投票率2%!?
そんな選挙が日本に

投票率わずか2%。そんな選挙が日本に存在すると言われたら、信じられない人が大半だろう。

投票率の低下が長らく指摘されてきたなかでも、直近の10月に行われた衆院選でも50%を超える有権者が投票している。

しかし実際、「自分たちが参加した選挙は投票率2%だった」と選挙制度の改善を求める人たちがいる。
どういうことなのだろうか。

(関口紘亮)

往復8時間、泊まりがけで投票へ

10月20日午前9時半。
イタリア中部の都市ペルージャに住む田上明日香さん(38)は、自宅を出ると予約していたタクシーに乗り込んで街なかの駅へと向かった。
首都ローマの日本大使館で衆院選の投票をするためだ。
海外在住の日本人を対象とした在外公館での投票は、日本の期日前投票と同じ公示日翌日から行われる。


自宅から駅まではタクシーで20分、列車を乗り継いでローマまでさらに3時間。
大使館に到着したのは午後1時半ごろで、自宅を出て4時間がたっていた。

イタリアで日本の国政選挙に投票できるのは、田上さんが訪れたローマの日本大使館と北部の都市ミラノの総領事館の計2か所のみだ。
田上さんにとって往復8時間の行程は体力的に厳しく、この日はローマ市内のホテルに宿泊した。
投票のためにかかった交通費と宿泊費は日本円で約2万6000円。
もちろん自己負担だ。

「いまは無理してでも行っていますけど、これをあと何年も何十年も続けるのは本当に厳しいなっていうのは実際あります。投票もそうだしパスポート申請とか結婚の書類とかも含めて。大使館に行くだけで何十万円も使っているんですよ」

海外在住の日本人が国政選挙で投票しようとする場合、現行の制度では3つの方法がある。
ひとつは日本に一時帰国して国内で投票する方法。
第二に田上さんのように現地の日本大使館など在外公館で投票する方法。
第三にみずから日本国内の自治体の選挙管理委員会から投票用紙を取り寄せ、郵便で行う投票だ。

田上さんは当初、郵便を使った投票を考えていた。イタリアでも新型コロナの感染が広がり、外出を控えたい思いがあったためだ。
衆院議員の任期満了が近づく9月中旬、田上さんは日本の自治体選管に投票用紙の請求書を郵送した。
しかし選管に請求書が届いたのは約20日がたった10月6日だった。

「速達で送ったのに、20日もかかっているんだと分かって。郵便投票、絶対間に合わないと思って」

その後、投票用紙は田上さんの元に届いた。


しかし投票用紙を送ることができるのは公示日翌日の10月20日以降と決まっていて、投開票日である10月31日までの12日間に日本の自治体選管に到着しなければならない。田上さんは郵便では間に合わないと判断し、やむをえず大使館での投票に切り替えた。

「コロナ禍なので(航空便の)便数が少なかったりストップしたりしている国もあるので(郵便の遅れは)それも大きな理由というのはあるんですけど、そもそも公示日翌日から投開票日までが短いじゃないですか。最大12日間、間に合う国ってどれほどあるのと」

大使館での投票にも新型コロナの影響が…

新型コロナの感染拡大は在外公館での投票にも大きく影響した。
投票期間は個別の在外公館ごとに設定されるが、国内より大幅に短く「投開票日の6日前まで」と公職選挙法で規定されている。


投じられた票はその後、国内での開票に間に合うよう運ばれ、全国各地の選管で開票されることになっている。
今回の衆院選の場合、在外公館で投票できたのは最大6日間。国内では期日前投票を含め12日間あったことに比べると、かなり慌ただしかった。

今回の衆院選で投票を実施した在外公館は226か所と前回4年前の衆院選から3か所増えた。
ただNHKが外務省への取材などをもとにまとめたところ、投票期間を前回より短縮したところが多くあったことが分かった。
1日のみの在外公館は前回0か所から今回2か所に、2日間のみのところは前回2か所から今回17か所に増えていた。

期間を短縮せざるを得なかったのはなぜか。
そのひとつ、モンゴル・ウランバートルの大使館の関係者はNHKの取材に対し、感染拡大に伴う航空便の大幅な減便を理由に挙げた。
大使館で投じられた票は職員が直接、日本に一時帰国して運ぶことにしていたものの、日本行きの航空券の入手など輸送ルートの確保に苦労したという。
前回5日間だった投票期間は10月20日・21日の2日間に短縮し、投じられた票は翌22日には韓国経由の航空便で日本へと運ばれた。

投票を実施できなかった在外公館も15か所あった。
外務省によると、航空便の減便によるところが東ティモールやラオスなど7か所。他にはアフガニスタンやシリア、イラクなど治安が悪化している地域の在外公館も含まれている。

勝ち取ってきた「在外投票」の権利

海外に住む日本人はかつて投票ができない状況が長く続いた。在外公館などの態勢が整わないなか在外投票の制度自体が無かったのだ。

1984年、中曽根内閣は海外の日本人が増加しつつあることを理由に「選挙権行使の機会を保障する必要がある」として在外投票の制度創設を内容とする公職選挙法改正案を国会に提出したが、実質的な審議が行われないまま2年後の衆院解散で廃案になった。

その後1990年代、海外の日本人の間で在外投票の実施を求める運動が本格化する。
1993年、ニューヨーク市立大学で学んでいた竹永浩之さん(55)は留学生の仲間を集めて署名活動を開始した。
このころ日本の政治は自民党が初めて野党に転落し非自民の細川内閣が誕生するなど激しく揺れ動いていた。

「日本の政治がざわざわしていて、みんなそれに興味があって参加したいという思いが強くなっていました。ただ海外の有権者は日本の政治に関わる方法がなかったんです。なんとかその方法を作れないかと思って、それが在外投票という制度で。私が署名活動を始めて、留学生の仲間たちが手伝ってくれて。それがどんどんいろんなところに広がっていきました」

竹永さんたちの呼びかけで署名活動はオーストラリアやタイなどへ拡大し1994年、各地の運動を結ぶ「海外有権者ネットワーク」を設立。
1996年にはネットワークのメンバーなどが国を相手取り裁判に踏み切った。

こうしたなか国会も動き出し、在外投票の制度化が実現。
2000年の衆院選で初めて実施され、1万7013人が投票した。

制度が始まった当初、在外投票は衆院選・参院選とも比例代表に限られていたが、最高裁が2005年、比例代表への制限についても「平等な選挙権を保障した憲法に違反する」とする判決を出すと、公職選挙法は再び改正された。
在外投票は選挙区についても可能になり、投票できる選挙区は海外に移る前、最後に住所を置いていた場所と定められた。

投票率は2%!?

海外の日本人たちが勝ち取ってきた在外投票の制度だが、投票率は毎回10~20%台と低迷している。

最も高かったのは2001年参院選(比例代表)の29.94%で、30%に達したことは一度もない。今回の衆院選でも投票した人は比例代表で1万9530人、投票率は20.25%と、全体の投票率55.92%を約35ポイント下回った。

しかも在外投票の投票率は海外在住の日本人全体を分母にしたものではない。
在外投票をするには「在外選挙人名簿」に登録されていることが必要だ。

日本を出国する際に自治体の窓口で申請するか、海外の在外公館で申請しなければならず、投票へのハードルとなっている。
投票率は名簿に登録された人数、今回の衆院選の場合は9万6466人を分母に算出されている。
外務省「海外在留邦人数調査統計」によると、3か月以上海外に滞在している日本人は2020年10月時点の推計で約135万人。
衆院選で投票できる18歳以上の人数を、国内の人口構成を参考に仮に約100万人とすると、今回の選挙で投票した人はわずか2%ほどという計算になる。

さらにコロナ禍で行われた今回の衆院選では、在外投票の仕組みに対する不満や戸惑いを訴える声がツイッターなどで相次いだ。
「海外有権者ネットワーク」の竹永さんは選挙のたびにこうしたツイートを見つけると、手続きの方法を直接アドバイスしてきたが、今回はツイートの件数が格段に多かったという。

「在外公館投票の期間が短いとか、郵便のシステムにものすごい問題があるとか。新型コロナでいろんな負荷がかかって、これまであった問題がぶわっと表層に浮き上がってきた、可視化されたのだと感じます」

「ネット導入で変えたい」

この現状を変えようと始まったのが、在外投票をインターネットでできるよう求める署名活動だ。


SNSで制度の改善を訴えていたイタリアの田上さんなど海外の日本人女性3人が共同で発起人になり、衆院選後の11月上旬からオンライン上で署名活動を始めた。
呼びかけは次第に広がり、1か月足らずで目標の1万筆を達成した。

遠く離れた日本の選挙になぜこだわるのか。田上さんらと共に署名活動の発起人を務める、ドイツ在住のショイマン由美子さん(56)は次のように話す。

「私が生まれ育った国、そして大切な家族や友人たちが住んでいる国、そして未来の世代のためにも、海外に行っても何かできることをしたいなと思っていて、投票がそのひとつという気持ちです。海外から自分のふるさとの国を思うと、本当に投票できるということ、自分の1票の大切さというのは自分自身で感じていました。
こんなにたくさん苦労している、それでも投票しようとしている人がいる。そういう世界中の在外有権者の方々の声とともに運動しています」

「海外有権者ネットワーク」の竹永さんも「海外にいるからこそ日本の選挙に参加したい気持ちが強い」と話す。

「海外に出ると日本のことがよく見えるじゃないですか。(外国という)比較対象のなかに住んでいるわけですから、日本人という意識がどうしても強くなりますね。例えば私は熊本出身ですけれども熊本人というよりは日本人というくくりでいます。日本がいまどこに行こうとしているのか、どこに行こうとするのかを決めるのが選挙だと思うんですよね。海外にいると言いたいことも山ほどありますし、なんとか伝えたいという気持ちがあります。そういう話をよく聞きますし、私もそう思います」

ネット投票 導入の可能性は

では在外投票にインターネット投票を導入できる可能性はどの程度あるのか。
実は総務省が設置した有識者研究会はすでに2018年、導入は可能だとする報告書をまとめている。
導入にあたっては、本人確認をマイナンバーカードで行うことや、投票の秘密を守るためのセキュリティー対策を行うことなどを求める内容だった。
それから3年。国はいまだインターネット投票を導入する見通しを示していないが、この間、必要なシステムの開発は進めている。


2020年2月には東京・世田谷区で実証実験を実施した。スマートフォンの専用アプリでマイナンバーカードを読み取ってパスワードを入力すると投票できる仕組みだ。

有識者研究会のメンバーで情報セキュリティーや選挙制度に詳しい明治大学公共政策大学院の湯淺墾道教授は次のように話す。

「技術的にはもう導入可能だと思います。今まさにデジタルトランスフォーメーション(DX)ということを進めようとしているさなかですから、今は非常にタイミングとしてはいいだろうと。もう政治の決断しだいではないかと思います。セキュリティー上の懸念が残るのは事実ですが、暗号技術など高度な技術を使って投票の秘密を守るようにされていますので、投票の改ざんが行われるとか投票の内容が外から見えてしまうという可能性は非常に低いだろうと思います。在外投票から実際に実現してみて、問題ないと分かれば国内にも導入できると思います。投票所に行くことが大変な高齢者や災害で外出が難しい場合などにも投票機会を確保するために有効だと思います」

低すぎる投票率の原因が投票しにくい仕組みにあることは間違いない。
「投票したくても投票できない」。そんな有権者の声にどう答えを出すのか。
国の対応に注目したい。

選挙プロジェクト記者
関口 紘亮
2009年入局 札幌局 青森局 ニュース制作部を経て21年11月から選挙プロジェクト