冬季五輪 札幌市の招致「停止」
舞台裏で何が?今後は?

冬のオリンピック・パラリンピックをめぐり、札幌市は先月19日、招致の時期が見通せないまま活動を継続することはできないとして、今後の招致活動の停止を正式に表明しました。
停止に追い込まれた舞台裏では「蜜月」とも言われた札幌市とIOC=国際オリンピック委員会との信頼関係が一転して崩れる事態が起こっていたことも取材を進める中で明らかに。
一時は最有力とも言われた札幌招致がなぜ失敗に終わったのか?今後の影響は?徹底取材しました。
(NHK北海道 取材班)

バッハ会長の“怒り”

去年2月、スイスのローザンヌ。JOC=日本オリンピック委員会の山下泰裕会長と東京大会の組織委員会の会長を務めた橋本聖子氏がIOCのバッハ会長を秘密裏に訪問しました。

山下泰裕氏、橋本聖子氏、IOCバッハ会長

2021年の東京大会の不祥事で札幌市民の招致に対する支持が急激に低下する中での面会でした。

関係者によりますと、この場で「招致活動を(2030年招致から)2034年以降の大会に切り替えたい」と提案したところ、バッハ会長は怒りをあらわにし、部屋を出て行ったといいます。

ここが分岐点でした。
冬のオリンピック・パラリンピックをめぐってはその後、札幌市やJOCが想定していなかった方向に進みます。

“招致時期見通せないまま活動継続できない”

冬のオリンピック・パラリンピックをめぐっては、去年11月、2030年大会と34年大会が札幌以外の候補地にそれぞれ一本化され、38年大会についてもスイスと優先的に対話が進められることになり、札幌市が目指してきた大会の招致は見通せなくなりました。

これを受けて、先月19日、札幌市内のホテルで秋元市長や鈴木知事のほか、地元の経済団体やJOCなど関係団体の代表者らが参加し、今後の方針について意見を交わしました。

先月19日、札幌市内のホテルでの意見交換

はじめにJOCの担当者から「招致活動を停止する方向で議論を進めたい」と提案があり、参加者からは「停止はやむをえない」などと賛成の意見が相次いだほか、「タイミングを見て招致活動を再開してほしい」という意見も出されました。

そして、秋元市長は招致の時期が見通せないまま活動を継続することはできないとして、2014年から続けてきた招致活動の停止を決定しました。

札幌市 秋元市長

札幌市 秋元市長(記者団に対し)
「撤退や白紙だと、将来の開催の可能性がなくなるので『停止』とした。札幌への招致を将来、実現できる可能性は非常に高いと思っているが、15年以上先のことになり、現状で見通すことは難しい」

JOC 尾縣専務理事「ムーブメントの醸成 さらに

意見交換会にオンラインで出席したJOCの尾縣貢専務理事は「招致活動の停止は残念だが、決して後ろ向きにとらえず、新たな一歩としてとらえたい。オリンピックムーブメントの醸成にさらに努めていかないといけない」と話しました。

JOC 尾縣貢専務理事

そのうえで、招致活動が停止に追い込まれたことについて、次のように話しました。

JOC 尾縣貢専務理事
「要因は1つではない。コロナ禍もあり、2021年の東京大会の一連の不祥事もある。東京大会の前後にその価値やおもしろさを国民に十分、伝えられなかったのかもしれない。私たちにも反省すべき点はあったが、どこが悪いという問題ではなかったと思っている」

札幌商工会議所 岩田会頭「非常に残念」

札幌商工会議所の岩田圭剛会頭は「経済界として札幌市と一緒になって招致活動を続けてきたので非常に残念だ。オリンピックの持つ意義を市民の皆さんに十分に伝えることができなかった。東京大会を巡る不祥事の影響が非常に大きく、市民の支持率が上がらなかった」と述べました。

札幌商工会議所 岩田圭剛会頭

札幌商工会議所 岩田圭剛会頭
「オリンピックが持つ意義や価値、札幌のまちづくりに対する効果、札幌や北海道の知名度やブランドを上げるという意味では大変重要で、その価値は変わらないと思うので、いずれまた誘致ができるようわれわれもその火は消さないようにしていきたい」

当初積極的だった経済界 招致停止の影響は

札幌商工会議所は2014年に当時の札幌市の上田市長に対して冬のオリンピック・パラリンピックの招致を求める要望書を提出し、積極的に招致活動を進めてきました。

大会招致によって札幌市中心部の再開発や交通インフラの整備が進み地域経済が活性化することや、当時、2035年度をメドとしていた北海道新幹線の札幌延伸の時期を前倒ししたいという期待がありました。

しかし、今後の招致活動の停止が表明されても、道内の企業や経済団体から影響を心配する声はさほど聞かれません。

その理由としては、一部で計画を見直す動きはあるものの、北海道新幹線の札幌延伸を見据えて札幌市中心部などで再開発がすでに進んでいることがあります。

また、建設業界の人手不足が深刻化していることから、仮に大会の招致が決まった場合には、相次ぐ再開発の工事に悪影響を及ぼしかねないと懸念する声さえありました。

「ただでさえ建設現場で人手が足りない中、オリンピック・パラリンピックが開催されたとしても、その準備にまで手が回らないのが現状だ」(道内の建設業界)

現在は2030年度末を目指す北海道新幹線の札幌延伸について、一部の工区で3年から4年程度、工事に遅れが生じているうえ、資材価格の高騰や人手不足などもあり、招致の失敗に関係なく、新幹線の延伸時期を延期することはやむをえないという見方が強まっています。

さらに、先端半導体の国産化を目指す「Rapidus」の進出や、それに伴う関連産業の集積、それに大規模なデータセンターの整備などが進み、オリンピックにかわる道内経済活性化の新たな起爆剤として強く期待されるようになったこともあり、経済界では招致の熱が急速に冷めていました。

市民「しかたがない」「だいぶ先でもまた招致を」

札幌市が招致活動を停止することについて、市民からはさまざまな反応がありました。

「大会の開催中は経済効果などがあったとしても、長期的にみると市民の負担になったかもしれない。市民の意見が賛成で一致した状態で招致活動を行うべきであり、招致活動の停止は、しかたのないことかなと思う」(40代女性)

「誰のためのオリンピックなのかということを考えて招致活動を行うべきだった。東京大会のような不祥事があるようでは日本で開催はできないのではないか」(50代男性)

一方で、招致を期待する声も聞かれました。

「オリンピック開催には賛成だったので、無くなってしまうのは悲しい。オリンピックが行われて、地元の札幌が盛り上がる光景を見てみたかった」(10代女性)

「冬のオリンピックは北海道出身の選手の出場も多くなるので、地元で活躍する姿を見ることが出来なくなってしまったのは悲しい。だいぶ先になったとしても、また招致活動を行ってくれたらうれしい」(70代女性)

競技関係者「招致停止 非常に残念な気持ち」

札幌市の会場配置計画では、スピードスケートの会場は「帯広の森屋内スピードスケート場」になる予定でした。

招致活動を停止することについて、帯広市内の競技関係者からは落胆の声が聞かれました。

スピードスケート場で練習する子どもたち

このスピードスケート場で練習している中学3年生
「将来、地元でオリンピックに出場するという目標をモチベーションにして練習に励んできました。招致がなくなったと聞くと悔しい気持ちです」

帯広市のスケートチームで指導する川田知範さん

帯広市のスケートチームで指導する川田知範さん
(ワールドカップ2003年大会 男子100mで優勝経験)
「十勝のスケート界としてもいろんな期待があっただけに、招致が停止となったことには非常に残念な気持ちですが、今後も活動は続けてもらいたいと思っています」

招致“失敗”の要因は

札幌市による招致活動が失敗に終わった最大の要因は、「市民の支持が広がらなかったこと」です。

市が大会招致を正式に表明したのは2014年、当時、市民1万人を対象に行ったアンケート調査では賛成が反対を大きく上回り、当初は2026年大会を目指しました。

しかし、4年後の2018年に胆振東部地震が発生し、震災の影響などを踏まえ市は2030年大会の招致に方針転換したことで活動が長期化します。
2020年からは新型コロナウイルスの感染拡大で市民との対話事業が中止されるなど、支持を広げるための活動は思うように進みませんでした。

そして2022年7月以降は、前の年に行われた東京オリンピック・パラリンピックをめぐる汚職・談合事件が発覚し国民の大会に対する不信感が高まり、招致活動は休止に追い込まれました。
こうした事情から、大会のビジョンや開催計画に対する市民の理解は深まらず、招致に向けて最も重視される支持を広げることができませんでした。

また、IOCが進める開催地選定のプロセスについて、大きく見誤っていたことも失敗の要因に挙げられます。
札幌市とJOCは、2030年大会の招致を断念して34年以降を目指すことによって機運醸成に向けた活動と大会計画の見直しを行う時間的な猶予ができると考えていました。
しかし、去年11月、IOCは2030年と34年の2大会の候補地を同時に一本化することを決め、札幌への招致はまったく見通せなくなりました。

IOCは、温暖化など気候変動が冬のスポーツにもたらす影響を懸念し、持続可能な大会にするため早めに開催地を確保したいという姿勢を強めていて、そうした意向を札幌市やJOCがつかみきれなかったことも大きな痛手となったといえます。

「蜜月」から一転 舞台裏では…

当初、札幌市は2030年冬のオリンピック・パラリンピックの候補地の最有力とみられていました。

新型コロナウイルスの影響があるなか、東京大会を大きな混乱なく乗り切った日本の運営能力の高さに対するIOCの信頼は厚く、大会後の2021年12月の会見でバッハ会長は札幌市の招致計画について「すべてがそろっている」と話し、高く評価していました。

その後、不祥事が相次いで明らかになったことで、巨額の公金を投じる大会への不信感が広がり、札幌市民の間でも招致に対する支持が急激に低下しました。
それでもIOCの札幌への期待は「途切れてはいなかった」と関係者は証言します。

IOCは、2022年12月の理事会で2030年大会の開催地決定の時期を当初予定していた去年10月の総会から先送りすることを決めました。

「気候変動への対応を検討するためというのが表向きの理由だったが、『本命』候補だった札幌が市民などからの支持率を上げるために時間的猶予を設けたことは明らかだった」(JOC関係者)

しかし、『蜜月』とも言える札幌市とIOCとの信頼関係が一転して崩れる事態が去年2月に起こっていました。
それが冒頭で紹介したバッハ会長の怒りのシーンです。
関係者によりますと、秘密裏に面会したJOCの山下会長らが「招致活動を2034年以降の大会に切り替えたい」と提案したところ、バッハ会長は怒りをあらわにして部屋を出て行き、同席したIOCの幹部も「ありえない」と批判。
取り合ってもらえなかったということです。

それから9か月がたった去年11月、IOCは2030年大会の候補地をフランスのアルプス地域、34年をアメリカのソルトレークシティーに一本化し、38年についてもスイスと優先的に対話を進めることを決めました。
こうした舞台裏からは去年2月が大きな分岐点になったと言えそうです。

膨らんだ経費 招致活動検証へ

札幌市は大会の開催にかかる経費を3000億円前後と見込み、このうち市の負担は490億円と試算していました

また、経済波及効果については札幌市内だけで3500億円、国内全体まで含めると7500億円にのぼるとしていて、さらに大会開催後には知名度アップによる観光客の増加などで新たに2兆5000億円の効果を見込んでいました。

しかし、招致が実現しないことで期待された経済効果などの試算はまさに「絵に描いた餅」となった一方で、札幌市が2014年からおよそ10年にわたる招致活動に費やした費用は27億4000万円にのぼっています。
市は今後、専門家や関係者のヒアリングなどを進め、招致活動の検証を行うことにしています。

札幌市とJOC 今後の活動は

札幌市の秋元市長は先月19日、招致活動の再開時期の見込みを問われると、「IOCが将来の開催についてさまざまな検討を進めているので、そういったものが一定程度明らかになってこないと具体的な活動には入っていけない」と説明しました。

また、中核を担ってきたスポーツ局招致推進部の体制を縮小するとともに、JOCへの職員の派遣もいまの任期限りで打ち切る方針です。

一方、JOCでは、2021年の東京大会をめぐる不祥事などで失われたオリンピックの信頼を取り戻すための活動に優先的に取り組むほか、今回の招致活動を踏まえてそのプロセスや情報収集のあり方について検証することにしています。
そのうえで、オリンピック・パラリンピックの将来的な自国開催の機会を探るとともに、複数都市での連携など国内の立候補地の選定における新たなあり方なども検討していく予定です。

「停止」に残る淡い期待感

札幌市が招致活動を「撤退」ではなく「停止」とした背景には、2038年大会以降の招致に対して残る淡い期待感がうかがえます。

その理由の1つが気象条件です。
近年、冬のオリンピック・パラリンピックをめぐっては、温暖化の影響で世界的に雪不足が進み、大会を開催するための安定した気象条件が整う候補地が減っていることが課題となっています。

カナダの大学を中心とした研究チームは、次のように予測しています。

今世紀末には過去の冬のオリンピックの開催地のうち、安全な競技環境を提供できるのは札幌市のみになる可能性がある。(カナダの大学を中心とした研究チーム)

こうしたことからIOCは気象条件が安定した複数の候補地で持ち回りで開催していくことも検討し始めていて、実現すれば、札幌市は重要な候補地の1つとなります。

IOCの「将来開催地委員会」のカール・シュトス委員長も札幌市の気象条件を高く評価していて、招致関係者からは将来的に札幌市の優位性が高まっていくと期待する声も聞かれます。

また、JOCの関係者によりますと、2038年大会も可能性があるとしています。

IOCは選定に向けて、スイスと優先的に対話を進めるとしていますが、その期限については2027年までとしました。
スイスの招致計画は競技会場が分散しているなど議論の余地が多いとしていて、期限までに課題解決の見通しが立たなかった場合、札幌市が立候補できる態勢を整えておけばチャンスはゼロではないという見方も出ています。

招致活動停止 専門家の見方は

札幌市出身で労働社会学が専門の千葉商科大学の常見陽平准教授は、招致が実現しなかった原因について、次のように分析しています。

千葉商科大学 常見陽平准教授

千葉商科大学 常見陽平准教授
「オリンピックや万国博覧会は公共事業を誘発し事業ありきで進むものだが、札幌オリンピックにあわせて市のインフラを更新したりする意図が見え隠れしていて、すぐれたコンテンツやスポーツの祭典を作ろうとはまったく見えなかった。1972年のオリンピックで街がよくなったとか、いろんな感動があったというノスタルジーだけで、どんなオリンピックを作りたいのかというビジョンがまるで無かった」

そのうえでこれまでの招致活動について、「本気で大会を開催したかったのかが問われている。オリンピックはしたたかな戦略が必要だがIOCや企業を巻き込む力が足りなかった。経費については大やけどする前に27億円で済んだという見方もあるが、招致できない可能性のあるオリンピックに27億円を投じるメリットは何だったのか考えるべきだ」と指摘しています。

取材後記 市民に丁寧に向き合う姿勢を

およそ10年にわたった札幌市の招致活動は大きな区切りを迎えました。
活動方針の転換や、停止に追い込まれたドタバタ劇を間近で取材してきた私から見ても、招致が実現するような状況にはとても思えなかったというのが、正直な感想です。
この間、市の関係者もどこかひと事のように話す姿が、ある意味、印象的で、こうした姿勢が市民の関心をますます遠ざけるものになってしまったと感じます。
札幌市では、招致活動の停止を受けて、まちづくり計画を見直す動きも出るなど、次を見据えた取り組みがスタートしています。
こうした新しい方向性はもちろんですが、これまでの招致活動の検証も含めて、市民に丁寧に向き合う姿勢を大切にしてほしいと思います。

(2023年12月19日「ほっとニュース北海道」で放送)

札幌局記者
前嶋 紗月
2019年入局
札幌局が初任地。帯広局を経て現在は札幌市政を担当。
暮らしのテーマにアンテナを高くして日々奮闘中です。