ページの本文へ

とちぎWEB特集

  1. NHK宇都宮
  2. とちぎWEB特集
  3. 集落ごと引っ越す? 「防災集団移転」の行方は不透明

集落ごと引っ越す? 「防災集団移転」の行方は不透明

台風19号から4年
  • 2023年11月01日
2019年10月の那須烏山市

栃木県でも甚大な被害が出た令和元年の台風19号から4年がたちました。
台風のあと、那須烏山市では「集落ごと住まいを移転する」計画が進められています。

津波などのおそれがある地域の住民に、まとまって、高台などの安全な場所に移り住んでもらう「防災集団移転」という事業ですが、今後の行方は不透明な状況です。

(宇都宮放送局記者 村松美紗)

集落ごと引っ越し

台風19号で浸水した那須烏山市

「防災集団移転」の計画が進められているのは、茨城県との県境にある那須烏山市です。
4年前の台風19号では、市内を流れる1級河川の那珂川が氾濫し、住宅約160棟が浸水する被害を受けました。

特に被害が大きかったのが、「下境地区」と「宮原地区」です。

ここでは那珂川が大きく蛇行していたり、複数の川が合流したりしていることから、過去にもたびたび大きな水害が発生し、4年前は、2階部分まで水につかった住宅もありました。

浸水した住宅

このため那須烏山市は台風のあと、市内の計108世帯を対象に「防災集団移転」の計画を進めることになりました。

住民の理解は道半ば

「防災集団移転」の制度は、個人の引っ越しとは異なり、対象となったすべての住民から、移転の「同意」を得る必要があります。

住民説明会

那須烏山市は台風から4年がたったことし、地元の住民に初めて移転先の候補地を示しながら、詳しい説明を始めました。しかしまだ、十分な理解を得るには至っていません。

移転に向けた「同意」をためらっている住民の1人が、下境地区に住む塩野目富夫さん (75) です。
大きな理由は、代々、受け継いできた田畑の存在にあります。

移転先の候補地として示された高台から田畑までは、1.5kmほどの距離があります。
今は自宅から歩いて通えますが、引っ越しをすれば、これまでのように毎日通って、作物を育てるのは難しくなってしまいます。

塩野目さんの農機具

移転先で割り当てられる敷地は、今、住んでいる家よりも大幅に狭くなる可能性もあり、農機具の置き場所にも困ってしまいます。

75歳の今から、あえて新しい生活を始めることに迷いがあるといいます。

塩野目富夫さん
移転すると、今の土地が全部自分のものではなくなるし、建物も全部なくなったら、今後、どうなってしまうのか。その辺がちょっと見えないね。

塩野目さんが住む下境地区で、「防災集団移転」の対象となったのは、計69世帯。
そのうちの多くが、塩野目さんのように農業を営む高齢者で、移転をためらっている人は他にもいるということです。

大雨の浸水想定区域が移転先に?

一方、下境地区と対照的なのが、もう1つの宮原地区です。
ここでは「住民の理解」は得られそうですが、そのために移転先の候補地が、“安全” とは言い切れない場所になりました。

宮原地区の洪水ハザードマップ

宮原地区はとても小さく、3方向を那珂川に囲まれていて、高台はありません。
市の洪水ハザードマップでも、ほとんどの場所が3m以上浸水する想定のピンク色になっています。
「防災集団移転」では、地区全体(約100世帯)の約4割にあたる、39世帯が対象になりました。

宮原地区で生まれ育った大橋光一さん (57) は、移転の計画を聞いたとき、「高台がある別の地区ではなく、同じ地区内にしてほしい」と、市に要望しました。
小さな集落で培ってきた住民のつながりを、移転後も保っていたいと考えたからです。

大橋光一さん
移転先が地区の外になると、ただでさえ少ない宮原地区の住民が、さらに減ってしまうのではないか。私はそれをいちばん心配しています。

こうした要望は、ほかの住民からも寄せられていました。
そこで那須烏山市はことし6月、同じ宮原地区内の場所を、移転先の候補地として示します。

洪水ハザードマップで浸水が想定されている区域のうち、深さ50cm未満と比較的浅い場所を選んで、一帯を「かさ上げ」することにしたのです。

那須烏山市都市建設課 佐藤光明課長

ただ、住宅地だけを「かさ上げ」しても周辺が浸水するおそれがあり、大雨のときに住民が取り残されてしまうリスクは残ります。
市はそれでも「地域のつながりを保ちたい」という住民の意向を尊重し、いわば「苦肉の策」として、同じ地区内の候補地を選びました。

那須烏山市都市建設課 佐藤光明課長
「防災集団移転」は、地域のコミュニティーを存続させることが前提になります。地元の合意を得られるかが重要になるので、難しい判断になっています。

事業の行方は不透明

那須烏山市は、2026年から住民の「防災集団移転」を始める計画です。
そのためには、来年3月までに移転先を正式に決め、すべての世帯の「同意」を得たうえで、国に事業申請をする必要があります。

しかし、今の移転先の候補地は決定打に欠けていて、全108世帯のうち、これまでに「同意」を得られたのは53世帯と、半数以下にとどまっています。

市の計画どおりに事業が進むのか、今後の行方は不透明な状況です。

那須烏山市都市建設課 佐藤光明課長
なかなか思うように計画が進まず、私たちも頭を悩ませています。市民に寄り添って粘り強く説明し、ご理解をいただきたいと思っています。

取材を終えて

那須烏山市の「防災集団移転」は、100世帯以上の住民に、まとまって移転してもらうという大規模な事業です。

この取材を進める中で特に印象に残ったのは、移転をためらっている塩野目さんの「移転したくない人も、逆に早く移転したい人もいる。どれが正しいかというと、みんな正しいんだから」という言葉でした。

住民に話を聞けば聞くほど、移転に対して「賛成」や「反対」という言葉だけでは割り切れない複雑な思いがあることを痛感しました。
那須烏山市は今後も難しい対応が続きますが、住民の声にしっかりと耳を傾け、少しでも多くの人が納得できる結論に導いてほしいと思います。

  • 村松美紗

    宇都宮放送局 記者

    村松美紗

    2022年入局
    ふだんの担当は事件・事故
    地域の防災についても取材

ページトップに戻る