対象広がるの?増えるの?
どうなる 児童手当

総理大臣・岸田文雄が年頭に掲げた「異次元の少子化対策」。
その柱の1つになりそうなのが児童手当の拡充だ。
政府内、そして与野党双方から、所得制限を撤廃する案や、支給対象年齢を今の「中学生まで」から「18歳まで」に引き上げる案、第2子以降の支給額を増額する案などが出ている。熱を帯びる議論の行方を取材した。
(大場美歩 有吉桃子)

“異次元の少子化対策”

異次元の少子化対策に挑戦する。昨年の出生数は80万人を割り込むことになり、少子化の問題は、これ以上放置できない待ったなしの課題だ。若い世代から『ようやく政府が本気になった』と思ってもらえる構造を実現すべく、大胆に検討を進めてもらう

2023年1月4日。年頭の記者会見に臨んだ岸田は、“異次元”という言葉を使って少子化対策に取り組む決意を表明した。対策の基本的な方向性を3つ示す中で、児童手当を中心とした経済的支援の強化を第一に掲げた。

この政府方針の論拠の1つになったのが、政府の有識者会議が、2022年12月16日にとりまとめた全世代型社会保障の構築を目指す報告書だ。「2023年、早急に具体化を進めるべき項目」の1つとして、児童手当の拡充を盛り込んだ。

ただ、公開されている会議の議事録を見るかぎり、有識者の側から児童手当の拡充を求めていた形跡はない。

ある政府関係者は「選挙対策もあると思うが、わかりやすい少子化対策を求める官邸側の意向で盛り込まれた。急に政治側が言い出したんだ」と漏らす。

「所得制限撤廃」訴えにどよめき

2023年1月下旬、通常国会が開会し、25日に行われた岸田の施政方針演説に対する自民党幹事長・茂木敏充の代表質問。
茂木の発言に、本会議場にどよめきが走った。
児童手当については、すべての子どもの育ちを支えるという観点から所得制限を撤廃するべきだ

かつて、所得制限が必要だと強く主張していた茂木が、所得制限の撤廃を訴えたのだ。

しかも、自民党内での議論や調整が進んでいない段階で、幹事長が、国会審議の場で具体的な施策に言及するのは異例のことだった。ある政権幹部は「サプライズじゃないですか、おお、言ったなという感じだ」と話す。

独り歩きする議論

茂木の発言の背景について、内情をよく知る自民党幹部は「総理が『異次元』と言っているんだから、少なくとも、所得制限撤廃くらいやらないとダメだということだ。政府側にも、趣旨は発言の前に伝えていて、政府の政策もその方向で進むことになると思う。こういうのは、『野党から言われてやった』という形ではなく、先に言うほうがいいんだ」と話す。

別の自民党幹部は「茂木さんは自分の成果を強調したいんだろうな」と見ている。

また、党内では「伝統的な家族観が強い議員から『自助を基本とし、共助・公助が補う、でやってきた自民党の理念が崩れ、子育ての社会化につながる』などと反対の声が上がるかもしれない」といった指摘も聞かれる。

一方で、岸田が年頭の記者会見で児童手当を中心とした経済的支援の強化を第一に掲げたことについて、政府高官は「決して、児童手当が最優先というわけではない」と語る。そして茂木の発言についても「岸田総理と事前に示し合わせていたわけではない」と説明した。

2023年4月には、こども家庭庁が発足する。
政府は、2022年、少子化対策に先行させる形で、防衛力の強化やエネルギーの安定供給に向けて手を打った。
だからこそ、2023年は少子化対策を最重要政策に位置づけ、
▼児童手当を中心とした経済的支援の強化とともに、
▼幼児教育や保育サービスの充実、
▼育児休業制度の強化を含めた働き方改革の推進の3点を柱として示し、全体のバランスをとりながら議論を進めていく方針だった。

ただその意図とは裏腹に、児童手当の議論だけが独り歩きしていった。

児童手当とは

今の児童手当は、所得制限を設けた上で、中学生までの子どもがいる世帯に市区町村などから支給される。

▼3歳未満の子ども1人あたり月額1万5000円。
▼3歳から小学生までの第1子と第2子は1万円、第3子以降は1万5000円。
▼中学生は1万円だ。

一定以上の所得がある世帯では給付に制限がかかり、
▼「特例給付」という形で、子ども1人あたり月額5000円に減額されて支給されている。

例えば、扶養している配偶者と子ども2人がいる4人家族の場合、世帯で最も収入が高い人の年収額の目安として、960万円以上の場合は「特例給付」となる。

ただ、このうち、年収1200万円以上の場合は2022年10月以降「特例給付」も含めて支給されていない。

こうした所得制限の対象は、全体で、中学生までの子どものおよそ1割、160万人程度に及んでいる。

所得制限がなかった「子ども手当」

1972年に始まり、50年以上の歴史を持つ児童手当。少子化対策というよりも、子育て家庭の経済的負担に着目し現金給付を行うことで、家庭における生活の安定や子どもの健全な育成と資質の向上を図るのを目的に始まったという経緯もあり、当初から所得制限が設けられていた。

ただ、所得制限がなかった時期もある。かつて民主党が政権を担っていた2010年4月分から2012年5月分の支給までの2年余りだ。

民主党は、すべての子どもの育ちを社会全体で支えるという理念から、所得制限のない「子ども手当」を提唱。財源確保が難航したことから、当初掲げていた「中学生までの子ども1人あたり月額2万6000円」は実現しなかったものの、その半額にあたる1万3000円が、所得に関わらず支給された。

財源不足で「子ども手当」は廃止

最大の課題は財源確保だった。当時は衆議院と参議院で多数派が異なるいわゆる「ねじれ国会」。

野党・第一党だった自民党は「子ども手当」を「無用なバラマキ政策だ」と批判した。
2010年3月には、「子ども手当」を導入するための法案の採決にあたり、参議院厚生労働委員会で、後にオリンピック・パラリンピック担当大臣を務める丸川珠代議員が「愚か者めが、くだらん選択をした馬鹿者ども」などとヤジを飛ばす場面もあった。

自民党は、子どもを育てる責任はまず家庭が負うべきであり、財源が限られる以上、所得制限は不可欠だと主張。そして2012年4月分から「子ども手当」の名称は児童手当に戻り、6月分からは再び所得制限も復活することになった。

こうした経緯について、2023年1月29日放送のNHK「日曜討論」で、立憲民主党幹事長の岡田克也が自民党を批判すると、茂木はこう述べた。
反省する。必要な見直しはやっていきたいと思う

各党の主張は

では児童手当について、各党はどのような主張をしているのだろうか。

自民党は、茂木が所得制限を撤廃する方向でまとめたいという意向を示したことで、党内の議論を始めている。ただ、党内には撤廃に慎重な意見もある。

このほか、児童手当の拡充をめぐっては、2022年5月、自民党の少子化対策調査会が、世帯の所得に応じて段差を設けた上で、第2子には月額最大3万円、第3子以降は月額最大6万円支給することを政府に提言している。

公明党は、所得制限の撤廃を求めるとともに、支給対象年齢を18歳までに引き上げ、支給額も増額すべきだとしている。

一方の野党だが、立憲民主党、日本維新の会、共産党、国民民主党、れいわ新選組の5党は、そろって所得制限の撤廃を求めている。

その上で、
立憲民主党は、支給対象年齢を高校卒業までに引き上げ、月額で子ども1人あたり一律1万5000円に増額すべきだとしている。

日本維新の会は、児童手当に限らず、子育て支援の給付に関する所得制限は全てなくすべきだとしている。

共産党は、支給対象年齢を18歳までに引き上げるなど拡充すべきだとしている。

国民民主党は、支給対象年齢を18歳までに引き上げ、月額で1人あたり一律1万5000円に増額すべきだとしている。

れいわ新選組は、支給対象年齢を18歳までに引き上げ、月額で1人あたり一律3万円に増額すべきだとしている。

各党の主張を見ると、児童手当の拡充を求めるという方向性は一致している。

具体的な施策として、所得制限の撤廃に加え、支給対象年齢の18歳までの引き上げや多子世帯などに対する支給額の増額を求める意見が与野党双方から出ていて、今後の焦点となる。

必要な財源は

では、こうした施策にはどの程度の財源が必要になるだろうのか。

まず児童手当の給付額は、2023年度の予算案ベースで、総額1兆9442億円という予算規模だということをおさえておく必要がある。

▼所得制限をすべて撤廃するには、試算すると、1500億円程度の追加の財源が必要になるとみられる。
▼また、支給対象年齢を現在の「中学生まで」から、「高校生・18歳まで」に引き上げ、月額1万円を支給すると仮定すれば、4000億円程度の追加財源が必要になる。
▼さらに、自民党の少子化対策調査会の提言にあるよう、第2子以降の支給額を増額するとすれば、数兆円規模の追加の財源が必要になるという試算もある。

このように児童手当の拡充には数千億円といった財源で実現できるメニューもある。ただ本格的な拡充を図るとなれば、数兆円といった規模の財源を新たに確保しなければならない。

政府内も意見さまざま

こうした中、政府は具体策の検討を急いでいるが、政府内でもまだ意見は一致していないとみられる。

一口に『撤廃』と言っても、特例給付を元に戻すのか、所得制限をやめるのか、所得制限の上限を変えるのかなどの論点がある。都心で暮らせば年収1000万円でも生活は楽ではないと言うし…」(政権幹部)

東京の感覚で話しすぎだ。年収1200万円以上って地方だと本当に少ないからね。少子化対策は、所得の低い人に手厚くするという議論がなかったら始まらない」(別の政権幹部)

一方、少子化対策の財源について、岸田は、消費税率を引き上げることには否定的な考えを重ねて示している。ある政府関係者は「社会保障の歳出改革で財源を生み出し、子ども政策に充てることになるのではないか」と見通しを示す。

政府は、各種社会保険からの支出や、国と地方の負担のあり方を見直すことなど、さまざまな工夫をしながら社会全体でどのように安定的に支えていくかを検討していくとしている。

冷静な議論を

子どもを育てるには、地域や、通う学校が国・公立か私立かなどによって教育費が大きく異なるが、日常生活を送るのに必要な食費や医療費などの養育費も含めば少なくとも1人あたり数千万円がかかるとされる。

また国立社会保障・人口問題研究所が2021年に行った調査では、実際に「予定している子どもの数」が「理想とする子どもの数」を下回っている夫婦に、その理由を複数回答で尋ねたところ「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」という経済的な理由を挙げる夫婦が52.6%と最も多くなった。

児童手当は、現金給付という政策のわかりやすさに加え、多額の予算が必要になることから、これまで政争の具にされてきた側面もある。まずは、財源の確保策も含め、地に足の着いた冷静な議論が求められる。

専門家からは、児童手当の拡充について「所得制限の撤廃は、子どもを育てているすべての世帯を応援するメッセージにつながる」と期待する意見の一方で、「保育サービスの充実など、現物給付の方が少子化対策には有効だ」との指摘もある。

「異次元の少子化」を掲げるのであれば、働き方改革など仕事と子育てを両立できる環境や制度の整備も含め、バランスのとれた議論を期待したい。
(文中敬称略)

政治部記者
大場 美歩
新聞社勤務の後、2010年に入局。長野局を経て2020年から政治部。厚生労働省で医療や年金を取材。2022年夏から官邸クラブ。こども政策などを担当。
政治部記者
有吉 桃子
2003年入局。宮崎、仙台、横浜局などを経て、現在は政治部で社会保障などを取材。夫と分担しながら、小学生と保育園児の2人の子育てと仕事をなんとか両立中。