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施設職員の現在 田中利則さんインタビュー 第1回 措置から契約に変って

2017年09月21日(木)

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設職員の現在 田中利則さんインタビュー
第1回 措置から契約に変って

経営に汲々とするようになった施設管理者
▼支援や余暇についての試行錯誤が職員を成長させる
第1回 第2回 第3回

 


Webライターの木下です。

経営に汲々とするようになった施設管理者


田中利則さんは、知的障害者施設に24年間勤務し、その後現在に至るまで、神奈川県厚木市の湘北短期大学の教員として児童家庭福祉や社会的養護などの福祉関係の授業を担当してきました。所属は保育学科ですが、卒業後に障害者施設に就職する学生もいて、昨年事件のあった津久井やまゆり園に就職した教え子もいるそうです。

今回は施設職員と利用者の人間関係論に詳しい田中さんに、昨年の津久井やまゆり園の事件を踏まえながら、障害者の入所施設と職員の課題についてお話をいただきました。


 



木下:相模原障害者施設殺傷事件から1年を経て、田中さんは、「施設の環境が変わり、福祉文化が継承されにくくなっている」ことを危惧されておられます。その点をもう少し詳しくお話しいただければと思います。

田中:まず、法律が変わりましたね。2006年の「障害者自立支援法」で、それまで「措置」だったものが「契約」になりました。いまは「障害者総合支援法」ですが、私が危惧するのはこれによって施設職員の給与がカットされるなど待遇が悪くなることもあり、一方で業務はとても煩雑になってしまいました。法律が変わったのをきっかけに、私の知り合いの職員もずいぶん施設を辞めました。

木下:「措置」が「契約」になると、どうして給料がカットされるのですか。

田中:措置の時代には、利用者の人数に応じて、まとめて措置費が施設に対して支給されました。ところが、契約の時代になると利用者一人ひとりの支援区分によって提供される支援費の額が違ってきます。各利用者の支援区分を1から6まで定め、支援区分に応じて支援費が支給され、支援費及び個人負担金に応じて(個人の経済能力が高い場合は上乗せも可能)個別支援計画を立案し、受けられるサービスの内容について合意がなされると契約が行われます。つまり福祉サービスがとても細かく分かれ、点数化されるようになったのです。そして、施設の報酬体系が引き下げられて、施設で利用者がどんなサービスを受けるかによって、施設の収入が変動するようになりました。例えば、ひとりの利用者が昼間の生活介護だけ受けるのか、就労移行支援、外出時の行動援護も受けるのかで、施設の収入は変わってきます。また、報酬が月額性から日額性に変りましたから、利用者が土日は自宅に帰るとしたら、その間の収入はなくなってしまいます。そうしたことから、少しでも経営を安定させるために、管理職の地位を下げたり、ボーナスをカットしたり、人件費を抑えるために非常勤職員を多数雇用したりという経営努力が必要になりました。

木下:経営が難しくなったことで、施設運営はどう変わっていったのでしょうか。

田中:管理職は不安定な経営を安定させたいということに関心が集中して、現場に寄り添う運営が難しくなってきます。経営を安定させるために、人件費を削減したり、常勤を非常勤可したり、利用者の人数を定員上限の1.25倍まで増やしたり、稼働日数を増やすために365日預かる体制にしたり。そのせいで、現場がつねに人手不足になる。加えて、個別の支援計画の実施が不可能になってしまう。いまは多くの施設がそういう状態にあると思います。そして、利用者のためになると思う活動でも、収入増につながらないとなると、実施しない方向を選択してしまう。それが一番問題ですね。利用者も職員も育たないし、喜びが感じられない日常になってしまう。

木下:現場の職員にも余裕がなくなってきているということでしょうか。

田中:措置の時代には、いろいろなことができたのです。例えば、スコップの使い方ができない子がいたら、一日中かかりきりで教えてあげるとかね。サッカーをやったり、キャッチボールやったり、そんな遊びの時間も自由に取れました。法制度が改定されて以降、そういう姿を施設で見かけなくなってきましたよ。支援メニューになく、お金にならない活動は、本人のためになると思っても控えるようになってしまいました。管理職も「勝手にやるな」とまでは言いませんけど、そういう活動は業務外の活動とみなされますから、何か起きた時には職員の責任問題になってしまいます。
 福祉の仕事って、点数化されたメニュー以外に、プラスアルファ―でやらなくてはいけないこと、やってあげたいと思うことがたくさんあるのですよ。入浴は週2回が基本と決められていても、やはりお互いが人間同士ですから毎日のように入れてあげたいなと思うことあるじゃないですか。また夏の夜になると暑いからみんなイライラして、ケンカが多くなってくるのです。そんなとき、「ちょっとこの子たちをドライブに連れていきます」なんて言うと、昔の施設長は「俺が責任取るからいいよ」なんて言ってくれたものです。


支援や余暇についての試行錯誤が職員を成長させる


木下:
施設の仕事に生きがいを見出している職員の方の話を聞くと、決められた業務よりも自分たちの創意工夫で利用者のために何かやるほうが楽しいという人は多いですよね。津久井やまゆり園でも養鶏をやって、外の業者に卵を売ったり、畑で農作業をやったり、地元の小学校と合同で音楽会を開いたり、いろいろな活動をやっていたようです。

田中そうですよ。私もいろいろなことをやりましたよ。廃品回収をしたり、マレーシアから輸入した純石鹸をハーブ石鹸に加工したものを売ったり、キャンプ場の薪をつくったり、残飯を飼料として利用して養豚やったり、登山に行って、帰りに温泉に入ったり、自分たちでお神輿作って祭りに参加するとか。そういう自発的な活動をいろいろやっていく中で、施設のリーダーって育っていくのです。余暇活動は、とても大切ですよ。

木下施設の職員は、生活力や社会力がある人のほうが向いていますね。津久井やまゆり園も、創設期は職員に地元の主婦の方も多く、専門知識はなかったけれど、子育てのつもりで、入所者の身の回りの世話を熱心にしていたと言っていました。

田中それがいいのですよ。社会福祉士や介護福祉士などの資格を持っていることも必要ですが、生活経験や社会経験が豊かで、しかも情の熱い人のほうが利用者に相応する支援をするために創意工夫できるような気がします。例えば、利用者が使う教材も買ってくるだけではダメで、障害のある子には、その子にあった教材を手作りして用意する必要があるのです。私なんか大工道具を全部持っていますよ。3年間専門家に教育を受けて、パネル1枚あれば、どんな教材でも作れます。近所で古材が出たというと、トラックでもらいにいって、釘抜いて寝かしておいて、必要な時に引っ張り出して、使うなんてことをやっていました。時代が違うと言えばそれまでですが、障害のある利用者と一緒に楽しんだり、お互いが成長したりするためには職員は目標をもって汗をかくことが大切だと思うのです。それぞれの利用者が活き活きできる環境や支援の提供を実現するために試行錯誤することが職員を育てるのですね。

木下施設職員の仕事というと、食事や排泄や入浴の介助などが思い浮かんで、一方的に尽くすだけのきつい仕事というイメージをもってしまいがちですね。

田中きつい仕事ではありますよ、もちろん。でも、決められた業務だからやるというだけではなく、どうすれば利用者を幸せにできるかと思いながらやると、また違ってきます。30年前ぐらいでしたか、私は当時の同僚と5年間ほどかけて、利用者がトイレでウンチできるように辛抱強く訓練を続けたことがあったのです。トイレにポトってウンチが落ちたときはうれしくてね、その夜はみんなで飲み屋へ行き、打ち上げをしましたよ(笑)。その利用者は、その時32歳でしたけど、便器にまともに座れるようになって排便できるだけでも生活が楽になるし、気持ちもよくなるのです。利用者がニコニコと生活できると思うだけで、平和な気持ちになれるでしょう。そして、こんなに長い時間をかけてでも人は成長するのだと、考えさせられました。その時、これが介助や支援の生産性なのだなと、私は気がつきました。
 管理者が経営のことばかり考えて、職員は自分の生活に汲々としていて、決められた業務をこなすのでせいいっぱいでは、利用者のためになることは思いつかないし、利用者さんから何かを学ぶこともできなくなります。人間の生活って何なのか、もう一度原点に返って見直した方がいい。ともかく、法律が変わって、施設がどうなったのか、総括が足りていませんね。



木下 真

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