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「こども誰でも通園制度」先行自治体への取材で見えてきたものは

  • 2023年7月31日

親が就労していなくても子どもを保育所などに預けられる「こども誰でも通園制度」。
政府は少子化対策として、来年度以降の本格実施を目指すとしています。この制度をめぐっては、保護者を中心に賛成する声がある一方、保育現場からは、「負担が増える」「保育士の待遇改善が先だ」といった声が相次いでいます。そこで、すでにモデル事業を展開している自治体を取材してみると、見えてきたのは地域によって大きく異なる受け入れ体制と、必要なニーズの把握の重要性でした。
(首都圏局/記者 浜平夏子、桑原阿希・おはよう日本/ディレクター 後田麟太郎)

そもそも「こども誰でも通園制度」とは?

こども誰でも通園制度は、政府が掲げる“次元の異なる少子化対策”の目玉施策の1つとして、今、注目を集めています。

4月に発足したこども家庭庁が今、来年度以降の本格実施を目指して北海道から九州まで、全国31の自治体でモデル事業に取り組んでいます。

この取り組み、こども家庭庁のホームページなどをみると、親の就労などの条件はなく、保育所に通わせていない家庭でも、定期的に時間単位で子どもを預けられるようにするとしています。

私たちはモデル事業を行う自治体の1つ、石川県七尾市を訪ねました。七尾市は人口4万8000人、多くの地方同様に少子化が進んでいます。市内の認定こども園「聖母幼稚園」には、現在0歳から5歳まで25人が在籍していますが、20年前の4分の1に減少し、定員割れも出ていました。そこで、平成28年度から、こうした空いた枠を利用して、3歳未満の子どもがいる家庭なら就労の有無にかかわらず、預けることができる「在宅育児家庭通園保育モデル事業」(略:在宅育児通園保育事業)を始めました。この認定こども園では、8月からこの事業をもとに、国のモデル事業を始めるということです。

園長の黒澤郁代さんは、この事業の意義を次のように話しています。

黒澤郁代園長
「働くお母さんも仕事されていながら子育ては大変だと思うんですが、専業主婦などで自宅で育児をする方のなかには、孤独でつらい思いを抱えた方もいるんですね。定期的にこども園に子どもが通うことによって、子どもも友達が増えて、お母さんもママ友ができる。利用された方は必ず『通ってよかった』と言ってくれます」

事業で「救われた」女性の証言

利用者からも話を聞きました。七尾市に住む25歳の女性は、居酒屋の店長として働く夫と3歳の長男、2歳の長女と4人暮らしです。3歳の長男は認定こども園に通い、2歳の長女は県のモデル事業を利用して同じ園に通っているということですが、夫が深夜に及ぶ仕事のため、どうしても、女性が1人で育児をする時間が長くなっていました。

2児の母親
「自分の子どもだから、私が面倒みないとと、子育てすべて抱え込んでしまいました。2人の子どもが数時間泣き続け、睡眠不足でフラフラになり、自分がお風呂に入れないこともありました。」

「最近、表情が暗いよ。大丈夫?」と自身の母親から指摘されたのをきっかけに、この事業を利用して長女を認定こども園に週に数回通わせることにした女性。初めて3時間まとまって寝ることができたといいます。今は定期的に子どもを預けられることで、自分自身の心と体の健康を保つことができていると感じています。

「今の方が、子どもへの接し方が豊かになったように思います。24時間ずっと一緒にいた時期は、疲労感でいっぱいで、不安やイライラもあって、子どもへの言い方がきつい時もありました」

女性の表情をみて、この事業によって救われたんだなと実感します。ただ、保育現場から負担だという声はないのか、園長の黒澤さんに尋ねると、「平成28年度から実施して保育士も慣れたので大きな負担は感じないです」と答えました。その一方で、「“在宅育児通園保育事業で週1回だけ通う子ども”と“親が就労していて週5回通う子ども”を一緒に保育することの難しさはある」と話してくれました。

一方で、課題も見えてきたと黒澤園長は言います。

「週1、週2でこども園に通う子どもは、慣れるまでに相当時間がかかります。2人の保育士のうち、1人はその子にかかりっきりになってしまう。また、食事は特に気をつかいます。アレルギーは保護者に細かく確認が必要ですし、子どもの好き嫌いを把握するのも簡単ではありません。それに、みんなと同じ手作りのお面をかぶって夏祭り行事に参加しようとしても、週1、2では、お面の完成は難しい。随所で、保育士の工夫や対応が求められます。少子化の影響で余裕をもった保育ができている地方だからできることかもしれない。2人の保育士で12人の2歳児をみる状態だとしたら、私たちも厳しいかもしれません」

都市部のモデル事業は?

都市部のモデル事業はどうなっているか。
私たちは7月から取り組む東京・文京区を取材しました。文京区は人口23万人。東京23区の中でも文教地区として知られ、この事業も区が委託した保育所で7月から実施。5歳以下の未就園児を一日6人受け入れています。
ただ、その受け入れは容易ではありませんでした。区では当初週2回の利用を想定していましたが、募集開始してわずか10分で100人を超える人たちが殺到。急きょ募集を締め切り、利用を週1回に制限せざるを得なくなりました。
来年度からこの事業を本格実施するにあたり、何が必要不可欠か、改めて聞きました。

文京区の担当者
「なかなか保育にたずさわる人材の確保が難しい状況です。実際にどのくらいの受け入れ人数を設定できるかが、今後の大きなポイントになります」

さらに、東京のベッドタウンで、人口49万人余りの千葉県松戸市も取材させてもらいました。
2歳以下の子どもがいる家庭のうち、半数以上(55%)が未就園だといいます。
市はこれまで7か所の子育て広場などで、「一時預かり※注」の事業を行ってきました。
料金は1時間500円、一日およそ30人が利用しています。松戸市では、利用を問わず、いつでも子どもを預けることができます。利用者からは「病院に行ったり、家事をしたりする時に、この制度が利用できるので大変ありがたい」といった声が聞かれました。

※注)家庭において保育をうけることが一時的に困難になった乳幼児を、認定こども園や保育所などで一時的に預かる事業。自治体によって、利用の要件は異なる。

限定した家庭を対象に~必要なのはニーズの把握

こうしたなか、今回のモデル事業を始めることになった松戸市は、あえて事業についてホームページなどで広く周知することなく、特にサポートが必要な家庭に対して、職員が面接を行って必要性を判断したといいます。
「どうしてですか?」と問うと、担当者が示してくれたのが、市が去年子育て世帯に行ったアンケート調査でした。この結果で育児の孤立化など、定期的に支援する必要がある家庭が一定数あることが分かったため、今回のモデル事業では、そうした利用者に限って受け入れることを決めたといいます。

実際に、このモデル事業を利用している女性にも話を聞きました。
2歳と0歳の子どもを抱え、夫の通院にも付き添いが必要だという女性。今は週2回、子どもを保育園に預けられるため、本当に救われたと口にしました。

モデル事業を利用する女性
「夫の病気は予想外でしたし、子ども2人を同じ場所で定期的に預けられるので本当に助かっています」

松戸市の担当者
「保護者のニーズをキャッチして、必要な家庭に必要な支援を提供できるように心がける。保護者にとってもそれが一番いいことだと思います」

こども家庭庁はどう答えたのか

モデル事業を実施する3つの自治体を取材して感じたのが自治体によって、その受け入れ体制が大きく異なること、さらに、重要だと感じたのが地域ごとのニーズの把握です。

こども誰でも通園制度は、こうした実態をどこまで踏まえたものとして、実施されようとしているのか、こども家庭庁に聞きました。

Q.利用者のニーズの把握については

モデル事業の段階で、それぞれの自治体でどのくらいのニーズがあるかは、分かっていなかった。国としては定期的な預かりは有効だと思っていたが、やっと現場の状況が見えてきた段階。今後、どういう制度設計をしていくのかが一つ大きな課題です。

Q.新たな事業により、保育士の負担が増えるのではという懸念にはどう向き合う

そうした声は私たちにも届いている。モデル事業を行った保育士に負担感などを聞いていきたい。

Q.来年度以降の本格実施を目指すとしているこの事業は、その名のとおり、「誰でも」利用できるものになるのか

制度を始めるにあたり、全国統一の要件で始めるのは難しいと感じている。名称も「誰でも」というのはあくまで仮称なので、おそらく検討しなくてはならない。

専門家はどうみる?

保育学が専門の大阪教育大学の小崎恭弘教授にも話を聞いてみました。すると、小崎教授はモデル事業の分析が欠かせないとした上で、こう述べました。

大阪教育大学 小崎教授
「『こども誰でも通園制度』は本当の意味で保育を必要としている人たちに門戸が開かれたという見方もできる。ただ、通常の保育は、1週間継続をするなかで、子どもたちの成長や発達を保証するものだ。『こども誰でも通園制度』は、今までの保育の前提とは違う、大きな変更だと感じる。制度設計がまだ見えない点も相まって、現場は不安感、負担感を感じている。疲弊した保育現場を知ってもらい、そのうえでモデル事業を通して十分な検証と現場への説明が必要だ。」

みなさんの意見を聞かせてください

取材すると、モデル事業に取り組む現場はもちろんですが、こども家庭庁も試行錯誤の中にあるように感じます。
ただ、来年度から本格実施する場合、残された時間はあまりありません。必要なニーズをまずはしっかりと把握することだと思いますが、それにも増して大事だと思うのが、保育現場の負担感をいかに減らすか、ということです。さらに処遇の見直しも必要だと思います。

みなさんはどう考えますか?どうぞこちらまで意見や考えをお寄せください。

  • 浜平夏子

    首都圏局 記者

    浜平夏子

    2004年(平成16年)入局。宮崎局、福岡局、さいたま局を経て、2020年から首都圏局。医療取材を担当。

  • 桑原阿希

    首都圏局 記者

    桑原阿希

    平成27年入局。富山局を経て首都圏局。 福祉・医療分野のほか、学校現場への新型コロナの影響やヤングケアラーを取材。

  • 後田 麟太郎

    おはよう日本 ディレクター

    後田 麟太郎

    2015年入局。松山局を経て2019年から首都圏局。 これまで医療や介護・貧困に関心を持ち取材。

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