1滴でも飲んでください!
- 2023年08月01日
記録的な物価高が続く中、牛乳や乳製品が8月に再び値上げされました。
栃木県は牛乳のもととなる生乳の生産量が、北海道に次いで全国2位の酪農県です。
那須塩原市の酪農家を訪ねると、「生き残りのためには値上げしかない」とも言える現状が見えてきました。
(宇都宮放送局記者・村松美紗)
終わらない〝コスト高〟
生乳の生産量が全国2位の栃木県で、有数の酪農地帯となっているのが那須地域です。
那須塩原市で50年以上続く牧場の3代目・和泉正行さん。
75頭の乳牛を飼育していますが、厳しい経営状況は、この1年以上続いていると言います。
和泉さんが、特にこの夏、気にしているのが電気料金です。
牛は暑さに弱いため、牛舎を涼しく保つための温度管理が欠かせません。
例年、牛舎の扇風機をフル稼働させるのは7月に入ってからでしたが、ことしは連日の厳しい暑さのため1か月以上早めざるを得ませんでした。
半分を輸入している牛のエサ代も、高止まりしたまま。
和泉さんの牧場では残りの半分を自前で育てていますが、それでも価格が高騰する前と比べると約7割増えました。
去年の生産コストは年間約8000万円から1億円近くに膨れ上がり、収支が赤字になりました。
和泉正行さん
牛の健康を損ねると、調子を戻すのに1、2年かかってしまいます。
餌のグレードを落としたり、扇風機を弱くしたりしてコストを下げる考えには、なかなか至りません。
追い打ちをかける〝生産抑制〟
こうした状況に追い打ちをかけているのが〝生産抑制〟です。
新形コロナによる外食需要の低迷によって、牛乳や乳製品の消費は、全国的に落ち込んだままです。
このため生産者団体は、ことし初めて「3%」という具体的な数値を決めて、酪農家に減産を求めたのです。
和泉さんの牧場では、年間25トン減らす計算です。
今は、出産を控えたメスの牛から搾乳しない期間を、従来よりも長く延ばすことで対応していますが、これは、牛が病気になるリスクをはらんでいます。
このまま〝生産抑制〟が続いてしまうと、大切な牛を食肉用にまわし、数そのものを減らす事態にもなりかねない…。
和泉さんの心配は尽きません。
和泉正行さん
元気な牛を淘汰するのは、酪農家として非常に抵抗があります。
価格高騰と生産抑制とで、今、非常に苦しい経営状況です。
酪農家で作る生産者団体、関東生乳販連のまとめによりますと、栃木県内の酪農家、約600軒のうち、去年だけで40軒が離農したということです。
生産者みずからPRに乗り出す
こうした深刻な状況を少しでも打開しようと、生産者による新しい試みが始まりました。
こちらは、生産者団体として初めて購入したキッチンカー。
県内各地のイベントに駆けつけ、牛乳を使ったドリンクを販売します。
これまで商品のPRはメーカーに任せていましたが、生産者としても、消費者に直接働きかけていくことが大切だと考えました。
このほか、乳搾り体験や料理教室なども企画して、消費量アップにつなげたいと模索を続けています。
栃木県酪農協会 臼井勉会長
私も酪農を50年やっていますが、こうした状況は初めてです。
コップ半分でも、1滴でも多く飲んでもらいたいです。
値上げは複雑だけれど…
こうした酪農家の厳しい経営状況を踏まえて、関東地方では8月に生乳の出荷価格(=乳価)が10円引き上げられ、これに伴って牛乳や乳製品も値上げされました。
消費者からすると、やはり値上げは痛手です…。
それでも生産者団体などによりますと、今の値上げ幅では、生産コストとの間に、まだ3円程度のギャップがあり、コストの増加に値上げが追いついていない状況だということです。
こうした状況で、これ以上の値上がりを避けるためには、牛乳や乳製品の消費を上向かせることが、何よりも重要です。
このために生産者から、「1滴でも多く飲んで」という切実な言葉が出ているのです。
取材を終えて
今回の取材で特に印象に残ったのは、和泉さんの「牛が好きで酪農家を始めたので、頑張りたい」という言葉です。
これまでもエサ代の高騰などで経営が一時的に厳しくなったことはあったそうですが、今回はそれが長期間にわたって続いていることで、もはや企業努力だけでは乗り切れない深刻なところまで来ているのだと感じました。
それでも酪農家がふんばっている姿を目にして、私も微力ながら、牛乳や乳製品を飲んだり食べたりすることで、地元を応援していきたいと思いました。
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