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施設職員の現在 田中利則さんインタビュー 第3回 福祉文化を継承するために

2017年09月22日(金)

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設職員の現在 田中利則さんインタビュー
第3回 福祉文化を継承するために

人間として当たり前のことをやるのが福祉
▼人の役に立っているという気づきのチャンスを増やす
第1回 第2回 第3回

 


Webライターの木下です。

人間として当たり前のことをやるのが福祉


木下
津久井やまゆり園の再建計画は、大型施設を再建するのではなく、分散化に決まりました。施設から小規模化、そして地域移行へという流れについては、田中さんはどう思われていますか。

田中:グループホームでの暮らしを本人や家族が望むのなら、それでいいのだと思います。ただ、誰もがグループホームで暮らすのがいいことなんだ、幸せなんだとされてしまうのは、こわいですね。
 ふつうの住宅のような狭い場所では、精神的にもたない人もいます。いらいらすると奇声を上げてしまう人やてんかん発作が頻繁にある人もいます。精神的な不安定さから周囲に迷惑をかけてしまう人もいます。そういう人たちの中には、看護師さんやお医者さんが身近にいて、広い場所で暮らす方が向いている人もいると思います。
 それとグループホームでは文化的な余暇活動やスポーツ等が自由に、かつ十分にできる機会を施設と同様に作れるかということが不安ですね。グループホームの職員は少ないですから、スポーツ大会やマラソン大会、登山、みんなで散歩に出かけるというような施設でできた活動がまったくできなくなる可能性もあります。
 施設を出た高齢者で、何もやることがなくなって、認知症に近い状態になってしまった人や運動不足と偏食でお腹が不健康にぽっこりと出てしまった人も知っています。一人ひとりがどんな生活をすれば幸せになれるか、きちんと考えた上で、対象者個々に合わせた生活環境を考える必要があります。施設を出て、グループホームの生活を始めれば、誰もが幸せになれると決めつけない方がいいと思います。かえって辛い生活を強いられることもありますからね。

木下福祉文化を継承する上で、もっとも大切なことは何だと思われていますか。

田中:障害者福祉といって大上段に構えるのではなく、みんなが目の前にある、人のためにできることを、きちんとやるということだと思います。英語には「May I help you(お手伝いしましょうか)」という表現があるけれど、それに当たる日本語ってないでしょう。外国に行くと、車いすで電車に乗るのをふつうの人が当然のように手伝ってくれて、「Have a nice day(ごきげんよ)」と言って、笑顔で去っていきますものね。日本はそういう福祉文化を作り切れてないですよ。人間として当たり前のことなんですけどね。
 電車の中で子どもが泣いていると、「うるさい」と言うおじさんがいたりしますけど、「そんなこと言わないで、子どもは暑がりなんですから」とかばう人もいたりするのが、ふつうの社会じゃないですか。ところが、現代社会ではお母さんがひとりで申し訳なさそうな顔をしている。それじゃ、いかんですよ。
 最近の日本人は心ある言葉を失っている気がします。障害者のためのトレーニングにSST(ソ―シャルト・スキル・トレーニング)というのがあります。「お先に帰ります」「今日はありがとうございました」「明日また来ます」「よろしくお願いします」。そんな挨拶の訓練もあるのですが、いまの学生のなかで、そのような挨拶ができるものは限られていますからね。そういう他人に対する配慮ができないままで施設職員になっても、利用者さんに信頼されるのは難しいと思います。

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人の役に立っているという気づきのチャンスを増やす


木下
相模原の事件があってから1年経って、ネットの中には、植松被告の行為は非難しながらも、障害者が優遇されすぎているとか、税金が無駄に使われているというような植松被告の考えに一部同調するような意見も見られます。

田中みんな生きるのにせいいっぱいですからね。自分の生活が上手くいってないと、そういうことを言う人いますよ。
 自分が障害者に近い状態になったことを想像してみたら、わかると思います。私は去年脊髄を損傷して、階段を一段も上がれなくなってしまいました。いまはリハビリして持ち直していますけど、5メートル先にも行けないときには、本当に辛かった。それから、私は昔、大工仕事をしていて、片手の人差し指をなくしてしまったのですが、指1本ないだけでも、本当に不便です。私ぐらいの障害でもそうなのですから、彼らの苦労たるやいかばかりのものかと思います。障害者が優遇されているなんてとんでもないです。
 本人ももちろんそうですが、家族だってその心労や負担たるや大変なものです。障害のある家族がいることで、出世を棒に振っているお父さんなんて、精神的にぎりぎりのところで踏ん張って生きていますよ。親たちからもいろいろな人生相談を受けます。
 私はそういう障害者やその家族が幸せになるために税金が使われるなら、何とも思いません。消費税15%取られても、文句は言いません。要は、税金の使い道でしょう。国民が幸せになるために使われていないという不信感が根底にあるのだと思います。障害者の待遇を云々する前に、まず、そのことをどうすべきか考えないと、自分たちの生活を少しでも向上させようと思うことが先ですね。
 私の学生が調査しているので、知っているのですが、国連の「世界幸福デー」に定めている155カ国を対象にした幸福度ランキングで日本は51位です。これをもっと上げていくことを考えないと。不幸せと思っている人が多いと、弱い人にしわ寄せがいきます。
 若い人に自分が社会の役に立っているという気づきのチャンスが少ないのかもしれない。施設職員の友人で、銀行員を辞めてきた人がいました。企業で働いているだけでは納得できなかったけれど、ここでなら自分を活かせると感じたようです。そういう人生って、とても豊かですよね。そう思いませんか。



木下 真

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