音楽がひらく可能性
- 2024年03月28日
音楽には感情を引き出す力がある
テンションを上げたいときにはノリノリの曲、
癒されたいときにはゆったりとした曲。
みなさんも音楽で気持ちが変化することありませんか?
そんな音楽を使った「音楽療法」をご存じでしょうか?
音楽を聴いたり、楽器を鳴らしたりすることで、脳の活性化や身体能力の向上を図るものです。
音楽療法士の梶谷祐子さん。
もともと音楽家として活動していましたが、23年前から音楽療法を学びはじめ、
おととし、さぬき市に教室を開きました。
きっかけとなったのは、自閉スペクトラム症の息子・顕正さん。
2歳のころからカタコトで話していましたが、次第に話せなくなっていきました。
「息子が7歳の小学1年生になった1学期の最後に、もう言葉は消えてしまったんですけど、そのころは表情もなくなってしまって。笑うこともなくなってしまうし、泣くこともないし、無表情になってしまったんです」
なすすべがなく途方に暮れていた時に転機となったのが、初めて受けた音楽療法のセッションでした。
「驚くことに息子がセッション中に大泣きしたんです。泣けたことがすごいことだと思いました。ずっとふたをしていた不安だったり、『なんで僕言葉が言えなくなったの?』とかだったり、そういうのを一人で抱えて、誰にも言えなくて。どんな言葉を尽くしても伝えられないことが、音楽だと音一つでその子にポンと届くんだということを実感したし、息子はあの日に再び感情を取り戻した、もう一回生まれたみたいな、そんな感じでした。」
梶谷さんが寄り添っている家族①
光くんは自閉スペクトラム症で、言語の発達に遅れがあり、いままで言葉を発したことがありません。
そのため、言葉で感情を表すことができず、目線を合わせることも少なかったそうです。
お母さんの由貴さんはどう接したらいいか悩んでおり、
目を合わせながら心を通わせたいと願っていました。
梶谷さんがまずするのは、
好きになるものを見つけること。
この日は竹の楽器を渡そうとしますが受け取らず、
すぐに歩き回ってしまいました。
「竹の楽器はだめか・・・」と、
お母さんが楽器をおくと梶谷さんが!
「時々楽器を触るのは『鳴らしたい』『鳴らしてほしい』という意味かもしれないから、ちょっとやってみていただいてもいいですか?」
そうなんだ!
時々楽器を触ったり、視線を向けたり、
わずかなしぐさも梶谷さんは見逃しませんでした。
演奏が終わると、光くんは拍手をして喜んでいました。
「先生が『いまこうだね』と息子の見方を教えてくれることに『あ、そういうことだったんだ』と状態が分かるようになって、日常でも『あ~いまこういう気持ちなんだな』と考えるようになりました」
後日行われたセッションでは、お母さんにとって忘れられないものとなりました。
セッションが始まって、25分。
光くんがお母さんのひざに乗ったその時。
梶谷さんが、光くんが好きでよく鳴らしている金属系の音が出る楽器を、そばに置きました。
そしてピアノと歌を重ねていきます。
お母さんの前でリラックスする姿を見せる光くん。
そこに梶谷さんが歌いながら
声を出すことを促してみると・・・。
光くんが初めて「あ~」と声を出しました。
「すごいじゃない。『あ~』って発声するの初めてだね」
「家でも声は出さずに『あ』の口はしたりするんですけど、いままで声を出してくれたことがなくて・・・」
梶谷さんが寄り添っている家族②
梶谷さんの教室のコンセプトは、障害の有無や年齢に関係なく誰でも安心して音楽を楽しめること。
そして家族みんなで楽しさを共有すること。
ダウン症の陽向詩ちゃんは姉・陽彩乃ちゃんと一緒に教室に通っています。
「ピアノはお姉ちゃんしか行けないと思っていたところに梶谷さんの教室を知って、この子にも習わせられるものがあると知りました。『お姉ちゃんも連れて行ってもいいですか?』と聞いたら『お姉ちゃんもレッスンできますよ』と先生から言ってもらって。姉妹で一緒に習い事はできない、無理だろうなと思っていましたが、そんなことを関係なく受け入れてくれる教室だったので、いい場所を見つけたなと思いました」
教室に通い始めた頃の陽向詩ちゃんはマイペース。
一緒に音を合わせるというより自分の好きなように楽器を鳴らしていたそうです。
しかしセッションの回数を重ねていく中で、
梶谷さんやお姉ちゃんの陽彩乃ちゃん、
お母さんの伊津美さんと
一緒に楽器を鳴らせるようになりました。
また手遊び歌の「ビスケットの歌」も言葉と手の動きが一致していませんでしたが、
最近は歌いながら全部できるようになり、自信がついてきたといいます。
「好きなこととか得意だといえることができて、これから先自信とか楽しみにつながっていってくれるといいなと思います。最終的にはお姉ちゃんと一緒にピアノで1曲弾けるとか、そういうことができるようになってくれたらいいですね。」
音楽療法を広めるために
梶谷さんはいま活動の幅を広げています。
丸亀市から依頼を受けて、2月上旬に障害の有無に関わらず
みんなで一緒に音楽を楽しむことができるコンサートを開きました。
みんなで一緒に歌ったり、楽器を鳴らしたり、
ステージ上で踊ったり・・・。
コンサートの終盤、梶谷さんは息子・顕正さんとの思い出の歌をプログラムに取り入れていました。
「私の息子は言葉が話せず『あー』しか言えません。私は母親なので自分の息子の音楽療法はできないですが、知り合いの音楽療法士と息子がセッションをしていく中で『あー』だけでも歌える歌ができました。『あー』じゃなくてもかまいません。『いー』でも『うー』でも『えー』でもなんでも大丈夫です。あなたの『声』を歌に重ねてみてください。」
コンサート会場に来ることができない人に向けては、
障害福祉サービスの事業所などに出張し、
セッションも行っています。
利用者は音楽に合わせて体を揺らしたり、
楽器を鳴らしたりしており、
「楽しい!」という声も挙がっていました
音楽療法は認知症の方を対象に広がってきましたが、
いま自閉スペクトラム症や発達障がいの方などへも効果があると、
研究で徐々に分かりつつあります。
梶谷さんも春からは高松大学で音楽療法に関する講義を持ち、
より一層、音楽療法を広げていくことを目指しています。
「一生懸命子どもを育てていても、障害のある子のために、色んな情報を必死にかき集めて暮らしていても、なかなか音楽療法を受けられる場に出会えない。だからそういう場を、少しでも作っていけたらいいなと思っています。」