“いるはずの魚がとれない”瀬戸内の漁場にも異変?徹底取材
- 2023年08月18日
「サンマが取れない」「サケが取れない」
こんな声が全国各地からこのところ相次いで聞かれるようになりました。こうした状況は瀬戸内海も例外ではありません。生息する魚のほとんどが食卓に上がると言われるほど、豊かな漁場として知られる瀬戸内海ですが、一体何が起こっているのか徹底取材しました。
サワラがいない?
「ことしはサワラが取れんのや」。
香川県内のある漁師さんからこんな話を聞いたのはことし6月のことでした。
瀬戸内海に「春を告げる魚」ともいわれるサワラは、4月から6月にかけて水揚げされるほか、秋にも漁獲されます。お刺身や西京焼きにしてもおいしく、食卓ではもちろん、香川県内の飲食店でもおなじみの魚です。
この魚にいま何が起きているのかを知るために、サワラ漁に同行させてもらうことにしました。船に乗せてくれたのは高松市庵治町の漁師、佐藤健さんです。
漁はまだ辺りが暗い午前5時半ごろに始まりました。土庄町の沖合まで移動し海中に何度も網を入れますが・・・サワラはなかなか取れません。
漁が始まってからおよそ3時間。ようやく取れたのは体長およそ70センチほどのサワラ1匹でした。
サワラは昔、たくさん取れたんだが。ここらにはおらん。
佐藤さんが所属する庵治漁協によるとサワラの漁獲量はここ数年、減少傾向だといいます。この地域では4月下旬にサワラの漁が解禁されていますが、ことし春のシーズンでは「取れない以上続けても仕方がない」と、漁を例年より早くやめてしまう漁師も続出しました。
サワラが取れないのはほかの多くの海域でも同様で、県によると6月上旬までの流通量はここ10年でみてもかなり低い水準だといいます。
原因は海水温の変化
なぜ、サワラが取れなくなったのか?
サワラの研究を行っている県水産試験場の主任研究員、澤田晋吾さんに話を聞きました。
本来取れるはずだった魚が取れないということで、トータルで見ると漁獲量の方が少し減ってしまうような傾向があるのかなという印象をもっています。
澤田さんによると、サワラは春になると産卵のために瀬戸内海に入ります。それをめがけて行う漁は例年、5月中旬ごろに最盛期を迎えてきました。ところが、サワラが瀬戸内海に入るピークが早まっているというのです。
香川県内で漁ができるのはおおむね4月から6月までなので、あらかじめ決められている漁期とサワラがやってくる時期がずれてきている可能性があるというのです。
サワラがやってくる時期が早まった原因のひとつとして考えられるのは海水温の変化だといいます。
瀬戸内海では過去40年の間に水温が1.5度ほど上昇。春先の水温が以前より高くなったため、暖かい海水で産卵するサワラが以前より早く瀬戸内海にやってきているのではないかと澤田さんは指摘します。
魚はやっぱり変温動物なので1.5度の水温差でも魚に対しては影響が大きいのではないかなと思う。
サワラが来るピークが早まり漁期とずれてきたのなら、漁期を早めればいいのではないかと思われるかもしれませんが、そう単純な話ではありません。
漁の期間は県が決めていて、これを変更するためには漁業者の意見をとりまとめて申し出る必要があります。しかし、春のサワラ漁の直前まで別の魚の漁をしている漁師もいるため、サワラ漁のために合意を形成するのは難しいというのが現状だといいます。
漁の変化は全国でも
水温の上昇など海の環境変化で魚の漁獲量が以前と大きく変化する現象は、全国各地で起きています。
国立研究開発法人水産研究・教育機構の片町太輔主任研究員に具体的な事例を挙げてもらいました。
◇北海道では、これまでほとんど取れなかったブリが多く取れるようになったほか、◇西日本で取れるイメージがある太刀魚が仙台で多く水揚げされるようになりました。また、◇福島沖ではこれまで取れなかったイセエビが取れるようになったといいます。
小豆島で「ハモ」多く取れはじめる
魚の漁獲量が変化する中、多く取れるようになった魚を活用しようと積極的に動き出している漁協が香川県内にありました。土庄町にある四海漁協です。
小豆島沖では15年ほど前からハモが多く取れるようになってきました。
しかし、香川県ではハモを食べる習慣があまりなく、漁獲が増えても漁師たちの収益になかなかつながらないことが課題でした。
そこで、漁協では8年前から「島鱧」としてブランド化。県外などへの出荷を強化してきました。ターゲットのひとつは祇園祭がある7月ごろに消費が増える京都。生きたままの新鮮な状態で出荷しようと、水槽のついたトラックも購入しました。
さらに漁協の敷地内に加工するための工場も整備。四海漁協の須浪宏太さんによると、県内だけでなく関西や関東の飲食店などに出荷しているほか、ふるさと納税の返礼品としても人気だということです。
魚を多く取っても出し先がないと漁師さんの収入にも関わってくるので、どうにか工夫して値段をつけようというのがありました。
取れる魚に合わせた対応も
全国で出ている漁場の変化。専門家はこうした変化が一次的なものでないかを見極めた上で、取れる魚の変化に合わせて柔軟に対応していくことが必要だと指摘します。
短期間の出来事であればそういうこともあったねと振り返ることになるが、それが恒常的に、連続して起こると、今まで取っていた魚でないものを取っていかなければならないことになる。環境がもし変わってきていて、取れる魚も変わってきているのであれば、人間サイドのほうが柔軟に対応せざるをえないだろうと考えている。
海の環境変化によって漁場で起きている取れる魚の変化。それによって食卓で多く目にする魚の種類も変わってくれば、香川の食文化自体が変わることになるかもしれません。