貴重な資料や収蔵品、"タダ"では守れません!!

博物館や美術館に行くと、さまざまな文化財や美術品に気軽に接することができます。こうした施設には、展示されている以外にも多数の収蔵品が保管され、研究も進められています。しかし、こうした資料を気軽に見ることができなくなるような危機的な状況が全国各地で起きています。

東京・上野の国立科学博物館や、仙台市の東北大学植物園が、保管している貴重な資料を管理するための資金が不足していることが明らかになり、相次いでクラウドファンディングを始めたのです。

“タダ”では守ることができない
という現実を突きつけたこの問題。どう向き合っていくのか、改めて考えます。

(仙台放送局 岩田宗太郎)

【相次いで明らかになる博物館施設の苦境】
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東京・上野の国立科学博物館。国内最大規模の標本を管理・収蔵しているこの施設の資金難が明らかになったのはことし8月。

光熱費の高騰などを受けて国内最大規模の500万点以上にのぼる動植物の標本や化石などのコレクションを収集・保管する資金が危機的な状況にあるとして、クラウドファンディングを実施することにしたのです。結果、およそ9億2000万円と誰もが予想しない金額が集まりました。

こうした状況は、実は全国で相次いでいます。

▽東京・三鷹にある「三鷹の森ジブリ美術館」
▽岡山県倉敷市にあるモネやエル・グレコなどの絵画を所蔵「大原美術館」
▽サルバドール・ダリの作品を多く所蔵する福島県の「諸橋近代美術館」など。

いずれも資金難から運営が厳しくなったり、収蔵品の修復ができなくなったりして、クラウドファンディングを始めました。

【背景には新型コロナウイルスと光熱費の高騰が】
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なぜ、各地でクラウドファンディングを始めるようになったのか。背景には、新型コロナウイルスの感染拡大があります。

博物館運営に詳しい、日本博物館協会の半田 昌之 専務理事によると、入館料収入で運営している私設の博物館施設の多くは、新型コロナの影響で入館者が減って収入が激減。その後も、以前の水準まで入館者数が戻らない施設が多く、物価や光熱費の高騰も相まって、施設で保管している文化財を維持することが難しくなっているのです。

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(博物館運営に詳しい、日本博物館協会の半田 昌之 専務理事)

「特に私立の博物館や美術館では、入館料収入が経営の大きな部分を占めていて、そうした施設にとっては新型コロナで入場者数が減ることは存続の危機だ。こうした中で盛んに行われるようになったのがクラウドファンディングという手法で、有効な手段のひとつではある」

【博物館施設の資金難は宮城県でも】
宮城県でも、同じように資金繰りが難しくなっている施設があります。東北大学の植物園です。

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敷地のおよそ3分の2が国の天然記念物に指定されている全国的にも珍しい植物園で、長年にわたって収集した標本を管理する保管庫があります。

保管庫には、およそ70万点の貴重な標本が保管されています。この標本を元に、新たに見つかった植物と比較して種類を特定したり、特徴の変化を確認したりするため、こうした標本は研究に欠かせません。

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中には、NHKの連続テレビ小説「らんまん」の主人公のモデルとなった植物学者、牧野富太郎が採取した植物や、牧野が妻の名前にちなんで命名し、ことしの新語・流行語大賞にもノミネートされた「スエコザサ」の標本も含まれています。

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(東北大学植物園 牧 雅之 園長)

「ここには100年前の標本もありますし、当然昔は存在していた植物でいまはなくなっているものもあり、非常に貴重な物です。先人が苦労して集めたものなので、それを後世にちゃんとした形で引き渡すのは重要なことだと考えています」

しかし、ここで保管している標本が危機的な状況になっていました。これまで大学関係者の多額の寄付金を活用し、年間100万円ほどの維持費を工面してきましたが、その資金が底をつくことに。大学など各方面に支援を求めましたがうまくいかず、クラウドファンディングを始めることになったのです。

背景にはほかの施設同様、光熱費や物価の高騰が影響していました。標本を維持するには、劣化を防ぐ必要があります。カビが生えないよう、除湿機を設置して管理をしていますが、すべてが古く、複数が故障していても、交換する余裕がありません。

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そのほかにも、防虫対策のため、保管庫に入れる前に冷凍庫に2日間ほど入れておく必要がありますが、電気代が資金を圧迫しています。管理ができなくなると、貴重な標本を後世に残すことができなくなってしまいます。

(東北大学植物園 牧 雅之 園長)
「いろんな各方面の働きかけというのは、ずっとやってまいりましたが、いろいろの問題で、やはり維持が厳しくなってきたというような状況。管理ができなくなって、例えば標本が虫に食われてだめになる。実際には利用できなくなってしまう。そういった懸念もあります」

【予想をはるかに上回る結果に】
こうした状況を打開しようと、植物園ではことし9月11日からクラウドファンディングを始めました。目標金額は400万円です。11月9日まで寄付を呼びかけた結果、予想をはるかに上回る約1770万円が集まりました。

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植物園では集まった資金を標本がカビなどで劣化しないための除湿機の購入費や標本の整理、それにデジタル化するための費用などにあてたいとしています。

(東北大学植物園 牧 雅之 園長)
「予想を大きく上回り、とても驚くとともに皆様の応援に感謝しています。応援のことばもたくさんいただき、こうしたクラウドファンディングを通して、活動を知ってもらえたこともよかったと感じている。財政を安定させられるよう、今後も努力を続けていきたい」

【“タダ”では守れない現実。博物館施設が存続していくために】
植物園ではクラウドファンディングに成功した一方で、大学からの予算や入園料だけでは運営が厳しいことには変わりありません。ほかの施設でも、貴重な資料を継続的に守っていく方法は見つかっていないのが現状です。

なぜこうした現実をいま突きつけられているのか。日本博物館協会の半田専務理事は、それぞれの施設が自分たちの活動をしっかり発信してこなかったことが原因のひとつだと指摘した上で、国や自治体といった施設を設置した「設置者」も責任をもって資金を調達する努力が必要だとしています。

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「博物館施設で働く職員は、施設運営というマネージメントの意識を持ちながら、どういうことをしていきたいのか、どういう役割を担っているのか、しっかりと外部に発信してPRしていくことが大切だ。そういうことを通して、利用者に博物館施設の必要性を理解して資金の調達していく必要がある。
一方で、東北大学の植物園であれば大学本体といったその施設の設置者は資金を提供していく役割を担っていて、そこは自分たちの責任として努力をするべきだ」

さらに半田専務理事は、博物館や美術館を訪れる側の意識も変化して欲しいと訴えています。その理由として、日本は欧米に比べると、寄付に対する意識はまだ広がっておらず、自分たちで継続的に支援していくという風潮には、まだなっていないのではないかと指摘しています。

「日本では文化立国ということばが使われているが、そうであるならば戦略的にお金を使って、インフラのように整えて充実させていくのが理想的だと考えます。そうした公共事業として、地域の文化をどう充実させていくのか。30年後、50年後、この地域をどうしていきたいのか、もう少し自分事として博物館のことを捉えて、寄付などといった博物館を支える意識が育っていくといいと思います。博物館も、クラウドファンディングといったことを活用して博物館の役割を発信し、市民とともに一緒になって“博物館を残していく”という考えが広がれば、未来は明るいのではないかと思っています」

【数々の資料は未来を考える大切なヒントに】
半田専務理事は取材の中で「博物館施設はただ単に過去の遺物が展示されているわけではなく、展示物から過去を学び、地域や国がどのような歴史をたどってきたのかを知って、未来をよりよくするために考えるヒントを与えてくれる施設だ」と話していました。さらにこのままでは各地から大切な文化が失われていくかもしれないという危機感を抱いていました。

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私は長年、博物館や文化財に関する取材を行っていますが、どこも資金繰りが苦しく、関わっている人たちの思いで施設や文化財が支えられている現状をいくつも見てきました。

貴重な文化財や美術品に接することができる現状は「当たり前」ではありません。こうしたクラウドファンディングを通じて、資料の意味やその価値を学び、守っていくことの意義を改めて考えるきっかけになってほしいと感じました。

 

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仙台放送局記者 岩田宗太郎
2011年入局
宇都宮局、科学・文化部を経て
2022年8月から仙台放送局
仙台では、ホヤをさばいては味わう日々を過ごしています