多様性尊重は本当?
試されるKISHIDA

見るのも嫌だ
同性婚をめぐる前総理大臣秘書官の差別的なことばへの批判がやまない。
そんな中、国会で焦点に浮上しているのが、性的マイノリティー、LGBTの人たちへの理解を増進するための法案の扱いだ。その行方は。
(唐木駿太 高洲康平 米津絵美)

【リンク】「差別は許されない」はダメ? LGBT法案に揺れた自民党

一気に広がる批判

えっ?今なんて言った?
2月3日。金曜日の深夜。
ふだんなら静かなはずの総理大臣官邸が、いつになく騒がしくなっていた。

その直前、官邸では、総理大臣秘書官(当時)の荒井を10人ほどの記者団が囲んでの、“オフレコ取材”が行われていた。情報の発信元を明らかにせず、匿名を前提とした取材のことだ。

荒井は、その場で同性婚への見解を問われ、次のように口にした。
見るのも嫌だ。隣に住んでいたら嫌だ。国を捨てる人が出てくる

耳を疑うことばだった。
そして、一部報道機関がネットを通じ、実名で発言を報じた直後に、荒井が、今度は“オンレコ取材”、つまり発信元を明らかにすることを前提に記者団の取材に応じ、みずからの発言を撤回し、謝罪した。各社も相次いで速報した。

翌日、岸田は荒井を更迭。硬い表情で記者団の取材に応じた。
今の内閣の考え方には全くそぐわない言語道断の発言だ

岸田は、多様性を尊重し包摂的な社会作りを目指す内閣の方針は揺るがないと強調したが、批判や抗議の声は一気に広がった。

海外メディアも厳しい反応

批判は国内だけにとどまらない。
G7の議長国として5月に広島サミットを控えていることもあってか、海外メディアも厳しい反応を示した。

ロイター通信は、日本以外のG7各国では同性婚かそれに準じる権利が認められていると紹介した上で、次のように指摘した。
G7のリーダーたちを招く準備をしている岸田総理にとって恥ずべきことだ

イギリスの公共放送BBCは、日本では伝統的な男女の役割や家族観が根強く、同性婚を認めていないとし、こう報じた。
岸田政権は支持率が急落している。秘書官更迭は新たな打撃

官邸幹部の1人は渋い顔を見せた。
サミット直前に完全に足を引っ張られた

LGBTの理解増進の法整備が焦点

荒井の発言を受け、突如、国会で焦点となっているのがLGBTの人たちへの理解を増進するための法案だ。

2021年5月、超党派の議員連盟によって作成された。当事者への周囲の理解を促すため、政府が基本計画を策定することや、相談体制の整備などが盛り込まれている。

各党が賛同し、あとは自民党が了承すれば、国会に提出できるところまでこぎつけた。

しかし、自民党内の最終段階の手続きで流れが止まった。背景の1つには、法案の「性自認を理由とする差別は許されない」という文言の存在があった。
「『差別は許されない』とすると、かえって『寛容な社会』を阻む」と異論が出たのだ。

結局、法案提出は見送られた。
ある自民党のベテラン議員はこう嘆いた。
提出すれば支持基盤の保守層の支持を失う

その後、本格的な議論がなされることはなかった。

与野党超えて早期成立求める声

荒井の発言は多様性を軽視する政府・自民党の姿勢の表れだ、と批判を強める野党。今度こそはと法案の早期成立を求めている。

(立憲民主党・安住国会対策委員長)
自民党内の問題で、岸田総理には党総裁としてのリーダーシップを発揮してほしい

野党各党が、法案成立の成否は過去に結論を先送りした自民党しだいだ、と強調した。

連立与党の公明党も対応を迫った。

(公明党・山口代表)
自民党もできるだけ早く党内合意をつくり、できればG7広島サミットの前に日本の意思を明確にするべきだ

肝心の自民党は

自民党は重い腰をあげざるを得なくなった。
岸田は幹事長の茂木に対応を指示。
茂木は6日、法案を国会に提出できるよう準備を進める方針を表明した。

法案賛成派の自民党の閣僚経験者は意気込んだ。
皮肉な形になったけど、この機会を逃してはならない

果たして法案は成立となるのか。まだそうとは言い切れないのが現状だ。自民党内には今も慎重派の存在があるからだ。

慎重論は即座に表面化した。

茂木が法案提出の準備に入ると表明した翌日の7日。
政務調査会長代理の西田は、こう述べた。
いったん自民党で議論されて採択されなかった事実があり、同じことをすると分断だけを生む。手続きは慎重にしてもらいたい

西田のように、自民党内には、法案の「差別は許されない」という文言に抵抗感を感じている議員が少なくない。
事実上の禁止規定となり、行き過ぎた運動や訴訟、社会の混乱につながる
自分は女性だと主張する男性が、女湯に入ることを要求した場合でも拒絶することが『禁止』されるようなケースが生じかねない
こういった声だ。

文言修正の動きも

慎重論を踏まえ、自民党は、法案の文言修正も含めた検討を進める方針だ。

(自民党・萩生田政務調査会長)
どういう文言であれば理解できるのかを含め、いろいろ調整したい

ある自民党幹部からは、「差別」に「不当な」を加え、「不当な差別は許されない」と修正することで決着を図るべきだという声が出ている。「不当な」という文言を加えて想定される差別行為を限定的にすることで、なんとか慎重派の理解を得ようというねらいからだ。
ただ、自民党内には「差別」という文言自体をなくすよう主張する声もある。

一方、野党側は、安易な修正には否定的だ。
立憲民主党の幹部たちは次のように主張する。
おととしの協議で、すでにいろいろ譲った経緯がある。これ以上、文言が緩くなるのは飲めない

混とんとした現状。政府が主導して法案を提出することはできないのか。
政権幹部に問うと。
法案は多様性を目指すものだけに、反対のない形で各党一致の議員立法で出すほうがいい… でも、こういう状況になってしまっただけに、野党側と合意できなかったとしても、最低限、与党案として提出はしなければもたない

法案の成立は、なお見通せない。

同性婚実現も

たとえ理解増進の法案が成立したとしても不十分、との指摘もある。
野党側は同性婚の実現も迫っている。

(立憲民主党・泉代表)
当事者は同性婚を法的に認めることを求めている。単に多様性を尊重して理解を増進すればいいというものではない

岸田はどうか。
2月1日の国会審議で次のような答弁をしていた。
家族観や価値観、そして社会が変わってしまう課題なので、社会全体の雰囲気のありように思いをめぐらせた上で判断することが大事だ
そもそも荒井の発言は、この岸田の答弁に関して記者団とやりとりをしていた中で出たものだった。

野党側は、荒井の差別的な発言の後、この総理答弁を相次いでただした。
「変わってしまう」という表現に、岸田の否定的な心理がこめられているのではないか、と疑念を持っているのだ。

岸田は「社会が変わってしまう」としたみずからの答弁について、8日の国会審議で「ネガティブなことを言ったつもりはない」と説明に追われた。
一方で、同性婚の実現自体には慎重な姿勢を崩さなかった。

そして、ある政権幹部は取材にこう即答した。
すぐに同性婚の導入に向けた本格的な検討に入ることはない

政府関係者は、理由を次のように解説する。
総理が言うとおり同性婚が社会に与える影響そのものが決定的に大きな要素だが、自民党内の事情も多少ならずも影響している。ハードルは、いわば“理念法”の理解増進法とは比較にならないほど同性婚は高い

“保守系議員” 自民党内の事情

自民党の事情とは何か。それは、安倍派を中心とした保守系議員の存在だ。
そのリーダーだった安倍元総理は、生前、同性婚について「極めて慎重な検討が必要だ」と否定的な見解を示していた。いまも、これに賛同する声は根強い。

彼らはなぜ慎重な姿勢を取るのか。
その1人が、社会制度が大きく変わってしまうという、政府と同じ理由をあげた上で、こう持論を説明した。
同性愛を否定しないが、女性からしか子どもが生まれないのも事実。同性婚を認めることで広がりが出てくれば、子どもが生まれない結婚を助長することにもつながりかねない

G7各国を含めた先進国の状況を考えれば、日本は遅れているとの指摘には、こう反論した。
欧米と日本とは宗教も文化も違う。日本は縦に脈々と流れる家族の関係性を大事にしていて、それが仏教などにもつながるような構図だ。日本のことは、日本の宗教、文化の中で決めていくべきではないか

試されるKISHIDA

今回の更迭劇をめぐり「岸田政権の本音はどこにあるのだろう」という印象を持つ人は少なくないのではないかと思う。

内閣支持率が低迷を続ける岸田政権。信頼回復に向けて、多様性の実現が大きな課題として加わったとも言える。

G7議長国として、広島サミットの開催が迫る中、国際社会からも岸田政権の対応に厳しい視線が注がれている。
「そのことばは本物だった」と、国内外に幅広い理解を広げる形で物事を進展させられるのかが、試されている。
(文中敬称略)

政治部記者
唐木 駿太
2017年入局。初任地は神戸局で去年の8月から政治部。総理番を経て、ことし8月から防衛省を担当。
政治部記者
高洲 康平
2013年入局。岐阜局、広島局を経て政治部。官邸クラブで、安全保障や危機管理などを取材。
政治部記者
米津 絵美
2013年入局。初任地は長野局。平河クラブで自民党・安倍派、政務調査会など担当。