「マンションに住んでいるので、地震が起きたときは安全…」
果たしてそうでしょうか。
分譲マンションでは、建物を直すのか建て替えるのかの合意形成や資金面など、多くの課題が待ち構えているのです。
都市の直下で起きた2016年の熊本地震の対応に当たり続けた元住民への取材から、首都圏にも通じる教訓を取材しました。
(首都圏局/記者 北城奏子)
熊本市内の分譲マンションに住んでいた吉本善勝さん(73)。
ついの住みかだと思って購入したマンションが被災しました。
10階建てのマンションは合計66世帯。
耐震基準を満たしていましたが、震度6強の揺れでエントランスが大破。建物自体も沈下し、り災証明で「全壊」と判定されました。
地震の直後に管理組合の理事長に選ばれた吉本さんは、マンションをどうしていくか、判断の中心になりました。
吉本善勝さん
「2016年の4月は、このあとどれくらいかかるのか全く予測できていませんでした。こんなに時間がかかるとは思っていませんでした」
補修するか、解体して建て替えをするのかという判断に迫られた管理組合。
応急修理を担当してくれた業者から「復旧は可能」という提案もあり、修繕を目指す方針で動き始めます。
しかし、資金面の問題に直面します。
当初の見積もりは1億7000万円。しかし、エレベーターや廊下などマンションの共用部分の地震保険を地震の5年ほど前に解約してしまっていたため、本来であれば数億円にのぼるはずだった保険金も入らなかったのです。
吉本さん
「『地震保険を解約すると、年間に皆さんこれだけ安くなりますよ、一戸当たりこれくらいお金払わないで済むようになりますよ』という話が、役員会の中で出たんでしょうね。地震後、保険会社にほかの住民と交渉に行ったとき、“地震保険があれば何億かの金額が出たかもしれませんね”という話があって、『みなさんの持ち出しが少しで済むという話をできたかもしれない』と思いました。お金というのは確かに大きかったです」
続いて直面したのは、住民の合意形成の難しさです。
詳細な調査もできないまま、今後の方針をめぐって住民の意見がなかなかまとまらず、地震の翌年の1月、応急修理をしてくれた事業者に補修工事を任せることを決議。
すると、思わぬ事態が起きました。
一部の所有者が、補修の方針を決めた際に管理組合の理事だった人たちを相手取り、自分たちの部屋の買い取りを求めて裁判を起こしたのです。
大きな被害を受けたマンションの復旧工事は、部屋の所有者の4分の3以上の合意があれば行えます。
一方で、決議に賛成しなかった所有者は、部屋の買い取りを請求することができます。この権利を一部の人たちが行使しました。
吉本さん
「買い取り請求の資料が地方裁判所から届いて、“これは裁判でえらいことばい…”と、もうびっくりしました。管理組合の役員たちが非常に参ってしまったという時期がありました」
この対応に管理組合は時間がとられます。
また、地震直後の応急工事の影響で自身の部屋に住めなくなったり、住み続けるのは危険と判断して転出したりした所有者がいた一方で、地震後も住み続けた所有者もいました。こうしたことで所有者が二分され、意見をまとめることが困難になる一因ともなったといいます。
長期化する中で、事態はさらに悪化します。
基礎部分の詳しい調査を行ったところ、杭に大きな損傷があり、補修がそもそも困難であることがわかったのです。地震から2年半後、2018年10月のことでした。
補修にかかる費用の試算はおよそ8億円。一戸あたりにすると1000万円以上にのぼりました。
熊本地震では、半壊以上とされた建物を解体する場合、費用を国と市町村が代わって負担する「公費解体」という制度がありました。
しかし、この時すでにその申請期限が過ぎ、必要とされた全員の同意もとれませんでした。
幸い、自治体が補助制度を設けたこともあり、建物の解体と敷地の売却を決めます。
地震から実に4年半後、2020年の11月のことでした。
その後も連絡がつかなくなった所有者と同意を取るなど対応は続き、マンションを解体するために作った法人は、ようやくこの秋解散します。
吉本さんは、知識の備えや専門家の支援が当初からあれば、これほど住民たちに負担もかからず、長期化することもなかったのではないかと考えています。
吉本さん
「結局素人集団だから、“今度はこうしましょうか、次はこうしましょうか”と言える知恵も情報も何も持たない。アドバイスしてくれる人が誰もいない。市役所に行っても県庁に行っても、“こういうところに行ったらどうですか、そこに相談したらどうですか”という紹介は、結局どこもありませんでした。皆さんが納得できるかたちのタイムスケジュールが出てこなかったので、それがやはり非常に皆さんを悩ませたと思います。精神的に非常にダメージが大きかった時間でした」
マンションの共用部分の地震保険は、費用負担を軽くするために解約しているところもあるといいます。気になる方は、管理組合や管理業者に問い合わせてください。
また、震災直後から熊本で調査を続けてきた元日本マンション学会会長でマンション管理士の資格も持つ折田泰宏弁護士は今回の事例で浮かび上がった最も重要な課題として、「初期対応の重要性」を挙げます。
当面の対応として、折田弁護士は、▼すぐにマンションで理事会や総会を開けるなどの動きがとれるように、可能なかぎり所有者内で連絡先を把握しておくこと、そして、▼建築関係に詳しい人を顧問的にもっておくことなども1つの案としてあげていました。
その一方、管理組合は地震直後、自分たちの生活についても対処する必要があります。
折田弁護士や日本マンション学会は、マンション住民の増加にあわせた自治体の窓口の整備の必要性を訴えています。
地震直後から熊本で調査 折田泰宏弁護士
「災害が起きたときに管理組合の方々、区分所有者の方々は、被災で現実的にマンションで生活出来ないとなると、自分たちで何かやっていくというのはすごく難しい。相談にきちんと対応できるのは、対応の経験があるマンション管理士や一級建築士などの専門家でないと難しい。そういう専門家を養成すると同時に登録するような仕組みを作り、いざとなったら現地に派遣できるといった制度を国として整えるのが望ましい」
さらにこうした支援は、管理組合からの要請を待って動くのでは遅いとして、押しかけ的に行く「プッシュ型支援」が大事だと指摘していました。
首都直下地震では、熊本地震と比べものにならない多くのマンションが被災するおそれがあります。
改めて当時の教訓を振り返り、住む側も支援する側もまだまだ備えるべき事はあると感じました。
被災した場合の支援制度や“仮住まい”の問題はこちらから。
旧耐震のマンションの中で、コストの削減や補助金を活用して耐震化を実現した事例は こちら から。