クローズアップ現代 メニューへ移動 メインコンテンツへ移動
2021年11月16日(火)

追跡・日大背任事件の〝内幕〟

追跡・日大背任事件の〝内幕〟

学生・生徒数9万人以上を誇る国内最大規模の学校法人・日本大学。元理事らが多額の資金を流出させたとして逮捕・起訴される異例の事態となっている。なぜ事件は起き、そして見過ごされてきたのか。番組では大学関係者を徹底取材。元理事が絶大な影響力を持つ理事長を後ろ盾に大学を私物化していた実態や、内部告発があっても改善に活かせない組織の課題が浮かび上がってきた。知られざる事件の内幕に迫る。

出演者

  • 金子元久さん (筑波大学特命教授)
  • NHK記者
  • 井上 裕貴 (アナウンサー)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

4億円以上流出 日大で何が?

井上:事件が起きた、日本大学。9万5,000人を超える学生などが学ぶ、学校法人です。国や自治体の補助金が私立大学トップクラスの212億円投入されており、授業料などと合わせた昨年度の収入額は、2,044億円にも上ります。

今回の背任事件で逮捕・起訴されたのは、日本大学元理事の井ノ口忠男被告。そして、医療法人の前理事長、籔本雅巳被告です。井ノ口元理事は、日大トップの田中理事長の側近といわれてきました。

事件は2つあります。舞台は井ノ口元理事が役員を務めていた、日本大学事業部。この事業部は大学の子会社で、物品調達や取引先との契約交渉を一手に引き受けていました。付属病院の建て替え工事を巡っては、設計・管理業務を24億円余りで都内の設計事務所に発注。その後、籔本前理事長側に実体のないコンサル料の名目で、2億2,000万円を送金させたとされています。

もう一つ。医療機器の調達を巡っても、籔本前理事長側の会社と必要がない取り引きをして、合わせておよそ2億円を流出させたとされ、いずれも資金の一部は事実上還流させるなどして、2人で利益を分け合っていた疑いがあるということです。

なぜ事件は起き、そして見過ごされてきたのか。その内幕を関係者が明かしました。

関係者が明かす事件の"闇"

井ノ口元理事と一緒に仕事をしたことがある、元大学関係者です。

元大学関係者
「どう喝、脅しというか、怒って相手に頭を下げさせて、自分を一歩上に持っていく。そういうところがあって、でもそのあとは可愛がる」

日大アメフト部出身で、ゴルフのイベント運営などを行う会社を経営する井ノ口元理事。かつてのアメフト部の人脈を通じ、事件の舞台となった日大事業部に入ることになったといいます。

事業部は大学が100%出資し、11年前に設立された子会社です。自動販売機の管理や、損害保険の代理業務などを集約化することでコストを削減。利益の一部を寄付という形で大学に還元し、教育や研究の財源に充てることを目的としています。

しかし、その理念はしだいにないがしろにされていったと、事業部の内情を深く知る日大の関係者は証言します。

大学関係者
「最初は理念に基づいて、学生のことを考えてやっていましたけれども、途中から井ノ口(元理事)が入ってきて、自分の利益、自分たちの利益というところでいろんなものを利益誘導し始めた。そこらへんが事業部がおかしくなった、きっかけだと思います」

10年ほど前、井ノ口元理事が入ったあと、事業部の業務は急拡大します。従来の業務に加え、物品の調達や警備なども手がけるようになり、売り上げは70億円規模にまで成長。3年前には、随意契約で物品を調達できる上限額が、1億円から3億円に引き上げられました。

井ノ口元理事の裁量が広がる中、事業部を通すことで価格が上乗せされ、かえってコストが高くなるという事態も起きていたといいます。

大学関係者
「逆に事業部が入ることによって抜いていく人がいるわけで、物品の取引でも利益を上乗せして、それを事業部の役員報酬なり、バックマージンと言いますか、知らないところでいろいろとやり始めた。その分、学生に対するサービスの提供の質が下がったり、学内でいろいろと問題になっていた」

大学内では、事業部の業務拡大を懸念する声が広がっていました。しかし、大学本部の幹部は、物品の調達担当者を集めた会議で受け入れるしかないと語っていました。

大学の幹部(話)
「皆さん方、聞いていて『なんだ事業部一辺倒じゃないか』、『大丈夫なのか』と。いろいろお願いしてもレスポンスが悪かったり、現状よりも(コストが)高くなるというお気持ちがあるだろうと思いますけれども、十分理解していただきたい」

大学関係者
「事業部は、彼にとって打ち出の小槌。すべてが自分の利益、自分らの利益。それを誘導することが彼の役割であり、目的だった」

事業部を私物化していたという、井ノ口元理事。なぜ、誰も止めることができなかったのか。

井ノ口元理事の名刺です。肩書は、理事長付相談役。学内で絶大な力を持つ、田中英壽理事長の威光を最大限に利用していたのです。

大学関係者
「理事長の存在は絶対ですよね。教職員からすると理事長は遠い存在で、実際に姿は見えないけれど、その存在でいろいろとひれ伏すような案件は多かった」

井ノ口元理事は、田中理事長の妻が経営するちゃんこ屋の近くに家まで購入。毎晩のように大勢を引き連れて通い詰めるなどして、ちょう愛を受けるようになったといいます。

大学関係者
「彼は口がうまいんです。あることないこと、理事長の耳ざわりのいいことを報告する。悪いことは報告しない。そうすると、理事長の覚えはめでたいですね」

元大学関係者
「田中理事長は『できるやっちゃな』と、井ノ口(元理事)に任せておけば俺は何も苦労しないで1言えば10動く。その結果を持ってくる男。自分にとって一番都合のいい男」

田中理事長の信頼を得た、井ノ口元理事。反対する人物に対しては、理事長の存在や人事権をちらつかせ、押さえ込んでいったといいます。

自分の指示に難色を示した部下に向けた発言です。

井ノ口元理事(声)
「(担当から)はがしたほうがええんちゃうかと言われてるで、どうする?どっか行くか。何もつべこべ言うことはないねん。腹をきめて事業部で骨埋めるか、埋めないか。働かざる者、食うべからずや。いまの理事長体制で、この事業部が進んでいくにあたっては、もう泣いてもわめいても、ここが主力やから。それぐらいの信頼関係があるから、理事長と」

井ノ口元理事は、2017年に大学の理事に就任。本部の中枢にまで影響力を及ぼすようになったのです。

絶対的な存在だという、田中理事長。その背景には、体育会の存在があると関係者は指摘します。

大学関係者
「体育会の人間が学内で幅を利かせてしまって」

取材班
「派閥になってしまったりとか」

大学関係者
「体育会であらざれば人にあらず」

大学当局と、体育会のつながりの深さをうかがわせる出来事があります。1968年に起きた、日大闘争です。大学の不正経理問題をきっかけに、学生たちが大学当局に反発。これに対し、体育会の運動部員たちが学生運動のメンバーと衝突し、負傷者まで出ました。

このころ、日大相撲部で学生横綱として活躍していた田中理事長。翌年、職員として採用されました。日大では、その後も運動部出身の枠を設けて、毎年職員として採用。一部は理事などの幹部にも登用され、影響力を強めていったのです。

日大商学部の元教授、竹内幸雄さんです。大学の予算や規定などを審議する評議員も務め、田中理事長に権限が集中していくさまを目の当たりにしてきました。

理事長に就任した、4年後の2012年。大学の評議員会に、ある改正案が諮られました。実は、このときまで学校法人の実質的トップは理事長ではなく、「総長」でした。しかし改正案では、大学の規定をかえて総長のポストをなくし、代わりに「学長」を設けるとしていました。

日大商学部 元教授 竹内幸雄さん
「『どういう意図があるんだ』と聞きましたら、答えは『単に名称を変更する』。最後、理事長も本当に答えになるか分からない答えをしました」

当時、採決をする評議員はすべて大学内部のメンバーで構成されていました。竹内さんは反対しましたが、100人を超える賛成に対し、反対は僅か2人。圧倒的多数で可決されたのです。

その結果、学長の権限は教学面のみに限定されました。そして、任期が定められていない理事長が名実ともに最高責任者となりました。

田中理事長は13年にわたって今もその職にあり、幹部の人事や運営権を掌握。事件の背景には、上意下達の組織文化があったといいます。

竹内幸雄さん
「どうしても田中さんと関係を持っていく、良い関係を持っていく。職員の大きな思惑になってきますね。そうなるとどうしても次第に、寄らば大樹の陰で田中さんになっていく。やはり日本大学の体制の中で、何かこう事業部を背景にするような問題が起きるかなということは、私は想定していました。ありえるのではないかと」

田中理事長の名前を出せば、異論を唱えることができない雰囲気があったのではないか。取材に対し、田中理事長は「組織運営については伝統ある大学の建学理念の下、万全の体制をもって誤りなきを期していきたい」と回答しました。

16日に起訴された、高額な医療機器の調達を巡る背任事件。井ノ口元理事は、このときも田中理事長の名前を出して調達させていたことが分かってきました。

舞台となったこの病院。新型コロナウイルスが猛威を振るう中、都内で最も多くの重症患者を受け入れた医療機関の一つです。

去年、井ノ口元理事らが訪れ、億単位の医療機器を調達すると一方的に伝えてきたといいます。

病院関係者
「予算化もされていないものだったそうですけれど、メーカーは指定してきて、理事長の了解を得ているということで購入するんだという話になったと聞いています。自分の考えは理事長の考えなんだと。それに逆らうということは、理事長に逆らうことだと」

病院では従来、高額の医療機器を調達する際、医師らがメーカーや機種を選ぶ「物流委員会」を開催。その上で、複数の候補の中から事業部が最終決定をする仕組みになっていました。

しかしこのときは物流委員会は開かれず、更新する予定がなかった画像診断装置7台の調達を井ノ口元理事らが独断で決めたといいます。

病院関係者
「いままではなかった、そういうことは。常識的にみてもおかしい。井ノ口(元理事)自身は(医療の)知識がないですから。たとえば放射線系の機器でも、検査用の機器もあれば治療用の機器もあるわけですけども、その区別すらついていない」

この事件で医療機器の調達にかかったのは、最終的に23億円余り。このうちおよそ2億円が、共犯として起訴された籔本前理事長の会社に流出したとされています。そこから井ノ口元理事の知人の会社に、二千数百万円が還流したと見られています。

10年ほど前から、ゴルフのイベントなどを通じて親交を深めてきた2人。高級クラブや鉄板焼きの店で、夜な夜な豪遊していたといいます。

元大学関係者
「ドンペリなんて当たり前の世界ですから。店長に『良い酒ないんかい』、『それをすぐ持ってきて入れとけ』。常に財布の中に200万円ぐらい入れていたし、現金で払う場面も多く見ていた。親が汗水垂らして働いた授業料を湯水のごとく、そういう形で浪費させている。それになんら責任を感じない」

今回、私たちの取材に応じた大学関係者たち。その多くが、結果的にいびつな権力構造を放置し、黙認してきたことにじくじたる思いを抱えていました。

大学関係者
「見ないふりをして、そして見ようともしないで今まできたのが、そういった土壌をつくってしまった。野放しにしておいたのは、非常に罪が重い」

竹内幸雄さん
「独裁はいったんできたら、ひっくり返すことはできない。組織は頭から腐るというけれども、わが大学の質そのものがずっと落ち込んでいく。大学としての存在意義そのものを問われているわけですから」

追跡 日大背任事件の"内幕" なぜ事件は起きたのか?

井上:取材に当たってきた、中村記者です。まず、改めて1つ目の病院の建て替え工事を巡る背任事件を見ていきたいと思います。

中村幹城記者(社会部):まず、日大が設計業務などを都内の設計事務所に発注。そのあと、井ノ口元理事は籔本前理事長側に2億2,000万円を送金させ、複数の会社を通じて2,500万円を受け取った疑いがあります。

その設計事務所を選ぶ過程ですが、もともと候補は4社ありました。井ノ口元理事は都内の設計事務所が選ばれるよう、日大内部の審査担当者らに評価の順位を変えさせたということです。関係者によりますと、井ノ口元理事から指示を受けた担当者は周囲に、「元理事が怖くてしかたがなくやった」と証言しているということです。

一方、設計事務所は2億2,000万円を送金したことについて、「元理事に指定された会社と契約し、送金した。日大の仕事がなくなるおそれもあったので断れなかった」と話していて、不正については知らなかったと取材に答えました。

井上:そして、16日に2人は起訴されましたが、最新の状況はどうなっていますか。

中村:関係者によりますと、特捜部の調べに対し、井ノ口元理事と籔本前理事長共に資金の流れは大筋で認めています。ただ、井ノ口元理事はいずれの事件も「日大に損害は与えていない」と否認しています。籔本前理事長は、起訴された医療機器の事件については認めているということです。

井上:そして、日大トップの田中理事長の関与はなかったんでしょうか。

中村:関係者によりますと、籔本前理事長は「田中理事長側に合わせて6,000万円を渡した」と供述しているということです。井ノ口元理事も現金の提供は認めた上で、「資金の流れは理事長には説明していない」などと供述しているということです。田中理事長は特捜部の任意の調べに対し、現金を受け取っていたことそのものを否定し、事件には関与していないと説明しているということです。田中理事長はNHKの取材に対して15日に、弁護士を通じて文書で回答しました。「理事の1人が起訴されたことは誠に遺憾で、理事長として事態を重く受け止めている」とした上で事件については、「捜査が継続しているもようなので、事実関係の回答を差し控える」としています。

井上:そして、もう一人お聞きしていきます。大学運営など、ガバナンスに詳しい筑波大学の金子元久さんです。金子さん、いちばんの被害者というのは真面目に頑張っている学生さん、あとはお金を納めている保護者なのではないかと思うのですが、金子さんはどう思いますか。

金子元久さん (筑波大学 特命教授)

金子さん:そのとおりですね。卒業者の方も非常にじくじたる思いがあるんじゃないでしょうか。教職員の方も非常に怒っていると思います。

井上:実際、大学側のこれまでの説明は今のところどう見ていますか。

金子さん:説明という説明はしてないのではないでしょうか。それともう一つ気になるのは、どう対処するかということもあまり明確に言っていないということだと思います。

井上:それはどういうことですか。

金子さん:一応、調査委員会を作るとは言っていますが、やはり大学のどこからこういう問題が始まったのかということについての問題意識というのはあまりうかがわれないと思うんです。

井上:今回の取材を通して、大学の私物化とも言えるような事態が見えてきたわけですが、どうしてこういうことが起きてしまうのでしょうか。

金子さん:大学は基本的には理事会と評議員会という2つの議決機関がありまして、それが相互にけん制しながら大学全体を運営していくというメカニズムで動くことになっているんです。

井上:チェック機能みたいになるわけですね。

金子さん:そうですね。ただ、今回の場合は理事会にも評議員会にも関係者が非常に多く配置されて、その人たちが多くなって動かなくなっているという状況が続いていたということらしいです。

井上:メンバーも雇われているからなかなか言えないというところがあるんでしょうか。

金子さん:そうですね。それはやはり理事会にしても評議員会にしても、特に理事会はメカニズム上の問題があると思います。

井上:今回の事件について、日本大学は私たちの取材に対してこう回答しています。「大変遺憾です。大学としては現時点で、事件に田中理事長は全く関与しておらず、無関係であると認識している。日大事業部については問題がなかったとは言えず、調査チームで内部調査して原因の究明と責任の所在を明らかにし、再発防止策を検討していくことになる」。

一方で、「事件に関しては大学全体に問題があったとは思っておらず、大学の経営やガバナンスが直接的に問われている問題ではない」としています。
こうした事件につながる問題を見過ごさないためにも、大学はどうあるべきなのか。金子さんが挙げるポイントは3つです。まず外部の人の参加。これは外の目を入れるということですね。そして2つ目、情報開示。そして3つ目、監督と執行機能の分離。

金子さん、この3つ目の監督と執行機能の分離というのはどういうことでしょうか。

金子さん:大学の意思決定というのは、教育・研究を実施するという意味での執行。それからそれを正しいのかどうか、長期的にこれはいいのかという監督といいますかいわゆる評価、2つあると思うんですけれど、日大の場合は理事会がそうですが、その機能を両方とも行うと。そういうことになってしまうと、構成員のかなりは大学に雇われている人ですと結局理事長に雇われているという指揮権に入るわけです。そうしますと、理事長の意に反することは言えない。同じようなことは評議員会にも起こっていたようです。

井上:例えばですが、日大以外の学校ではこういう3つの機能というのは果たされているのでしょうか。

金子さん:日本には大体600ぐらい私立大学がありますが、やはり大学は非常に多様ですから、すべてがそういう機能があるとは言えないのではないかと思います。

井上:そういった意味で、大学はどういう変化が必要になってくると感じていますか。

金子さん:やはり非常に変化が激しい時代に大学がついていくためには、一方で執行が非常に強力でなければいけないと思います、変化をするために。ただ、同時にそれを監視する能力をそれに応じて作らなければいけない。それがやはり明確に分離しておかないと、今回のように理事会も評議員会も結局監督が十分ではないと。自分をチェックする機能が十分ではないということが起こって、それがそのまま固定してしまうということが起こってしまうんだと思います。それはやはり、日本の大学は伝統的に自分たちで大学を作ってきたという自覚が非常に強いわけです。そうしますと大学は自分のものだと、自分たちがいちばんよく知っているという意識が強くなってしまうわけで。これは、日本の企業にも言われることですから、ある意味では日本の企業と似ているようなところがあるんだと思うんです。しかし時代は変わっているので、そこは大きく転換するべき時期なのではないでしょうか。

井上:金子さんから転換点というお話もありましたが、中村さんはどんなことが問われていると思いますか。

中村:今回私たちは多くの日大関係者を取材しました。この中で幹部の一人は、「元理事が逮捕されて1か月以上たった今も、田中理事長は理事会など内部の公式な場でさえ何も説明していない」と話していました。
自浄作用がなぜ働かなかったのか大学側は調査を進めていますが、今後私たちにとって納得のいく説明ができるのかまさに問われていると思います。

井上:ありがとうございました。


見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

関連キーワード