深まる対立 静岡県
川勝知事VS県議会自民党

静岡県の川勝平太知事と、県議会最大会派の自民党との対立が深刻化している。
「御殿場にはコシヒカリしかない」
多くの批判を呼んだ、おととし=2021年のいわゆる「コシヒカリ」発言以降も不用意な発言や対応が続く川勝。ことし7月には自民党から不信任決議案が提出され、その後も県議会で自身の発言や政治姿勢について厳しい追及を受けている。政治家の発言の重みとは。議会のあり方とは。
(静岡局・仲田萌重子)
(※12月6日、一部、内容を追加して更新)

なぜ不信任決議案が?

不信任決議案が提出されたのは、川勝の軽率とも言える対応が原因だった。

おととしの「コシヒカリ発言」を受けて県議会から辞職勧告決議を突きつけられた川勝は「みずからへのペナルティー」として、給与やボーナス合わせて440万円あまりを返上する意向を表明。

【リンク】おととしの「コシヒカリ発言」とは? こちらの特集記事で。

静岡県の川勝平太知事

しかし、それから1年半がたったことし7月、給与もボーナスも減額されず、満額を受け取っていたことが報道で明らかになったのだ。

川勝は次のように述べ、受け取った給与などは返上しない意向を示した。

「発言へのけじめは知事の職責を果たすことだと思い至った」

これに対し、県庁には次のような苦情が相次いだ。

「自身で表明したのだから返上するべきだ」

県議会最大会派であり最大野党でもある自民党も、こう批判の声を強めた。

「言行不一致だ」(自民党)

こうした声に押される形で、川勝は、6月議会の閉会日となる7月12日、給与とボーナスを返上するための条例案を次の9月議会に提出する意向を表明した。

しかし自民党は、これで矛を収めはしなかった。
この日、川勝はこう説明した。

「給与を返上するための条例案を提出したいとの思いは、当初から全く変わっていない」

不信任決議案を議長に提出する自民党
不信任決議案を議長に提出する自民党

しかし、自民党は納得せず、午後10時半、不信任決議案の提出に踏み切った。

「『給与を返上せず職責を果たす』と言っていた発言と矛盾する虚偽の説明だ」(自民党)

深夜の採決

県議会

7月13日。時刻は午前1時前。
静岡県議会の本会議場は、議員と県の幹部で埋まった。

採決札

議長席の前には、採決札が積み上がっていく。
1973年以来、50年ぶりに提出された不信任決議案の審議は、日付を越えて未明まで及んだ。

静岡県議会の勢力図

静岡県議会の定員は68。
川勝を支持する会派で、立憲民主党などの議員で構成する「ふじのくに県民クラブ」が18人(現在は17人)で少数与党。
川勝と対立する野党会派は、自民党が40人(現在は41人)、公明党が5人。そして、無所属が5人(現在は4人)という構成だ。
過半数で可決となる辞職勧告決議案と異なり、不信任決議案の可決に必要なのは出席議員の4分の3にあたる51票。

議長

結果は…。
「賛成50票、反対18票。よって川勝知事の不信任決議案は否決されました」

すんでのところで決議案は否決され、川勝は議会の解散か、みずから失職するかの判断を免れた。
ただ、無所属の議員を含め、与党会派以外の全員が賛成に回り、川勝と議会の対立の深刻さを示す結果となった。

続投を表明する川勝知事

「残念ながら票が足りず、私は職務に専念する」
一夜明け、川勝は記者団に対し、皮肉たっぷりに続投を表明。
一方、こうも付け加えた。
「今後は議会とのコミュニケーションを深めていきたい」

9月議会でも続く応酬

不信任決議を首の皮一枚で逃れた川勝。
しかし、続く9月議会でも、この問題をめぐり川勝と自民党との対立は続く。

議会に提出された給与・ボーナスの返上のための条例案をめぐり、自民党は、条例を審議する総務委員会を3日間行い、うち1日は川勝本人の出席も要求。
通常、総務委員会が開かれるのは定例議会の会期中に1日から1日半程度。
しかも、知事本人が出席するのは異例だ。

総務委員会

委員会では、自民党と川勝が、それぞれの言い分を繰り返すやりとりが続いた。

「2年間、給与などを減額せずに放置していた責任はどう考えるか」(自民県議)

「県民からいただいた指摘や負託に応えられるように、任期残りの1年9か月、まい進したい」

「県民に謝罪はないのか」(自民県議)

「県議会に条例案提出が受け入れられないと思い込んでいた。実現すれば、県民との約束は果たせる」

質疑がかみ合わないまま、県の幹部が自民党との調整を水面下で進めた結果、給与返上のための条例案は9月議会の最終日となる10月13日に可決される見通しとなり、「未返上問題」は解決の道筋が見えてきた。

発言がまたも火種に

しかし、閉会日の前日、またも、川勝の発言が波紋を呼んだ。

静岡県商工会議所連合会の会長らと面会

問題となったのは、静岡県商工会議所連合会の会長らと面会した際の発言だ。

「東アジア文化都市を継承する拠点を三島市に作りたい。土地を物色していて、詰めの段階に入っている」

「東アジア文化都市」とは、日本、中国、韓国の3か国が、毎年、それぞれ自治体を選び、文化や芸術を通して交流を深める文化庁の所管事業で、ことしの日本側の都市として静岡県が選ばれている。
川勝は、記者会見など、ことあるごとに東アジア文化都市への選定をアピールしていて、いわば「肝いり事業」だ。

ただ県は、拠点を整備するための土地の調査費用も含め何ら予算化しておらず、「三島市に作る」という川勝の発言は「勇み足」だった。

翌日、9月議会最終日の本会議が開会するや、自民党は川勝への緊急質問を申し入れた。

自民議員は、こう語気を強めた。

自民党県議の緊急質問
自民党県議の緊急質問

「地元選出の県議会議員すら全く聞いていない。『議会とのコミュニケーションを密にしたい』との発言は何だったのか」

結局、給与返上のための条例案は、付帯決議付きで可決され、2年越しの「有言実行」となったものの、発言の影響で、議会は通常よりも7時間遅れの午後7時ごろ閉会した。

問題の「東アジア文化都市の拠点整備」に関する発言についても、議会の閉会中に開かれた委員会の審議で「『詰めの段階』と言えるものではない」と結論づけられ、12月6日、本会議で発言の訂正を求める決議が全会一致で可決された。
川勝知事は、訂正は受け入れなかったが、この構想をいったん白紙化し、謝罪する事態に追い込まれた。

“今後、間違ったら辞職する”

川勝の発言をめぐり、なぜこれほど対立が深まっているのか。
繰り返される川勝の不用意な発言に、議会や県民の間で不信感が高まりつつあることに加え、川勝の4期目の任期が7月に折り返し、県内の政界関係者の間で、再来年=2025年の知事選挙が意識され始めていることも背景にある。

自民党は、川勝が初当選した2009年以降、4回行われた知事選で対立候補の支援にまわるなどしたが、候補者の選定の遅れや党本部との調整が難航したこともあって苦杯をなめてきた。

当選時の川勝

前回の選挙では、告示の1か月半前に、元国土交通副大臣の推薦を決めたものの、リニア問題を争点化させた川勝に30万票以上の差をつけられる惨敗を喫した。

こうした結果を受け、ことしの自民党静岡県連の大会では「次の知事選では、過去の反省に真摯に向き合い、早い段階から準備を怠らない」とする方針が確認された。

川勝は5期目を目指すかどうかは明らかにしていないが、自民党からすれば、川勝の発言を「失言」「暴言」と指摘することで、次の知事選に向けた攻撃材料にしたいという思惑がある。

さらに、対立の激化には川勝自身のある発言も関係している。

川勝会見

「今度、間違うようなことをして、ひとさまに迷惑をかければ辞職する」
7月に不信任決議案が否決されたあと、川勝は記者会見でこう述べた。

自民党からすれば、川勝がみずから首を差し出してきたかのような「辞職予告」。
給与返上のための条例案の付帯決議には「不適切な発言があった場合、辞職するとの発言に責任を持つこと」と注文がついた。

みずからの進退に触れたこの発言で、自民党による批判を勢いづかせることになった。

進まない県政課題

野球場 建設予定地 浜松市
野球場 建設予定地 浜松市

川勝の度重なる配慮に欠けた発言と、それを問題視する自民の対立が続く中、県議会では議論がなかなか進まない重要課題もある。

7年前、川勝は、浜松市の遠州灘海浜公園に野球場を建設する方針を表明。
経済効果も期待できるため、浜松市や経済界の期待が大きいが、周囲に生息するウミガメに照明で悪影響を与えないよう、コストがかかる「ドーム型」球場の建設を検討しており、最大で370億円と巨額の財政負担が課題となっている。

もともと2022年度中に基本計画を策定する予定だったが、財源をどのようにねん出するのかをめぐって、県議会での議論が進まず、来年=2024年2月以降に先送られていて、着工の見通しは見えてこない。

「自民も自民、知事も知事」

知事の発言をめぐるやりとりに時間ばかりを割かれている事態に、最近は、議会関係者からもため息が漏れる。

「進めるべき政策の議論が進んでいない。相次いで問題視される知事の発言は配慮が足りず、反対ありきの自民も自民だが、知事も知事だ」(与党会派「ふじのくに県民クラブ」の関係者)

「知事の発言は不用意すぎるが、自民も政局にしすぎていると感じる。知事選も連敗で、焦りを感じているのではないか」(自民と歩調を合わせる公明関係者)

さらに、自民党や県庁内部からも。

「提出に賛否両論があった不信任決議案が否決され、ただの『いじめっ子』のようにも見えていないか、気にする声が上がっている」(自民関係者)

「議会がここまで空転しているのに、知事から反省の様子は見えず、議会対応に追われる職員は疲弊している」(県庁幹部)

“知事の発信力低下”

長年、静岡県政をウォッチしてきた静岡大学人文社会科学部の井柳美紀教授は、川勝が4期目に入り、これまでの「歯に衣着せぬ発言」に県民の支持が得られにくくなり、「失言」として批判されやすくなったと分析する。

井柳美紀教授

「川勝知事の失言や言行不一致は、1期目からあった。そんたくしない発言が世論の支持を得た時期があったが、リニア問題をめぐって批判を受けていることに加え、辞職勧告決議や議会空転の影響で、発信力や存在感の低下が起き、『失言』として捉えられるという状況に変化してきたのではないか」

井柳教授は、今後は、川勝と議会の双方が、建設的な議論を交わすという、本来あるべき姿に戻るべきだと指摘する。
「川勝知事は、『議会とのコミュニケーションを大切にする』と話しているが、県民に見えるところで対話を行い、問題を解決するということが求められる。一方、自民党は、知事の姿勢に対する批判が多いが、政策レベルの批判につながっていない。対立そのものが問題とは思わないが、不信任決議案が否決された時点で、それを受け止め、建設的な議論を行うという議会の本来あるべき姿に正常化させていくことが必要ではないか」

本当に戦うべき相手は?

ことし、県が実施した世論調査では、物価高の影響などから、暮らし向きが「苦しくなっている」と答えた人の割合が初めて5割を超えた。
本当に戦うべきものは、県民の暮らしに立ちはだかる課題であり、不用意な発言や、いたずらな対立の激化は県民をないがしろにしているものと言えないだろうか。

誰のため何のための知事であり議会なのか、改めて考える必要があると強く感じている。
川勝の任期も残り1年7か月。
静岡県の羅針盤となる知事と県議会の行方を、今後も見逃すことなく追っていきたい。

(敬称略)
(※NHKニュース「たっぷり静岡」で11月21日放送)

静岡局記者
仲田 萌重子
全国紙記者として福島県政などを取材。2022年にNHK入局。静岡県政キャップとしてリニア問題などを担当している。