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首都直下地震に備えて「事前復興」 足立区千住地域での取り組みは

  • 2024年4月10日

能登半島地震では、東日本大震災の時と同様、被災地の復興をどのように進めていくかが大きな課題となっています。
被災後に検討されることの多い「復興」ですが、その発想を転換し、あえて被災をイメージして、あらかじめ復興の方針を考えておこうという取り組みがあります。
それが「事前復興」です。
東京・足立区で、住民も参加して行われた事前復興の取り組みから、その重要性を考えました。
(首都圏局/記者 鵜澤正貴)

「事前復興」対象は北千住駅近く「木密」の地域

今回、この事前復興の取り組みの対象となったのは、足立区千住地域のうち、西側にある6つの地区です。北千住駅が近く、すぐそばを荒川が流れる、いわゆる下町です。

この地域は、木造住宅が密集しています。東京都が地震のリスクについて相対的に比較した「地域危険度」という指標では、6つの地区のうち5つが最も危険性が高いとされる「ランク5」。残りの1つも「ランク4」です。

“事前防災”の地域で“事前復興”?

千住元町町会 長山康男会長
「ご覧の通り、家と家の間は30センチくらいしかありません。火が出た時には本当に大変なことになると思っています」

「千住元町町会」の会長を9年間務めている長山康男さん(83)に地域を案内してもらい、地域のリスクと同時に、さまざまな対策も紹介してもらいました。

町内には、消火器のほか、「スタンドパイプ」の設置も増やしました。スタンドパイプは消火栓につなぐだけでホースを伸ばして効率的な消火ができます。

また、各家庭には、漏電などによる火災を防ぐため、揺れを感じたら電気を遮断する「感震ブレーカー」の設置も勧めてきました。

「事前復興」 当初は疑問も

こうした「事前防災」の取り組みを進める中で、持ちかけられたのが「事前復興」。
大規模な被災を前提とした復興計画づくりにどの程度意味があるのか、当初は疑問に感じたといいます。

長山会長
「その話を聞いた時は、正直、『そんな災害があったあとのことを話したってしょうがないんじゃないの』と思いました。町会の役員に話した時も皆、『なんでこんなことをやるの』という感じでしたね」

“ひと事ではない”と痛感した能登の被害

足立区が進める事前復興は、宅地などの町並みや道路の幅といった災害後の街のあり方を
住民と区の職員でシミュレーションするというものでした。

議論の場は、去年(2023年)8月からことし(2024年)2月までの5回の予定で、その後半の段階で起きたのが、能登半島地震でした。 

テレビなどを通して、長山さんの目に飛び込んできたのは、輪島市での大規模火災でした。
木造密集地域に暮らす自分たちにとって、同じ“木密”の市街地があっという間に燃え広がり、焼け野原となった状況は衝撃でした。
そして、2月に開かれたワークショップ。専門家が能登半島地震を踏まえて訴えたのは、復興のイメージをあらかじめ住民と行政の双方で共有しておくことの大切さでした。

東京都立大学 中林一樹名誉教授
「能登の復興で、いま一番困っているのは、2次避難などで被災地を離れた方が少なからずおられて、復興をどうすると話をしようと思ったら、『その中心となる被災者がいないんだ』という状況になってしまっていることなんです」

長山会長
「輪島市の状況をニュースで見て、うちの町会も“木密”ですから、火事になったら、本当にひと事ではないなと感じました。また、復興について、いろいろな話を聞きますと、なおさら、この『復興シミュレーション』というのは本当に大事なことなのだなと感じました」

住民が集まれる場を

道路の拡幅や建物の配置などと捉えられることの多い事前復興。
この地域は、どのような復興を目指すのか。

町会は、いち早く復興するための対策や仮設住宅の確保、再開発も重要だと考えつつ、地域住民が集まることができる「場」が重要だと考えました。

町会が注目したのは、地域にある神社。特に境内でした。
境内では、住民がふれ合えるさまざまな催しが行われていて、ことし1月の餅つきにも多くの人が訪れたということです。

まとまった事前復興の方針案

それぞれの町会が意見を出し合い、区とも議論をして事前復興の方針案がまとまりました。
これは、「方針案」ですので、地図上のこの場所に必ず何かを作る、といったたぐいのものではありません。

方針案の1つです。
赤色で示した場所は仮設住宅や仮設店舗を設置するエリアとします。
災害のあとになるべく住民が地域に残れるようにするのが目的です。

そして、神社や商店街など、地域の資源も再生・保全します。

仮設住宅などが建っていたエリアは、住宅地や商業地が整備されたあと、公園として再整備します。ふだんは住民が過ごす憩いの場所となり、災害時には避難できるようにします。

こうした復興ができれば、災害後も地域の人口は維持できるという試算になりました。

区側は今回の取り組みを通じ、災害後の合意形成がスムーズになるということはもちろんのこと、ふだんのまちづくりにも生かせるのではないかという手応えを感じたといいます。

足立区都市建設課 室橋延昭課長
「復興のまちづくりでは、区民の合意は欠かせません。職員もよい勉強になりましたし、地域の人のご意見を伺えたというところでは、今後のまちづくりを、復興だけではなく考える上でも、いい経験になったのかなと思います。地域の皆様の経験にもなって、将来の復興に役立てていければなと考えております」

足立区は今年度も別の地域で同様の取り組みを進めることにしています。

事前復興 今回のポイントは

東京都立大学の中林一樹名誉教授によりますと、事前復興の取り組みは東京23区の木造密集地域を中心に進んできてはいるそうです。
今回の足立区のケースは、区の関係する多くの部署の担当者と住民の双方が、一定の時間をとって話し合ったことが画期的だと指摘していました。

“住民みんなで行う復興”

長山さんたち町会の役員は、議論の結果をなるべく多くの住民に伝えようと、さっそく活動を進めています。

住民の女性
「事前復興のことは全然知らなくて、初めて耳にしました。首都直下地震が起きたら、この街を全く元に戻すということは難しいのかもしれないですけど、できるだけ今までどおりに戻れるような努力というか、みんなで力を合わせればできないことはないような気がします」

千住元町町会 長山康男会長
「町会の役員だけが知っていても復興はできませんので、住民みんなで行う復興なんだと。まずは復興シミュレーション、このことばを覚えていただいて、内容まで理解していただいて、いろんな形の将来のまちづくりを考えて、また現在に反映していきたいと思っています」

取材後記

自分たちの街が大きな被害を受けたという前提で、その後のまちづくりを考えるというのは住民たちにとって、とても勇気のいることだと感じましたが、能登半島地震を目の当たりにするとその重要性を痛感しました。

  • 鵜澤正貴

    首都圏局 記者

    鵜澤正貴

    2008年(平成20年)入局。秋田局、広島局、横浜局などを経て首都圏局。

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