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資料で見えてきたもの G7広島サミット

  • 2023年08月18日

ことし5月に開催されたG7広島サミット。初日の19日、G7各国の首脳が原爆慰霊碑に献花する様子は国内外に発信され、歴史的な出来事となった。しかし、原爆の惨状を伝える原爆資料館での様子は非公開で、詳細はわかっていない。私たちは情報公開請求を行い、開示された資料から見えてきたことがある。

(広島放送局記者 重田八輝 小野慎吾 児林大介)

開催直前のプログラム “黒塗り”

G7広島サミット開幕の舞台は広島市中区の平和公園だった。原爆ドームや原爆資料館、被爆樹木などが並ぶ被爆地・広島の復興と平和への願いを象徴する場所だ。このうちの原爆資料館は、原爆被害の実態を世界に伝えようと1955年に開館。この場を首脳たちが訪問するのかどうかが注目されていた。“原爆資料館で被爆の実相に触れてほしい”被爆者たちの思いだった。

5月19日 原爆資料館前 バイデン大統領ら

当日、首脳たちが次々と原爆資料館の東館1階に入っていく様子が映像で流れる。しかし、資料館のまわりには白いフィルムが。セキュリティーのためとして見えないように覆われていて、内部の様子はまったくわからなかった。午前11時20分ごろにすべての首脳が資料館にそろい、正午ごろに出てきた。全員の滞在時間はおよそ40分だった。

資料館訪問で何をする計画だったのか、私たちはサミット終了直後の5月22日に広島市に情報公開請求を行い、7月14日に開示された。結論から言うとサミット本番の計画はわからなかった。

5月9日 平和公園訪問プログラム

広島県や広島市などでつくる広島サミット県民会議の開示資料を見てみる。日付はサミット10日前の5月9日で、タイトルは「平和公園訪問プログラム」。ほぼすべてが黒塗りとなっていた。

平和公園訪問プログラム 右上

資料の多くには「※外務省から入手したもの」と書かれていた。開示しない理由について広島市はこう答えた。

広島市
国が行う事業に関する情報であって、当該事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある。

5月把握の設営計画“企画展に布”

ただ、別の資料から新たに見えてきたことがあった。

“ドレープシステム”より上が企画展示室

5月19日は各国首脳らが午前10時半ごろから午前11時20分ごろにかけて次々と館内に入っていった。首脳らがそろうまで東館1階の待合スペースに待機していたという。開示資料の中にあった外務省が会場設営を委託した業者の計画を見てみると、この待合スペースの奥にある企画展示室の入り口を覆うように紺色の布をかけるレイアウトになっていた。

この企画展示室ではことし3月から、原爆で親を失った子どもたちが身を寄せて暮らした施設「広島戦災児育成所」に関する企画展が行われていて、亡くなった児童の服のほか、施設での活動を記録した日誌や写真などが日本語と英語の解説とともに展示されていた。

県民会議は、この設営計画を開催前のことし5月に把握したという。

ただ、関係者によると、本番は入り口に布などはかけられておらず、広島市の松井市長は展示について首脳らに説明したことを明らかにしていた。これについて外務省は次のように答えている。

外務省
各国首脳の動向の推測にもつながるため、計画や対応について答えられない。

原爆資料館滞在案 “1時間・本館に”

地元・広島が求めてきたことがうかがえる資料もあった。

2022年10月5日 県民会議資料

去年10月、広島サミット県民会議が外務省を訪れたときのことだ。県民会議の事務局がこのとき外務省に示した平和公園での案が開示された。ここで注目したのが原爆資料館の訪問に「1時間かける」という点だった。詳しく見てみる。

▽資料館視察 20分 資料館を運営する平和文化センター理事長が英語で説明
▽被爆者との対話 30分 被爆者の部分は黒塗り
▽芳名録への記帳 10分 9人同時に記帳・メッセージの二次利用を前提

こうした案で、あわせて1時間となる。実際はおよそ40分。前述の外務省委託業者の設営計画でも「資料館見学」は午前11時10分から午前11時50分の40分間となっていた。広島の求めとは20分の差があった。

同時に県民会議は視察の移動ルート案を示していて、ここには「本館」が含まれていた。本館には亡くなった子どもたちの衣服や大けがをした被爆者たちの写真など、原爆の惨状を伝える多くの展示物があり、被爆者からは特に本館を視察してほしいという声が上がっていた。ルート案を見ると、まず東館の1階から3階に上がり本館を視察。その後、東館2階か隣接する国際会議場で被爆者と対話するというものだった。

去年10月、県民会議が案を示した際に外務省は次のように答えたと、広島市の報告書に書かれている。

「できるだけ実現したいと考えているが、全体の会議スケジュールとの兼ね合いや各国との調整もある」

何を見て 何を感じたのか

5月19日 各国首脳が芳名録に記帳

実際、首脳たちは被爆者と対話し、芳名録に記帳した。イギリス・スナク首相は記者会見で「爆風によってねじ曲がった子どもの三輪車や血まみれの破れた制服を心に刻み、ここで起きたことを忘れまいと決心した」と述べた。しかし、本館を含めた視察が行われたのかなどわかっていないことが多くある。

5月21日 岸田総理大臣会見

岸田総理大臣は、訪問を非公開にした理由について「ありのままの心で被爆の実相に向き合ってもらうためだった」と説明。そして歴史的な機会になったと意義を強調した。

もちろん、核保有国を含めた各国との調整は重要な点で、原爆資料館の訪問自体がなくなっては元も子もない。それでも被爆者の中からは首脳たちが何を見て何を感じたのか、明らかにならないと、被爆地・広島から世界に向けた平和のメッセージの発信につながらないのでは、という声が出ている。私たちは引き続き、取材を進めていく。

  • 重田八輝

    広島放送局 記者

    重田八輝

    2007年入局。福井局・大阪局・科学文化部を経て2021年秋から広島局。原子力の取材を続けてきました。石川生まれ千葉育ち。

  • 小野慎吾

    広島放送局 記者

    小野慎吾

    スポーツ紙記者を経て2016年入局。岐阜局、スポーツニュース部を経て2022年2月から現所属。8月から広島県政担当に。

  • 児林大介

    広島放送局 記者

    児林大介

    鳥取→和歌山→東京→盛岡→広島。ニュースウオッチ9リポーターとして全国のさまざまな現場を取材したほか、各地の夕方6時台ニュースでキャスターも経験。山口県出身。

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