「自民党を潰しちゃいけない」
岸田決断の舞台裏
自民党の派閥の政治資金パーティーをめぐる問題。
総理大臣の岸田文雄が、みずから会長を務めていた岸田派の解散を表明した。
翌日には、安倍派、二階派も解散を決定。
異例の事態となり、党は大きく揺れている。
岸田の決断の背景は?そして今後は?舞台裏に迫った。
(山本雄太郎、鈴木壮一郎、清水大志)
決断の瞬間
1月18日午前。
岸田は、官邸内の総理大臣執務室に、急きょ官房長官の林芳正を呼び出した。
この日、岸田派でも、パーティー収入を収支報告書に記載していなかったとして、東京地検特捜部が当時の会計責任者を立件する方向で検討していると報じられていた。
岸田「信頼回復のためにも真っ先に総裁派閥が解散することで範を示したい」
林「やりましょう」
岸田が、胸に秘めていた意向を口にすると、林は即答したという。
岸田は、先月、岸田派=宏池会を離脱したとはいえ、後任の会長は不在で、今も派閥で“トップ”の存在と受け止められている。
一方の林は、派閥のナンバー2である座長。
岸田派の解散が事実上決まった瞬間だった。
林は周辺に「涙が出るよね」とこぼした。
その日の午後。
岸田は、官邸の裏口から派閥幹部らを次々と呼び込み、意向を伝えていった。
派内では、離脱した今も親しみを持って「会長」と呼ばれる岸田。
幹部らは「会長の考えに従う」「重く受け止める」などと応じ、異論は出なかったという。
こうして流れは決した。
そして、夜7時すぎ。
岸田は総理大臣官邸で記者団に対し、こう明かした。
「宏池会の解散について検討している。政治の信頼回復に資するものであるならば、そうしたことも考えなければならない」
寝耳に水
自民党内からは一斉に驚きの声が上がった。
「寝耳に水だ」(自民党幹部)
「まさか、信じられない」(他派閥の議員)
自民党は、派閥の政治資金パーティーをめぐる問題を受けて、1月から岸田をトップとする「政治刷新本部」を設置し、派閥改革などの検討を開始していた。
「派閥存続は、到底国民の理解は得られない」
「人材育成など重要な機能がある。なくせばいいという話ではない」
刷新本部で派閥の廃止論と存続論に意見が二分する中での解散表明だった。
また、岸田は、麻生派、茂木派との連携を土台に政権運営を続けてきた。
それぞれの派閥トップである副総裁の麻生太郎と幹事長の茂木敏充は、派閥廃止には否定的な意見を唱えていた。
一方、岸田が率いていた岸田派=宏池会は、60年以上の歴史があり、今ある自民党6派閥の中で最も古く、5人の総理大臣を輩出した名門派閥だ。
創設者は地元・広島の大先輩である元総理の池田勇人。
岸田の宏池会への愛着は強いとされ、まさか解散するとは思われていなかったのだ。
“自民党を潰してはならない”
「乾坤一擲の勝負に出た」(総理周辺)
表明直後、総理周辺では、岸田が攻めの決断をしたという前向きな受け止めが相次いだ。
政府関係者の1人は、こう明かした。
「以前から総理の念頭にあったことだ。狙いは世論。派閥への不信感が高まる中、国民の方を向いた判断だ」(政府関係者)
岸田本人は周辺にこう語っていたという。
「『どの派閥が悪い』とか『うちの派閥は問題ない』とか、もうそういうレベルじゃない。党全体の問題で、思い切った対応が必要だ。派閥を守って自民党を潰しちゃいけない。まず総裁派閥が率先して動かなければならない」
伝統ある派閥を自らの手で解散することに抵抗はないか聞いた関係者に、こう諭したという。
「宏池会に愛着があるのは当然だ。これまでの自分の政治人生の象徴と言ってもいいんだから。でも今回の問題の対応は別。信頼回復のために、やるべきと思えば、やるしかない」
ある岸田派の議員もこう話した。
「総裁派閥がまず解散することで、党内で派閥全廃の流れを作ろうという狙いがあったんだろう」(岸田派議員)
狙いが的中したのか。
岸田派の解散表明の翌日、同様に検察に立件された党内最大派閥の安倍派、二階派が解散を決めた。
両派の議員からは、次のような声が漏れてきた。
「岸田派が解散する以上、その翌日に『まだ検討します』とは言いにくい」(安倍派・二階派の議員)
「世の中的には岸田総理が流れを作ったように受け止められるな」(安倍派・二階派の議員)
麻生・茂木の反発
しかし、高揚感ばかりではなかった。
誰も立件されていない麻生派、茂木派を中心に、党内では、岸田の対応への批判も相次いだ。
岸田は、麻生と茂木にも、決断を事前に伝えていなかったとみられる。
「三頭政治」とも呼ばれてきた3者の協力関係。
しかも麻生、茂木が派閥存続を唱えていただけに、岸田としては本来なら真っ先に相談してもいい相手で、周囲には丁寧さに欠けた対応に映ったようだ。
解散を表明した夜、岸田のスマートフォンが鳴った。
麻生からだ。岸田に不満を示しつつ、こう伝えたという。
「われわれの派閥は何の問題もない。だから解消もしない」
麻生派幹部は明かす。
「こんな大事な話を、何も言わないで表明するなんて理解できない」(麻生派幹部)
また茂木自身も周辺に不快感をあらわにしたという。
「いったい何なんだ。まだ党で議論している最中だろう。それなのに今、総裁派閥がこんなことすれば、“派閥存続は悪で守旧派”と見られてしまう」
岸田派解散はけじめ
岸田は、解散を表明した翌日の19日、党幹部と個別に面会。
説明に追われた。
「岸田派の解散は、岸田派としての対応。他の派閥のことを言う立場にない」
また21日には都内で麻生と2人で会食。
岸田は改めて真意を説明。麻生も重ねて麻生派を解散する考えはないと伝え、岸田もこれに理解を示したとみられる。
岸田は周辺にこう語ったという。
「麻生派をはじめ、別にほかの派閥をなくす、ということじゃないんだ。存続した場合のルールをどうしていくかという話だ」
22日の党の「政治刷新本部」の会合。
岸田は今回の解散表明の理由をこう説明した。
「派閥として、どうけじめをつけるのかということで判断した」
安倍派、二階派だけでなく、岸田派の元会計責任者も検察に立件された以上、派閥として何かしらのけじめをつける必要があったということを強調した形だ。
一方、党の議論は、それとは別に並行して進めていく立場を示した。
自民党内では、さまざまな反応が聞かれる。
「岸田総理はポピュリスト的なことをやっただけだ。けじめというのも意味が分からない。派閥を抜けておきながら解散を決めるのは筋が通らない」(自民党内)
「結局、派閥を壊したいのか、残したいのか、何がしたいか分からない」(自民党内)
自民党の中間とりまとめは
岸田の派閥解散表明から1週間後の25日。
自民党は「政治刷新本部」の中間とりまとめを決定し、派閥について、本来の「政策集団」に生まれ変わるため、カネと人事から完全に決別するとした。
具体的には、以下のことなどが明記された。
裏を返せば、派閥を無条件に全廃するところまでは踏み込まなかった形だ。
実際、自民党では、麻生派と茂木派が残っている。
「派閥存続論への配慮もあったんだろう」(自民党議員)
一方、中間とりまとめも踏まえ、森山派は解散を決めた。
これによって自民党の6つの派閥のうち、会計責任者などが立件された安倍派、岸田派、二階派に加え、立件されていない森山派を含め4つの派閥が解散することになった。
こう語る議員もいる。
「まだ派閥の行方は分からない。総理は、まずは一石を投じた。今後の世論や党内情勢次第だ」(自民党議員)
岸田も周囲に次のように説明したという。
「今回のとりまとめは、あくまでまだ中間だ。さらに必要なことは今後も考え続ける」
党の中間とりまとめには、政治資金の透明化・公開性の向上などを図るため、各党と真摯な協議を行い、政治資金規正法の改正など法整備を進めることも盛り込まれた。
国民の理解は?三頭政治は?
派閥はどうなっていくのか。
岸田は「派閥ありきの自民党から完全に脱却する。そのために派閥からお金と人事を切り離し遮断する。それによって、いわゆる派閥を解消し、真の政策集団になってもらう」と強調している。
そして、麻生派や茂木派についても、「新たなルールに従ってもらう。その意味でいわゆる派閥ではなくなるということだと考えている」と述べた。
今回の中間とりまとめで、すべて決着がついたわけではない。
自民党内では、なお派閥全廃を求める声があり、今後も議論が続くことになる。
刷新本部の最高顧問で、派閥の解消を主張してきた前総理大臣の菅義偉は、「これからが大事だ。中間とりまとめに基づいて行動できるかどうかだ。派閥の問題は一番の焦点になるだろう」と述べた。
岸田の今回の対応は、党内に深い亀裂を残したとも言えそうだ。
これまで政権を支えてきた麻生と茂木。
双方、表立って不満を見せているわけではないが、それぞれの派閥からは辛辣な声が聞こえてくる。
「今までと同じように支える、ということにはならないだろう」(麻生派議員)
「不信感は消えない。次の総裁選はすんなり岸田再選とはならない」(茂木派議員)
一方、政府関係者の1人はこう話している。
「総理と麻生さんの関係は、言われているような悪い状況にはなっていない。総理は麻生さんを一貫して一番信頼しており、それは変わらない」
対する野党。
自民党の対応は「中途半端で、新たな派閥が生まれるだけだ」「派閥解散で済む問題ではない」などと批判している。
立憲民主党代表の泉健太は…。
「自民党自身が事実上何もせず、派閥の解体に話をすり替えようとしているのは、けしからん話だ。すべての裏金議員は議員を辞めるとともに、岸田派でも3000万円の不記載が分かったわけだから岸田総理は辞任に値する」
政治資金規正法の改正をめぐっても後ろ向きだとして、通常国会で追及を強める方針で、激しい議論になりそうだ。
ことし秋には自民党総裁としての任期満了を控え、来年には衆議院議員の任期満了が迫る中、岸田がとった岸田派の解散という決断。
政治の信頼回復につながるのか。
党内、そして国民の審判が示されるのはこれからだ。
(敬称略)
- 政治部記者
- 山本 雄太郎
- 2007年入局。初任地は山口局。外務省担当などを経て自民党の茂木幹事長番。
- 政治部記者
- 鈴木 壮一郎
- 2008年入局。初任地は津局。野党担当などを経て自民党の渡海政務調査会長番。
- 政治部記者
- 清水 大志
- 2011年入局。初任地は徳島局。自民党・岸田派の担当などを経て官邸クラブに。