シュトボー
  1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. シュトボー
  4. 首都直下地震 進まぬマンション耐震化 実情は

首都直下地震 進まぬマンション耐震化 実情は

  • 2022年10月4日

ことし、東京都が10年ぶりに改訂した「首都直下地震」の被害想定。死者で一番多い要因は住宅の倒壊によるものです。国や都、市区町村が補助を出すなどして耐震化を進めています。現在、都内の耐震化率は9割以上。ゴール目前のようにも見えますが、別のデータを分析すると、かなり難しい実態が見えてきました。古い耐震基準のマンションの半数以上が、工事が必要かどうかの判断に必要な耐震診断すら受けていなかったのです。
耐震化の難しさと実現に向けたカギを、あるマンションの例から探りました。
(首都圏局/記者 直井良介)

東京・渋谷区の築65年マンションのケース

取材をはじめたことし8月はじめ。ちょうど耐震化工事を終えたマンションがあると聞き、東京・渋谷区を訪れました。築65年、都内でも有数の古いマンションで、2棟でおよそ40戸あります。
工事は、建物の基礎を大きくした上で、外壁に頑丈なフレームを取り付けるものです。

この日は、ちょうど工事を終えて引き渡しの日で、マンションの理事長の岡部孟さんは、感慨深げでした。

マンションの理事長 岡部孟さん
「ようやくという感じです。住民との議論から考えると4年ほどかかりましたからね」

工事の完了までに4年。
“耐震化工事を成功させる秘けつ”を聞こうと訪れたものの、話しを聞けば聞くほど工事の難しさを痛感していきました。

大地震で倒壊のおそれでも…

工事が必要だと判明したのは4年前。
完成から60年を超えたことで耐震性に疑問があり、耐震診断を受けました。

すると、建物の地震の強さを表す「Is値」が2棟とも基準を満たしておらず、震度6強以上の揺れを観測する大地震で倒壊のおそれがあることがわかったのです。

岡部孟さん
「昭和32年竣工ですから想定はしていましたけれども、これほどまでに耐震性がないのかと驚きました」

議論(1)建て替えは?

不安を感じた岡部さんなど、当時の理事会メンバーは、さっそく住民と議論をはじめました。議論をする中で、マンションの住民から出たのは、「マンションを高層化して建て替えられないか」という意見です。

一般的に、耐震性のある建物にするためには2つの方法があります。
ひとつが、今ある建物を補強する耐震化工事。
もうひとつが、今ある建物を壊して、新しく建て替える方法です。

住民が提案した建て替えには大きなメリットがあります。新築されるマンションを、今よりも階数を高くすることで多くの部屋を確保します。そして、その部屋を販売し、建て替えの費用をまかなうのです。これを成功させるのに必要なのはもちろん、買い手が付くか、ということです。

岡部さんらの住むマンションは、代官山に隣接する好立地。高層マンションを作れば、買い手が付くことは容易に想像ができます。にもかかわらず、その計画はうまくいきませんでした。東京都が定めたこのマンション周辺の土地の用途が、高層マンションを建てられない決まりだったからです。
望んでいた住民も「法律で決められているなら、しかたがない」と納得したといいます。

議論(2)やはり耐震化にしかし大きな壁が

こうして岡部さんなど理事会メンバーは耐震化工事を選ぶことになり、さっそく、業者に見積もりを依頼しました。
しかし…

示された資料には、1棟あたりおよそ1億円。2棟合わせると工事費用の総額は2億3000万円になりました。1戸あたりに直すとおよそ500万円。ほとんどの家庭で計画なしに払える金額ではありませんが、このマンションでは、耐震化工事をより難しくさせる、古いマンションならではの2つの事情がありました。
マンションには、外壁や配管の修繕のために積み立てていた「修繕積立金」があり、それを使う手がありました。しかし、築65年がたったこのマンションにはさまざまな場所が痛んできていて、突然、資金が必要になる場合もあります。このため、多めに積み立てておかなければならず、簡単に手を付けられなかったのです。

建物だけではない!住民の高齢化が資金面で課題に

そして、最も大きかったのが、住民の高齢化です。

岡部孟さん
「住民の平均年齢は70歳を超えています。年金の方ばっかりなんです。多くのお金が出せないところで、工事をやるっていうことですね」

これが、古いマンションで耐震化を難しくさせている、大きな要因です。仕事を退職して年金以外の収入がない人も少なくありません。億単位の費用がかかる工事は極めて難しい状況なのです。

理事会資金調達に走る!

とにかく住民の負担を減らさなければ、賛同は得られない。理事会メンバーは奔走します。
まず目を付けたのは、行政からの助成制度です。ほとんどの自治体で耐震化工事の助成制度が設けられています。助成される金額には自治体ごとにばらつきがあるものの、渋谷区では、国や都と合わせて、およそ4000万円の補助金が得られました。残りの1億5000万円ほどは銀行から借りることを目指しましたが、はじめは断られたそうです。

悩んだ末に、住宅ローンなどを扱う政府系の「住宅金融支援機構」に融資の相談をしたところ、20年という長い返済期間で資金を借り入れることに成功しました。こうした努力の結果、月々の一戸あたりの負担を最大9000円まで抑えることができました。

しかし、この“月々9000円”という額も、決して安いわけではありません。理事会メンバーは「今のままでは命が危ない」と個別にまわって訴え合意をえることができました。ここまでなんと2年がかりだったといいます。
岡部さんは、完成までに4年を要したこれまでを振り返り、耐震化工事に踏み切るには、高いハードルがあると感じています。

岡部孟さん
「まずお金の問題。そして、耐震化に関して住んでいる人はさまざまな意見を持っている。そこに高齢化も加わって、古いマンションにとって、そうしたことをまとめるって言ったら、かなり難しい問題じゃないかなと思います」

別のマンションでみえる進まない背景

取材を進める中では、お金以外の理由で頓挫してしまったマンションもありました。

この都内のあるマンションで住民から猛反対を受けたのが、工事の方法です。
耐震性を確保するため、部屋の一部に新たな柱を設置したり、外壁のフレームによって窓の一部が塞がれてしまったりすることがわかったのです。
さらに、工事のため一時的にせよ、マンションから退去する必要もありました。このマンションの理事長の男性は、こうしたことにかかる精神的ストレスを高齢者が受け入れることは不可能だったと振り返っていました。

さらに、このマンションは3分の1が賃貸に出されていました。特に所有者が外国人の場合、連絡が取れないケースもありました。また、認知症が進み、うまく会話が成立しない独居の高齢者もいて、管理組合がどんなにがんばっても、議論がほとんど前に進みませんでした。

結局、このマンションは見積もりにすらたどりつかず、工事を断念しました。住民をまとめようと奔走した理事長の男性が私に語ったことばが、印象に残っています。

理事長の男性
「高齢者はお金だけではなく、環境の変化もできれば避けたいと考えています。そこは、理屈ではないんだと思います。僕らみたいなマンションが最後まで取り残されるんでしょう」

“工事できず”7割に

こうした耐震補強工事ができないマンションが都内で深刻な課題になっていることをうかがわせるデータがあります。

(都内旧耐震のマンション約7000棟に都が調査)

こちらは、都が去年古い耐震基準で作られた都内のマンションおよそ7000棟に、耐震診断を実施したかどうかを聞いた結果です。
その結果、実施したと答えたのは3割あまりにとどまり、実施していないと答えたのは半数あまりにのぼりました。古いマンションの多くが、工事が必要かどうかの判断基準になる、診断すら受けていない状況だったのです。

(旧耐震のうち耐震性不十分とされた約1100棟対象に調査)

さらに、耐震性が不十分とされた都内の古いマンション1100棟あまりについて、その後、工事をしたかどうかを聞きました。すると、実に7割にあたる797棟で工事がされていなかったのです。

東京都 “マンション耐震化の目標達成は厳しい”

東京都は、“令和7年度末までに、耐震性が不十分なマンションをおおむね解消させる”という目標を掲げています。しかし、担当者は今のままではこの目標達成は厳しいと感じています。

東京都住宅政策本部 越智英明 担当部長
「7割で耐震改修ができていないということは、大きな課題と捉えていて、耐震化の実施率が上がらないのが実態です。地元の区市とも連携しながら、管理組合に直接アプローチするなど、いろいろな施策の展開を図っていきたい」

耐震化進めるために“人とカネの支援を”

どうしたらよいのか。マンション問題に詳しいマンション管理コンサルタントの土屋輝之さんは、このままの制度では工事は進まないとして、資金確保の支援策が必要だと強調します。

マンション管理コンサルタント 土屋輝之さん
「耐震化工事が進まない理由は資金の調達です。つまり、いまの支援制度では十分な資金確保のメドが立たないということです。まずは、この部分の支援策を手厚いものにする必要があります。資金のメドをつけられれば、住民合意のハードルもぐっと下がります」

その上で、耐震化を進めるための3つの提案をしました。

1)補助率や補助額の上限が高く、使いやすい工事費の補助制度
2)立地などに関係なく、無利子、もしくは極めて低い金利で長期間にわたる貸し付けを受けられる制度
3)住民合意を手助けしてくれる専門家の派遣

難しい住民合意・実態に即した支援検討を

2つの事例を読んでいただいて感じていただいたとおり、耐震化を進める上で難しいのは、資金に加えて住民合意です。

例えば「マンションと一緒に死んでもいい」と考える住人にも、丁寧に説明し、理解を得なければなりません。この点が、戸建て住宅の耐震化工事と異なる点と言え、専門家が指摘したとおり、こうしたさまざまな考えを持つ住人への説明を担う管理組合の理事会への支援は資金面の支援と加えて、欠かせないと感じます。
高齢化するマンション支援をめぐっては、国の制度も変わりつつあります。都や区、市も実態に即した支援のメニューはどういうものなのか、改めて検討する時期に来ていると思います。

  • 直井良介

    首都圏局 記者

    直井良介

    2010年入局。山形局・水戸局などをへて首都圏局。マンション問題を長く取材。現在、都庁担当。

ページトップに戻る