東京23区で最も人口が多い東京・世田谷区。しょうしゃな住宅が建ち並び、「住みたい街ランキング」でも上位の常連ですが、実は空き家の数が全国一となっています。なぜこれほど空き家が広がっているのか…。取材班は現場に足を運びました。
(不動産のリアル取材班/記者 竹岡直幸)
訪れたのは世田谷区にある高級住宅地。居並ぶ住宅はどこも立派な門構えで、庭もよく手入れされていました。しかし、たった一本路地を入ると雰囲気が一変。木々がうっそうと繁り、住宅も人けがありません。
時折風が吹くと木々が「ざわざわ」と音を立て、カラスの鳴き声が響きます。まるで誰もいない森の中に迷い込んだようです。住宅のポストをみると、投函されたチラシであふれかえり、門には鎖がかけられていました。
この区画を歩いて回ると同様の空き家が建ち並び、数えてみると10軒にものぼりました。近隣住民はこうした空き家をどのように見ているのか。25年前からこの近くに住む女性に話を聞くことができました。
近所に住む女性
「わたしが住み始めたときにはすでにこれらの空き家はありましたが、木がこんなにうっそうと伸びたのは15年くらい前ですかね。野生の動物が住みついていますよ。ハクビシンも見たことあるし、うちの敷地にはタヌキも出ました。動物が感染症を運ぶこともあるというので、みんな不安を抱えていると思います」
確かに取材中も住宅の敷地内に、野生の猫が何匹も出入りしている様子が見られました。
どうして高級住宅地に似つかわしくない空き家がこれだけ残されているのでしょうか。私たちは所有者の登記をたどって接触を試みたものの、取材には応じていただけませんでした。
そうなると、自分たちで調べてみるしかありません。
このエリアでいつから空き家が増え始めたのかと、周囲で聞いてみると、この地で生まれ育って70年だという男性がその手がかりを教えてくれました。
70代男性
「かつてここは田んぼが広がっていました。しばらくしてから木造の住宅が建ち並ぶようになり、住宅街となりました。空き家群となっている住宅には、高齢の夫婦や家族連れが住んでいたと記憶しています。ただ、20年ほど前から少しずつ空き家が増え始め、いまに至ります」
この男性の証言をもとに、現地の衛星写真を過去と今とで比較してみました。
(1945~1950年)
こちらは、戦後まもない時期の衛星写真です。まだ、このエリアには住宅はなく、田んぼが広がっているのが確認できます。
それから20年後、1970年代の写真です。
整然と建物が並んでいます。その様子は1990年ごろまでは上空から見る限り、変わりません。
ところが、2009年の衛星写真をみると…。
規則正しく並んでいた住宅が、樹木の中に埋没。その様子が変貌していました。さらに10年後の2019年には木々の密度が増し、住宅はほとんど見えなくなっていました。
こうした空き家の数は世田谷区内で約5万戸と、全国で最も多くなっています。(平成30年度土地統計調査)
こちらの分布図は区が戸建ての空き家について調べたものです。区内全域にまんべんなく広がっているのが分かります。
家族の思いが詰まった住宅。それがどうして空き家になってしまうのでしょう。私たちは多くの人々に話を聞いていると、住み慣れた家を2か月前に手放し、空き家になったという96歳の博さんが取材に応じてくれました。
博さんは世田谷区内で妻と息子の3人で暮らしていました。しかし、7年前に妻が他界。息子も病気で長期入院することになりました。
博さん自身も高齢で自立した生活が困難となり、ことし5月、介護施設に入所することに。
自宅の相続をどうするか、悩み続けましたが、入院中の息子が戻れるメドもたたず、どうすることもできなかったといいます。支援担当を務める女性は、次のように証言しました。
支援担当の女性
「博さんが入所するまでは、1日に3回、介護ヘルパーが訪ねて、お世話をしていました。ただ、もう1人で暮らすのは限界だったと思います。あのままでは孤独死も危ぶまれたので、家を出るという選択肢しかありませんでした。ご本人は“もっとこの家に住み続けたい”と言っていましたが、それはもうできない状態になっていたんです」
博さんが住んでいた家は、駅近の物件で不動産価格も高いとみられます。「もう少し早い時期から相続の問題は家族で話すことはできなかったのですか」と聞きました。博さんは、住み慣れたこの家で家族とずっと暮らしたいと考えていたため、家族の中で将来自宅をどうするか、踏み込んで話し合ったことはなかったと振り返ります。支援担当の女性に対して、空き家になった現状についてこうつぶやくこともあったそうです。
「50年近くも暮らした家だから、本当は誰かに住み続けてほしかった…」
世田谷区が行ったアンケート調査をみると、博さんのような理由で住宅を手放すケースは少なくありません。
「住んでいた人が亡くなり、住宅を相続したが、他に居住している住宅がある」という理由が最も多く23%。次いで、博さんのケースのように、「住んでいた人が介護施設などに入所又は入院」という理由が21.7%でした。
こうしてみると、居住者が死亡したり、介護施設への入所したりしたことが、空き家の原因となっているケースが全体の半数にのぼっているのです。
空き家問題に詳しい専門家に、どうして世田谷に空き家が多いのか、さらに、空き家を放置するリスクについて、NPO法人『空き家予防協会』森角和則理事長に聞きました。
Q.世田谷区に空き家が多い理由は
「世田谷区は、23区で最も人口が多く、高齢化率もあがっていて、65歳以上の世帯数が増えているのが現状です。また、住みたい街としても知られていますが、土地の流通価格が高いため遺産分割協議でもめてしまうケースが多くあります。相続人全員で遺産をどう分けるか話し合わなければならないのですが、相続には、亡くなった人の配偶者・子・孫(ひ孫以降)・直系尊属(父母や祖父母など)・きょうだい・甥や姪が関わってくるため、世田谷区のように資産価値が高い地域だと、関係者の協議は難航します。結果的に、管理されていない空き家はそのままの状態になってしまうのです
Q.空き家を放置するリスクは
空き家を放置すると、特定空き家(※注1)に指定される可能性があります。そうなると、固定資産税や都市計画税が何倍に増額される可能性があります。また、強制的に取り壊されれば、その費用も負担することになります。まずは、特定空き家に指定されないように、適切に住居を管理しなければなりません。そのためにも、これは難しいですが空き家とならないような対策こそ、何よりも求められます。
(※注1)空き家の中でも、不適切な管理により、倒壊の危険性や周辺環境に深刻な被害をもたらすおそれがあるものを自治体が認定する。2015年に施行された「空家等対策の推進に関する特別措置法」に基づく。
みなさんの街はいかがですか?
今回、私たちは世田谷区の空き家を取材しましたが、今や空き家は都市、地方を問わず深刻な問題です。また、当事者の人たちの話は、どれも身につまされることが多かったです。みなさんの身近なところではいかがですか?また、ご自身も空き家の問題に悩んでいるという方もいらっしゃると思います。みなさんの体験や意見を私たちにお寄せください。私たちは、この問題を引き続き取材したいと思います。