インターネット投票の最前線
実現できるか 山積する課題

スマホで投票

選挙で全国初のインターネット投票を目指している茨城県つくば市。
投票所に行かなくてもスマホで投票できるメリットがある一方で、本人確認の方法をはじめ、「投票の秘密」をどう守るか、通信障害にどう備えるか…と課題は山積している。
取り組みの最前線を取材した。
(浦林李紗)

2024年の実用化目指すつくば市

選挙の投票は法律で、決められた投票所に本人が出向くことが原則とされている。
期日前投票も、駅やショッピングセンターに投票所が設けられるなど、ずいぶん利用しやすくなったが、やはり投票所まで行かなければならない。
投票所まで行けないという人のためには不在者投票といった制度があるが、手続きに手間がかかり、活用が十分進んでいないのが実情だ。

この仕組みを大きく変えようとしているのが、茨城県つくば市だ。
国家戦略特区「スーパーシティ」としてさまざまな実証実験が国から許可された、いわば実験都市でもある。
特区の枠組みを活用し、2024年10月の市長選挙と市議会議員選挙で、全国初のネット投票の実用化を目指している。

目指す理由 高齢者と若者の投票率

つくば市はなぜ、ネット投票の実現を目指しているのか。
それは前回・2020年の市長選挙にさかのぼる。投票率が51.6%と過去最低となったのだ。

グラフ:20~24歳の若い世代と80代以上の高齢者で投票率が低い

市が年代別の投票率を抽出調査で調べたところ、特に20~24歳の若い世代と80代以上の高齢者で投票率が低かった。

投票に行かなかった理由を尋ねると、高齢者からは「坂の上にある投票所まで歩けない」「車の運転をやめたので移動手段がない」といった声が聞かれたという。

グラフ:スマホで投票利用したい?「はい」90.2%

また、市が筑波大学の学生を対象に行った調査では「自宅や外出先などからスマホやタブレットで投票できるようになったら、利用したいと思うか」と聞いたところ、9割もの学生が「はい」と答えた。

「投票所に行きたくても行けない」という切実な声はもちろん、「行かなければと思うけど、ちょっと面倒」という隠れた声にも応えるためにも、つくば市はネット投票の実現を目指しているのだ。

コストや職員負担の削減メリットも

ネット投票の導入は、投票所や開票所の運営コストや、職員の負担の削減にもつながると期待されている。

選挙に関する自治体の業務は、人海戦術に支えられている。

写真:開票作業の様子

つくば市でも、約500人の職員が通常業務を調整するなどして投票所や開票所の運営にあたっている。
それでも足りない分は派遣のスタッフを雇う。このほか立会人を確保したり、必要な機器や消耗品などをレンタル・購入したりと、つくば市の場合、選挙のたびに6500万円程度の経費が税金から支出されている。

ネット投票になれば、これらの業務や設備が大幅に減り、支出を抑えることができるという。

課題も… 本人確認は?セキュリティーは?

一方で、課題もある。
本人確認やセキュリティー面での懸念だ。

図:ネット投票の課題

投票所以外で行われる投票の本人確認をどう行うのか。
買収や強要が起きていないことをどのようにチェックするのか。
また、「投票の秘密」を守るため、投票した人と、誰に投票したかが結びつかない仕組みを作る必要もある。
さらに、通信障害やデータ改ざんといったリスクもある。

課題をどう克服するか

つくば市は、これらの課題を克服するシステムづくりを始めている。

図:ネット投票の流れ

まずは、複数の認証による本人確認だ。
具体的には
①有権者に専用のアプリをダウンロードしてもらう、
②アプリ上で、あらかじめ個々に割り当てられ、市から郵送された投票用のQRコードを読み取る、
③さらにマイナンバーカードを読み取ると、投票画面が表示される、
という3段階になっている。
さらに、顔認証などの生体認証の導入も検討している。

買収や強要による投票を防ぐための仕組みも検討されている。
ネット投票ができるのは期日前投票の期間中のみとし、期間中は何度でも投票をやり直せるようにする。
これにより、例えば監視のもとで特定の候補者に投票するよう強要されたとしても、その場を離れてからやり直しができるようになる。
万が一、ネット投票ができる期間中にやり直しができなかったとしても、投票の当日に投票所に行って従来どおり一票を投じれば、ネットでの投票は取り消される。

「投票の秘密」を守るためには、投票者の情報と投票した内容の情報は切り離した上で、投票者の情報は匿名化し、投票内容の情報は暗号化して管理するようにした。
これにより、システムを管理する選挙管理委員会でも、投票先の情報は分からない上、万が一、サイバー攻撃によりデータの改ざんが行われた場合でも瞬時に把握できるという。
通信障害やデータ改ざんに備えては、データのバックアップを分散して管理する。

「ネット模擬選挙」の実証実験

これらの開発中のシステムを使い、つくば市は2022年11月、市民にスマホから架空の候補者に投票してもらう「ネット模擬選挙」の実証実験を実施した。

市があらかじめ指定した4つの地区に住む市民のうち、マイナンバーカードを持っている人を対象として参加を呼びかけ、4つのキャラクターを候補者にみたてて投票してもらった。

写真:スマホで模擬投票する様子

模擬選挙の投票期間は1週間で、対象となったおよそ1万4000人の市民の11%にあたる1506人が参加した。
市によると、システムへのアクセス集中による遅延や不正アクセスによる侵入、改ざんはなく、不正な投票データも確認されなかったという。

メリット・デメリットが浮き彫りに

つくば市は「ネット模擬選挙」に参加した市民を対象にアンケートを実施した。
「今後、選挙でネット投票ができるようになったらどのように投票するか」と聞いたところ、「インターネットで投票する」が8割を超えたという。

メリットとしては「時間や場所に縛られず、短時間で投票できる」「誤字脱字による無効票がなくなる」「子どもを連れて行くと動き回って集中できないが、ネット投票だと落ち着いて投票できる」といった声が寄せられた。

デメリットとしては「スマホに慣れた若い世代と違い、高齢者には難しいと思う」「マイナンバーカードの暗証番号を忘れていて本人確認に手間取った」「スマホを持っていないのでパソコンで投票できるようにしてほしい」といったものがあった。

投票に3時間かかった人も

模擬投票に参加した宮澤正さん(78歳)は、日頃から電話やメール、SNSなどでスマホを利用しているが、投票に3時間以上かかったという。

写真:宮澤正さん

(宮澤正さん)
「午前9時ごろから投票に挑戦しましたが、途中で『アプリの更新が必要』という表示が出て、アプリを更新したらまた始めからやり直しになりました。マイナンバーカードの暗証番号を覚えていなくて何度も入れ直したり、漢字や数字などいろいろな種類の文字を入れなくてはならなかったり。私にとってはとても大変な作業でした」

写真:模擬投票を体験

また、視覚障害のある大学生にも、スマホの文字読み上げ機能を使って模擬投票を体験してもらった。
しかし、読み上げがスムーズにいかないところがあったり、画面上で次の操作に進むためのボタンの位置がわかりにくかったりと、戸惑う様子が見られた。
また、本人確認のためのパスワードなどを入力するのが難しいといった意見も出た。

つくば市の受け止めは

ネット模擬投票の実証実験を受けて、つくば市はさらなる改善を進めるという。

写真:インタビューに応じる担当者

(つくば市スマートシティ戦略課 中山秀之課長〔当時〕)
「ネット投票に対する肯定的な意見もあるが、不安に感じている市民もまだまだいる。高齢者や障害者などがスマホを使って投票の操作ができるようになるための整備や支援、スマホだけでなくパソコンを使っての投票など、市民からの意見を参考にしながら具体的な対応の検討が必要だ」

実用化の目標としている2024年10月の選挙までに、課題をどのようにクリアしていくのか。民主主義の根本を支える選挙だけに、ミスは許されない。

つくば支局記者
浦林 李紗
鳥取市出身。2015年入局。初任地・神戸局で県政や神戸市政などを取材した後、つくば支局。つくばに集積する研究機関や、茨城県南部の行政・議会などを取材。