プロレス発端に新たな対立 石川県知事 馳浩 次の相手は…

「私は死ぬまでプロレスラーだ」
自らを生涯プロレスラーだと言う石川県知事の馳浩。
知事就任以降、戦いが行われているのはリングの上だけではない。
戦う知事が、いま争っているのは…
(金沢局 竹村雅志)

プロレスラーから政治家へ

馳浩は1961年に富山県で生まれ、小学3年生から石川県金沢市で暮らした。
高校からアマチュアレスリングを始め、母校の高校で教員として勤務していた1984年にはレスリング日本代表としてロサンゼルスオリンピックに出場。
「人に感動を与えるためにスポーツがしたい」と、翌年、長州力が率いるジャパンプロレスの門を叩いてプロレスラーになった。佐々木健介や武藤敬司らとタッグを組み、数々の王座を獲得した。
のちにプロレスラー議員のさきがけとなるアントニオ猪木とも激闘を繰り広げ、北朝鮮のピョンヤンや、イラクのバグダッドで共にプロレス外交を展開している。
1995年には自民党の推薦を受け参議院石川県選挙区で初当選し政界に進出。2000年に衆議院に移って7回当選し、文部科学大臣などを歴任する。

文部科学副大臣だった2006年には、同じ石川県選出の衆議院議員で元総理大臣の森喜朗も観戦する中、東京・両国の国技館で引退試合を行ってプロレスの一線を退いた。この時、自身の年齢と同じ45回のジャイアントスイングを披露したのはプロレス界で語りぐさになっている。

保守分裂の激戦を制して石川県知事に初当選したのは去年3月だ。
森喜朗が支援するなか、安倍晋三、菅義偉といった自民党の総理大臣経験者も応援に駆けつけ、国政とのパイプの太さを見せつけた。
妻はタレントの高見恭子だ。

知事室にチャンピオンベルト 現職知事がリングに

一線を退いたものの、馳とプロレスは切り離せない。

石川県庁の知事室にはチャンピオンベルトが飾られている。
アメリカのプロレスラー、リック・ルードとの激闘に勝利した時のものだという。
知事室を初めて訪れた人は、まずこのベルトに目を留める。
「さすが元プロレスラーですね」
そんな会話を、何度も耳にした。

ことしの元日。日本武道館にプロレスファンにはおなじみのサウンドが響き渡った。
馳のテーマ曲「TWO HEARTS」

写真:ジャイアントスイングをする馳知事 提供:プロレスリング・ノア

現職知事のサプライズ出場に会場は沸き、馳は得意技のジャイアントスイングを豪快に繰り出した。

批判にも「生涯現役」宣言

戦う知事の行動は、年明けの石川県の話題を独占した。
地元メディアはこぞって試合を取り上げ、リング上の馳の姿を伝えた。
「馳知事らしい」という声がある一方で、「知事の立場でリングにあがるのはいかがなものか」という声もあり、県民の意見が分かれた。

身内である自民党からは批判の声があがった。
県議会で自民党の議員が「命に関わる重大なことが起きる可能性は否定できない。二度とリングに上がらないでほしい」とくぎを刺したのだ。

しかし馳の信念は揺るがなかった。
記者団から県議の苦言について問われると「私は死ぬまでプロレスラーだ」と高らかに生涯現役を宣言した。

ドキュメンタリー映画で民放と対立

このプロレスを発端に、リングの外で新たな戦いが始まった。

「来月の定例会見は石川テレビの社長にお出ましいただきたい」
1月の記者会見で馳は唐突に切り出した。
県のトップが、地元民放の社長を記者会見の場に呼び出す前代未聞の発言だった。

この場で石川テレビの記者は「年始の試合をニュースで取り上げたいと主催団体に映像を使えないか打診したが、馳知事が『石川テレビには貸せない』と言ったとのことだった。その意図は何か」と質問。

馳は「私がなぜ提供する気になれなかったのか報告する。石川テレビが制作した『裸のムラ』という商業映画は、私や県の職員の映像を無断で使用している。肖像権の取り扱いとして倫理的に納得できていない」と応じた。

この「裸のムラ」は、去年公開されたドキュメンタリー映画で、公式サイトでは「ムラの男たちが熱演する栄枯盛衰の権力移譲劇」と紹介している。
馳のほか、馳が後継を自称する前知事の谷本正憲や、森喜朗らが登場する保守王国・石川県の政界を舞台にした風刺映画だ。

「定例会見」は開かれず「県民会見」に

この問題をきっかけに、月に一度の定例会見は開かれなくなった。
肖像権の扱いについて社長と議論したいという馳は、定例会見の開催を「石川テレビの社長の出席を踏まえて実施する」とし、事実上、社長が出て来るまでは開かない考えを示した。

石川テレビは「当社が主催する記者会見以外に社長が出席することはない」などとして、馳の要求に応じていない。

膠着状態のなか、馳は「定例」ではない記者会見を開き始めた。
「県民に知らせたいことがある場合には随時、会見を開くことにした」として、県が広報する案件を伝える場を設けるというのだ。

馳はこれを「県民会見」と名付けた。
今のところ週に1回程度のペースで実施され、記者からの質問も受ける。
定例会見はやらないが、県民会見はやるというなんとも分かりづらい状況になっている。県の都合がいいときにしか開かれない懸念がある。

かみあわない知事とメディア

定例会見は、県民の知る権利に応えるべく、県政に関わる問題について見解をただし、政策の妥当性を問い、知事が説明責任を果たす場だ。
馳も「県民とのコミュニケーションの場として有意義なものにしたい」としていた。
特定の報道機関とのあつれきで、その定例会見が開かれない状態が続いていることに、報道各社は「石川テレビの話と定例会見は別問題だ」と疑問の声をあげ、開催を求めているが、馳の姿勢は変わらない。
戦う知事が巻き起こす争いの先行きは不透明だ。
(文中敬称略)

金沢局記者
竹村 雅志
2019年入局。初任地は金沢局、警察担当を経て、21年11月から県政担当。毎日ササミを食べてパワーアップに励んでいる。