ページの本文へ

よむ富山人

  1. NHK富山
  2. よむ富山人
  3. 薬剤師不足 「くすりの富山」でなぜ?

薬剤師不足 「くすりの富山」でなぜ?

  • 2023年09月05日

江戸時代から「薬売り」が有名で、今も多くの製薬企業が集積し、全国的にも「くすりの富山」として知られている富山県。 

しかしいま、その土台を担ってきた「薬剤師」が不足する事態となっています。 

「くすりの富山」で一体何が起きているのでしょうか?取材しました。 
(富山放送局記者 林慶介)

 “新規採用ゼロ”の病院

 薬剤師不足の現場はどうなっているのか。 

まず訪ねたのは、薬剤師不足が深刻な病院の1つ「あさひ総合病院」です。 

この病院では10年以上、薬剤師の新規採用ができていないということです。 

常勤の薬剤師を6人程度、確保したいと考えていますが、いまは4人にとどまっています。 

こうした現状に病院は…。 

あさひ総合病院薬剤科責任者 下澤かず子さん

「募集してもなかなか来ない状況が続いています。ちょっとしんどい。若い方に来てほしいという気持ちは大きいです」

この病院では定年を迎えた2人に臨時職員として残ってもらい、欠員を補っていますが、人繰りは厳しい状況が続いています。 

「くすりの富山」で採用できない薬剤師

江戸時代から多くの人に親しまれてきた、富山の「薬売り」

今でも人口あたりの医薬品生産金額、製造所数、製造所従業員数は全国一で(2021年時点)、「くすりの富山」として知られています。

しかし、その足元では、業界を支える薬剤師の不足が深刻になっているのです。

その推移をみると、全国的には薬剤師の数は右肩上がりで増えてきています。

しかし、富山県の場合、ピークの2010年と比べると、この10年で6点6%のマイナスとなっていて全国で唯一、減少した県となっています。

富山県によると、近年、全国的に薬学部の新設が相次ぎましたが、北陸地方ではそうした動きがなく、いわば流れから取り残された状況になっていることが背景にあるといいます。

富山県が、県内の公的病院や製薬企業などに行ったアンケート調査(2022年度)では、薬剤師を募集しても採用できる割合は次のように、半分程度にとどまっています。

・公的病院…53% 

・製薬企業…37%

こうした現状について、行政はどう考えているのでしょうか?富山県薬事指導課の岩瀬怜課長は次のように話しました。

富山県薬事指導課 岩瀬怜課長

「10年後、20年後に富山の薬の品質を守っていく要となる人材が確保できていない、養成できていません。そうすると薬の富山として医薬品の品質の安定確保、安定供給の面で非常に大きな問題を残すことになります。今の段階で大きな手を打っていく必要があります」

薬剤師不足の理由は?

なぜ薬剤師がこれほど足りないのか。理由の1つが、「県内から大都市圏への人の流れ」です。

県内唯一の薬剤師の育成機関、富山大学では、薬学科の卒業生の4人に3人が県外での就職を選び、貴重な人材が富山を離れている状況です。(2023年3月時点)

そして、もう1つの理由が「薬学部を志望する地元の若者の減少」です。

全国の6年制薬学部に在籍する県内出身者は、人口1000人あたりでおよそ0点35人と、全国最下位です。(2022年5月時点)

富山大学薬学部の松谷裕二学部長も、危機感を募らせています。 

富山大学薬学部 松谷裕二学部長

「薬剤師の地域偏在の問題は深刻です。都市部と地方を比べるとどうしても都市部の方に集中しがちで、富山県や北陸地方に根づいて活躍していく絶対数がなかなか増えてきません」

学生はどのような思いを持って就職先を選択しているのか。就職先が決まっている富山大学薬学部の6年生に聞いてみました。

県外の製薬企業に内定した学生

「内定を頂いたところと県内の1社で迷ったのですが、県にとらわれずいろんなところを見てみたいという気持ちが強かったです」

県内の公的病院に内定した学生

「富山で暮らしてみて、交通の便や生活のしやすさから富山県内に就職しようと考えています」

薬剤師不足の“処方箋”は?

 薬剤師不足の事態を打開しようと、富山大学では2022年度から薬学科の定員を55人から70人に拡大。

さらに富山県、大学、製薬企業などが連携して新たな対策に乗り出すことになりました。

それは富山大学の「地域枠」の創設です。 将来、地元で働きたいという県内の若者に対象を絞り、来年度(2024年度)から毎年10人を受け入れます。

「地域枠」の学生には富山県が6年間で奨学金700万円余りを貸与。 卒業後9年間、富山県内で薬剤師として勤務すると全額が返還免除されます。

8月に開かれた地域枠の説明会には受験生や保護者など約80人が参加し、なかには高校1、2年生の姿もみられました。

8月に開かれた地域枠の説明会

「けっこう響いているところがあります。きちんと富山大学薬学部としての務めを果たして、この制度を運用していたいと思います」(富山大学薬学部 松谷学部長)

若者を呼び込め

さらに富山県は、就職活動を控える学生を対象にした研修にも力を入れています。

この夏、県内の公的病院で、短期インターンシップが行われました。 参加者の1人、入善町出身で、東京の大学に通う横川結女乃さんに話を聞くことができました。

東京薬科大学4年 横川結女乃さん(左)

横川さんは地元の富山に戻って就職するか、東京で就職するかはまだ決めかねていますが、そうした中、10年以上新規採用ができていない「あさひ総合病院」でのインターンシップに参加しました。

インターンシップでは現場の薬剤師を相手に、患者への服薬指導を模擬体験。 訪問診療など、病院の業務の最前線で薬剤師が貢献している姿を間近でみて、自分の将来像がより明確になってきたといいます。 

横川さん

「1日どんな感じで動いているのか知りたかったので、それを実際に見ることができてよかったです。富山に帰って薬剤師になろうかなというのもちょっと考えていて、コミュニケーションがとれる薬剤師になりたいと思っています」

取材を終えて

今回の取材を通して感じたのは、県外で働いて挑戦したいという人がいる一方で、富山に魅力を感じてここで働きたいという若者も意外と多いのではないかということです。

富山県には製薬企業や研究教育機関も多くあることから、こうしたメリットを最大限に生かして、薬剤師を目指す若者の心を引きつける施策を次々に打ち出していくことが重要なカギになります。

薬剤師の確保に“特効薬”は見いだせませんが、薬剤師不足は地域医療や医薬品産業を揺るがしかねない事態にもつながるだけに、今回の“処方箋”の効き目が出ることが期待されます。

  • 林慶介

    富山局 記者

    林慶介

    2001年入局
    金沢局・横浜局・報道局を経て現在は富山局で県政キャップ。出身は富山県高岡市で、地元のイチ押しは寿司と日本酒。

ページトップに戻る