その名は“トンビ” 「国会は戦場だ」 官僚の情報戦

「親にどういう仕事をしているのかってうまく説明ができないんですよね」
通常国会の開会を目前にした1月。1人の「トンビ」が遠い目をしてつぶやいた。

スーツに身を包み、メモ帳片手に国会内を飛び回る。彼らは記者ではない。
各省庁に所属する官僚で、国会で日々情報戦を繰り広げている。
(金澤志江)

至上命令は“法案を会期内に成立させること”

防衛増税や少子化対策について議論が交わされる代表質問を控えたこの日。国会内のとある部屋の前にその姿があった。
議員だけによる話し合いやマスコミ向けの会見で部屋の中に入ることができない場合、扉の近くに立ち、外に漏れ伝わる内容を聞きながら忙しくメモを取る。
必死なのは彼らが各省庁にあげる情報が法案の可決・成立に向けた重要な役割を果たすからだ。

国会に提出された法案はすべてが成立するわけではない。法案そのものに不備があったり、スキャンダルが明るみに出たりして審議が進まず、廃案になるケースもある。

速やかに法案を通したい政府・与党側と法案の中身の審議や政府の姿勢を問うための時間を少しでも多く確保したい野党側。その攻防戦のさなか、彼らは、与野党それぞれが思い描く成立までのスケジュール感、各党の法案審査の進ちょく状況などさまざまな情報を細かく収集するのだ。「色々な動きや情報が錯綜する国会で1つのことに集中してしまうと情報をとりこぼしてしまうことがあるため、あえて『この動きを追いかけよう』と決めないように心がけている。自分の情報が法案審議に関わるというプレッシャーがある」

省庁全体の動きを左右するといっても過言ではない重要な役割を担う彼らは、国会で「トンビ」と呼ばれている。情報を集めるために国会内を飛び回る姿からその名がついたそうだ。「自分が所属する省庁の法案を国会の会期内に可決・成立させる」この至上命令を背負って、日々業務にあたっている。

どんな人たち?

彼らはそれぞれ各省庁に所属しているが、拠点は参議院別館にある「国会連絡室」や「国会連絡調整室」などと呼ばれる部屋だ。霞が関全体の状況を把握しているところはなかったが、各省庁に問い合わせるとこの部屋には4人~14人、霞が関全体では160人あまりの官僚がいるということだった。このうちトンビと呼ばれる人たちは半数程度を占め、そのほとんどが20代から30代でいわゆる「ノンキャリ」といわれる官僚だ。

“手ぶらが鉄則” あるトンビの1日

彼らにとって重要なのはなんといっても「素早く動ける」こと。
経験した若手官僚によると、動きやすいようバインダーや資料を持ち歩くことは厳禁。メモ帳とペンをポケットに入れて手ぶらで飛び回るのが鉄則だという。素早くメモが取れるようにメモ帳を2冊重ねたり、メモ帳サイズの固い板を裏側につけたりと各々工夫している。

実際にどのような1日を送っているのか。2年目の官僚に聞いてみた。
集めるべき情報は多岐にわたる。各党の部会では議員の問題意識を探る。国会のスケジュールを組む与野党の国対委員長会談の中身やその後の記者会見での発言もおさえる必要がある。

議員から委員会の「質問通告」が出されると、詳しい内容を確認するために議員事務所を訪ねて「問取り(もんとり)」と呼ばれる聞き取りを行う。省庁によっては問取りの内容を書き起こし、答弁の部署の割りふりまでやるところもある。さらに各省庁と議員事務所をつなぐ窓口にもなっていて、資料要求などの依頼にも対応する。

実際には、同時多発的にさまざまなことが行われるため、広く目配りしながら国会内の部屋をまさに飛び回らなくてはいけない。
少しずつ働き方改革に向けた動きが出ている霞が関にあっても、残業が当たり前で先が読めない特殊な業務に、1年たたずに異動を希望する職員もいるという。
「トンビをやるよう言われた時は、残業が多いし予測不可能な仕事だし、『嫌だな』と思ったのが正直なところだ。決められた仕事を片づけるというのではなく、日々刻々と状況が変わる予測がつかないことに対応するため緊張した状態で仕事をしている。ICレコーダーでの録音はせずメモ帳に書くので、最初は話している内容を書き取ることにも苦労した」

「国会は戦場だ」

忙しさが増すのは「委員会が中断した時」だという。
委員会が中断する理由は、大臣や副大臣などの遅刻や野党側が要求した資料の開示がない、答弁が十分ではないなどさまざまだ。

中断が長引けば、会期内に審議を進めて採決までもっていくことができるのか、想定していた日程を考え直さなくてはいけなくなる。中断の理由、与野党それぞれのその後のスケジュール想定、なにを落としどころとして委員会を再開させるのかなど慌ただしく情報収集に動く。

「本省の関係部署に一斉に情報を流さないといけない。同時に刻々と更新される状況もアップデートしていかないといけない。常にアンテナを高くして動いているという感じだ」(30代官僚・4年目)

5年間の経験のある官僚は、ある省庁に関わるスキャンダルで審議が止まった際に、再開に向けた与野党交渉の「落としどころ」についての情報をつかんだことが印象に残っているという。
「にっちもさっちもいかない状況の中で、前代未聞の参考人を呼ぶことが話題に出ていると聞いて本省に報告した。早く情報をつかんで中に入れることで、準備や根回しができる。役割を果たすことができたと感じた」(30代官僚・経験者)

7年間、現場にいたという官僚は「“国会は戦場”という教えだった」と振り返る。

「情報はトンビの仲間内ですらギブアンドテイクで、駆け引きも求められる。みんなライバルでもある。究極はテレビのテロップで流れるような内容までも事前に把握して大臣や省庁幹部に伝えるということだ」(50代官僚・経験者)

また別の官僚も「あくまで1人1人が個人事業主だ」と言い切る。

必要な情報をつかむためには、常日頃から議員会館の事務所や国会内の各党の部屋をまわってこつこつ秘書や党職員との関係を築く必要がある。こうした積み重ねで成果を出すことができるのかが問われるからだ。

「やりがい」とは?

「自分の情報で省庁が動くため情報の間違いは許されないというプレッシャーがあるし、省庁の窓口となって議員事務所に対応するのでそこでのミスも許されない。ただ国の動きにダイレクトにかかわっているという醍醐味がある」(30代官僚・経験者)

「省庁の看板を背負って、法案の成立に向けて仕事をしているという自負がある。国会議員は国民の代表だから、議員の理解や納得を得るための1つ1つの根回しや情報収集、説明が法案や予算、政策につながっていく仕事だと思う」(50代官僚・経験者)

「なくてはならない存在」

官僚組織に詳しく、自身も国会連絡室を所管する役職を経験した岡本全勝 元復興庁事務次官は現在の国会運営に欠かせない存在だとした上で、彼らの激務が前提となっていることには苦言を呈する。

「一般にイメージする官僚の仕事とまったく違うし、求められるスキルも違う。彼らの情報がなければ国会はまわらなくなる、なくてはならない存在だ。本省に戻って経験を重ねてまた国会連絡室に戻るケースはよくあり、議員が頼りにする伝説の官僚も存在する。仕事が激務なのは、『政治主導』といっても国会運営で官僚が大きな役割を担っているからで、この状況が変わるにはいまの政治のあり方を考えないといけない」

話を聞いた複数の官僚が「霞が関の中でもよく法案に関わる部署以外は具体的に私たちが何をやっているか知らないと思う」と口にした。

この国会でも重要法案の審議が続く。その裏できょうもトンビが国会内を飛びまわっている。

ネットワーク報道部記者
金澤 志江
2011年入局。仙台局や政治部などを経てネットワーク報道部へ。気になるテーマを幅広く取材中。