減塩しすぎにはリスクがあるのか?無塩文化から考える最適な量とは

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食の起源(NHKスペシャル)食で健康づくり高血圧

イギリスでは、減塩食品の普及によって1日の食塩摂取量を平均で1.4g減らすことに成功し、脳卒中や心臓病による死亡率を大きく減少させました。では、逆にどこまでなら塩を減らしても人間は健康に生きていけるのか?さらにもう一歩踏み込んで、減らしすぎることにリスクはないのか?そのヒントを探るべく、取材班が向かったのは人類誕生の地・アフリカ大陸です。驚くべきことに、塩を全く食べないのに健康に暮らしている人々がいるというのです。

塩を食べない?!マサイの人々の秘密

訪れたのは、ケニアのアンボセリ国立公園。アフリカ最高峰・キリマンジャロのふもとに、ゾウ、ライオン、シマウマなどたくさんの野生動物が暮らしています。私たちが取材したのは、この大自然の中で暮らすマサイの人々。その中でも、"塩を食べない"という大昔からの伝統的な食生活を今も続けている集落です。マサイというと高~く華麗にジャンプする姿で有名ですよね。でも、彼らの伝統的な食生活がどんなものなのかについては、ご存じない方も多いのではないでしょうか?

塩を食べない食生活をしているマサイの人々
マサイの皆さんの伝統的な食生活は・・・

取材班は1週間にわたり彼らの生活に密着して撮影させてもらいました。意外なことに、大人も子供もお年寄りも、口にするのは牛やヤギのミルクだけ。朝食もミルク、小腹が空いたらミルク、夕食もミルク・・・結局、食事らしい食事をしている様子を見ることはありませんでした。不思議がる私たちに、マサイの長老が教えてくれました。

『私たちの食事はミルクだけです。特別な時には肉も食べます。干ばつの時は、ミルクが出なくなるので、ウシの血液を飲むこともあります。でも、それさえあれば他の食べものは必要ないのです。』

マサイの人々の主食はミルク

にわかに信じがたいことですが、伝統的なマサイの主食は「ミルク」。大人は1日に2Lも飲むといいます。そして、塩は口にすることがありません。そもそも古来のマサイの言葉には"塩"を意味する単語すらないというんです。

じゃあ、取材したマサイの人たちの塩分摂取量は"ゼロ"なのかと言えば、そうではありません。実は、牛乳には100mLあたりおよそ0.1gの塩が含まれています。つまり1日2L飲むマサイであれば、およそ2gの塩を摂取している計算になります。私たち日本人の平均塩分摂取量はおよそ10gと言われていますので、およそ1/5の量という少なさです。

しょっぱい味は苦手なマサイの男性
しょっぱい味は苦手なマサイの男性

もっとも、こうした古来の伝統的な食生活を続けているマサイの集落は、今ではごく限られており、塩を調味料として用いる現代的な食生活に親しんでいるマサイの人々も多くいます。一方で、これまでほとんど見られなかった高血圧がマサイの人々の間で増加し、問題となっているそうです。

高血圧ゼロ!"無塩文化"の人々

実は、伝統的なマサイの食生活のように塩を食べない暮らしをしている人々は、世界各地にいることがわかっています。例えば、アマゾンにはヤノマミと呼ばれる狩猟採集民がいます。彼らの主食は野生動物や川魚などですが、やはり塩で味付けすることはありません。そして、塩分摂取量はマサイよりもさらに少なく、1日1g以下とも言われています。こうした塩を食べない食生活は"無塩文化"とも呼ばれ、食材に含まれる1日1g~3gほどのわずかな塩分摂取量で生きているんです。

さらに、こうした無塩文化の人々の健康状態を調査したところ驚きの事実がわかってきました。下のグラフは、カメルーンの先住民族で、やはり塩なしの生活を続けているバカ・ピグミーの人々の血圧調査の結果です。

カメルーンの先住民族で、塩なしの生活を続けているバカ・ピグミーの人々の血圧調査の結果
加齢による血圧の変化(日本人とバカ・ピグミー)

日本人の場合、30代のころは最高血圧が110mmHgほどですが、年齢とともに血圧は次第に高くなっていきます。一方、バカ・ピグミーの人々は血圧の上昇がとても緩やかです。60代になっても最高血圧が110 mmHg以下の人も珍しくありません。調査からは、脳卒中になる人がいないことも明らかになりました。同様の結果は、他の無塩文化の人々を対象に行われた研究でもわかっています。無塩文化の人々に学べば、人間は本来1日1~3gの塩分さえあれば十分に生きていけるばかりか、高血圧をはじめとする病気のリスクに悩まされることもないという事なのです。

減塩しすぎにリスクはあるのか?

では逆に塩を減らしすぎることで問題は起きないのでしょうか?実は、まだ医学的な結論が出ていません。というのも、ある研究では塩分摂取量が少なければ少ないほど、死亡率が下がるという結果が出ているものもあれば、別の研究では1日4g未満になると死亡率が上昇するという報告もあり、研究者の間でいまも議論が続いているんです。慎重な立場をとるならば、1日4g未満の減塩には注意が必要ということになりますが、何にでもしょうゆや味噌を使う日本人の食生活を考えれば、そこまでの厳格な減塩を達成できる人のほうが少ないでしょう。減塩のしすぎについてはそれほど心配する必要はなさそうです。

この記事は以下の番組から作成しています

  • NHKスペシャル 放送
    食の起源 第2集「塩」 人類をとりこにする“本当の理由”