、市が「当事者の気持ちが分かっていない」と感じたと言います。
手紙を受け取った女性
「妊婦さんには家事やマッサージを『みんな当たり前にやっているんだ』と思い込ませ、男性側には『みんなやっているんだから、やってくれ』と頼むようになるのを助長させる内容だと感じました。助産師さんなど出産の専門家には『体を休めて』とよく言われるのに、真逆の内容だと思いました」
この女性は、市に対しては「担当者に子育ての経験がある人や、リアルタイムの妊婦・産後のお母さんの気持ちが分かる人を入れてほしい」との要望を口にしました。
尾道市「理解深めてほしかった」
尾道市は、なぜこのような手紙を送ったのでしょうか。手紙を作成した尾道市健康推進課は「夫婦でお互い理解を深めて、円滑に子育てしてほしいという意図で配った」と釈明しました。
作成を担当した係は、全員が女性。5年間で3500枚ほどが配布されましたが、これまでに意見が寄せられたことはなかったといいます。それが、SNSの投稿からおよそ2日間で、160件を超える電話やメールが寄せられ、多くが批判的な内容でした。
ツイッターで批判が殺到したことを受けて、平谷祐宏市長も謝罪に追い込まれました。
「妊婦さんや産婦さんなど、子育てに関わる方々の心情にそぐわない内容であり、多くの方々を不快な思いにさせてしまい、大変申し訳ありませんでした」
市の手紙は、結果的に、夫婦の理解を深めるという意図は伝わらず、むしろ子育てをめぐる男女の受け止めの差を広げることになってしまったともいえます。
平谷市長は、8月17日の記者会見で改めて陳謝。今後、こうした手紙を作ることはないとした上で、いまの子育てをめぐる状況を職員に知ってもらうため、新たに研修を始めたことを明らかにしました。
尾道市 平谷祐宏市長
「子育てについて多様な考えがある中で、『先輩パパからあなたへ』と固定的な考えをされるような表現になっていた。不快な思いをされた方に心からお詫びする。われわれのころは育休という感覚はなかったが、今は市役所の職員も必ずとるような感覚にある。(手紙にあった)マッサージとか、今の時代はよくないと思う。5年前に取ったアンケートの内容が、いまだにそのまま出されていたこと自体、子育てを一緒に行うといういまの時代の流れを考えると、非常に遺憾だ。今後、上から目線で『先輩パパからあなたへ』というものを出すつもりはない」
かつては広島県にも批判
子育てをめぐる記述で、自治体が“炎上”するのは、これが初めてではありません。広島県が2020年に作った「働く女性応援 よくばりハンドブック」。
仕事と家庭の両立を「よくばり」と表現したことが問題だと、インターネット上で指摘されました。また、ハンドブックの中でも、職場の同僚や夫などに配慮をするよう求めるイラストがあり、これも、母親を追い詰める内容だと、今回と同様に批判が集まりました。
専門家に聞く 何が問題?
出産・子育てをめぐり繰り返されるこうした問題。どんなところに問題があるのでしょうか。
子育てに詳しい専門家は、今回の問題について、女性の出産・育児の負担への理解が足りないことがそのひとつだと指摘します。
玉川大学教育学部 大豆生田 啓友 教授
「出産育児に関しては、女性、母親への負担感が多く、産前から産後にかけてのかなりのところで女性側が一人で頑張らなければいけないということがある。この負担を、女性だけでなく男性も一緒にやっていくというメッセージが打ち出せていない。出産で体へのダメージもある女性に対して、同じだけ、あるいは、むしろそれ以上男性がやるのだというくらいのメッセージを示さなければならなかった」
一方で今回浮き彫りになった、男女の受け止めの差。周囲の男性に聞いてみたところ「何が問題なのか分からない」という意見も聞かれました。その“差”を埋めるためにも、男性が出産や育児に対して理解を深めるのが大事だといいます。
玉川大学教育学部 大豆生田 啓友 教授
「何が問題か分からないのは、大問題です。『昭和かよ』と思いますよね。妊娠・出産・育児が女性にとって大変なことだと、男性は分からなさすぎだと思います。子育てしている女性の負担感がこれだけ大きいということを悲鳴のように訴えているにもかかわらず、そのことが全然社会から理解されていない。いま、この国がしなくてはいけないのは意識改革。意識改革のためにも男性に求められていることを、自治体も国もきちんと示していかなければならない」
「当事者のサポートを」
子育ては手探りの連続。不安なことや分からないことが次々と出てくる中でイライラすることもありますが、「わけも分からずイライラ」と言われてしまうと、追い詰められてしまうという意見はよく分かります。
なぜイライラしているのか、その理由を解説するようなことばがあれば、違った反応になったのかもしれません。「当事者の気持ちに寄り添ってほしい」という母親の気持ちをくみ取り、サポートしていく姿勢が、自治体には求められていると感じました。