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人生の選択「女性が輝く古典落語を未来へ ~落語家 柳亭こみちさん~」

  • 2024年3月6日

さまざまな選択がある「人生」。人生の岐路で、どんな選択をしてきたのか…
今回は、数少ない女性落語家として活躍する、柳亭こみちさんを取材しました。
女性が輝く古典落語を、未来へ残そうと活動しています。

(ひるまえほっと/リポーター 八木菜月)

新宿末廣亭。昼のトリをつとめるのが、柳亭こみちさんです。

こみちさんの落語の特色は、テンポの良さと勢い!
女も男も多彩に演じ分ける。独特のアレンジを加え、古典落語に新たな命を吹き込んだと評価されています。

女性客

ご自分のオリジナリティというのを、すごくきらきらと輝かせてやっていらっしゃる。

男性客

男の目線の噺(はなし)が多いけれども、そうじゃなくて、女性目線で新たに作っていって、笑いにしていくっていうところの才能は見事だと思いますね。

古き良き情緒を残す、新宿末廣亭。若い時に通い詰めたこの寄席で、トリをつとめることは長年の夢でした!

柳亭こみち
さん

まぁもう、私入門しましてですね、21年経ってしまいまして。で、この2月、下関、この新宿末廣亭さんは私の噺家人生で、初めて末廣亭さんでトリをとらせていただいております。どうもありがとうございます。この日を夢みて歩んできたと言っても過言ではございません。

◆選択1◆「どうしても落語家になりたい」

大学を卒業したあと、出版社に入社したこみちさん。順調にキャリアを重ねていた27歳の時、ある落語家の舞台を見て衝撃を受けました。

 

何だろうこれはと。で、もう面白くて面白くて。

その落語家とは、十代目・柳家小三治さん。
重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝です。

 

自分が行ったこともないのに、その江戸の長屋の世界が、頭の中にわーって広がって。それまで私、客席で声を出して笑ったってことはなかったんですけど、その大師匠の小三治の高座聞いてゲラゲラくすくす笑って。

弟子にしてください、と門をたたいたのが、柳亭燕路さん。柳家小三治さんのお弟子さんです。

最初、その申し出は断られました。

柳亭燕路さん

私の亡き師匠柳家小三治に相談いたしまして、『私はその女性の落語家っていったら難しいんじゃないかと思います』って言ったら、うちの師匠も、『そう思う』ってそう言ってました。

『だけど誰かがパイオニアにならなきゃ、その芽をお前は潰しちゃいけない。もしかしたらその子が、女性の噺家としてのパイオニア。ああいう噺家になりたいっていうモデルが誰か一人いないと、あとは続かないから。とったらどうだい』って。

ようやく入門を許された、こみちさん。
しかし、落語家の世界は、いわば男社会。厳しさを実感することになります。

 

男性と同じレベルにいるためには、やっぱり男性の役を普通に当たり前のように演じられないと、そっから先進めないんですよね。
今まで男性の演者しかいなかったので、男性はゼロからのスタートなんですよね。
女性はその男性の役を演じるという、マイナスからゼロにするまでに大きな苦労があるところがあって。

地声を鍛えたりするなど、男の落語家に負けないよう懸命に努力をしますが、時には厳しい批判にあうこともありました。

 

悔しくて悔しくて、帰りの電車だったんですけど、涙ぼろぼろぼろって出てきて。習ったものをまっすぐやって、はいやりました。よかったね。で終わっちゃいけない。

この世界で女性の落語家として生き残るため、何とか自分にしか出来ない落語をものにしたい。そう考えて、精進を重ねました。

◆選択2◆「子育てと、落語の両立」

こみちさんは落語家になって7年、二つ目の時に結婚。
小学生になる男の子が2人います。少しでも時間がある時は、子供と一緒に過ごすことにしています。

 

昔はすっごいはやく走ってるふりして、で、『捕まった!』とかやってたんですけど、もう今はもう無理ですね。大きくなっちゃって。

落語家を続けながら結婚することには、こみちさんは何の迷いもなかったといいます。

 

うちの師匠も大師匠の小三治も、小さん師匠もみんな、結婚して家庭があって、で落語なので、俺たちは結婚してるけどおめえはダメだって言うわけがないんで、もう当たり前の流れで。

夫は、漫才師の宮田 昇(みやた しょう)さん。
出会ったのは、芸人同士の野球大会でした。こみちさんの一目ぼれだったといいます。
昇さんは、落語と家庭を両立させて頑張るこみちさんの姿を、一番近くで見続けてきました。

昇さん

頑張ってるんじゃないですか、本当に。全部、落語の事務作業から、全て1からやらなきゃいけないんですよね。チケットを売るだのなんだのって。トータルで考えたら膨大な仕事の量なんで、それプラス、家の事やってるというのは、これは大変なことなんですよ。

 

もうお父さんのおかげで本当に毎日無事に、高座に上がれるし、家もまわってるんで、いつもありがとうございます。

 

あぁ、こちらこそ。

 

とってつけたように!

 

なんだよ。笑

家庭を持つことが落語家にとってマイナスではない。と信じて進んできたこみちさんですが、大きな壁が。2013年、長男が誕生。2か月間の産休をとり、再び高座に上がった時のことです。

 

やっぱりそれまでこう八っつぁんや隠居さん、長屋の人たちといつでも一体化しようとしてたのに、急に何かベールの向こうの人になっちゃったっていうか。長屋の人たちが。ちょっとこう落語をやるのに、何か自分が全身全霊かけきれないっていうか。アドレナリンが出ないというか。

少しの間でも高座から離れると、古典落語の世界が遠くなってしまう。
お客さんたちを喜ばせることができない。落語というもののこわさ・難しさを実感しました。

 

次男のときもすぐ復帰ですね。みんな落語で切磋琢磨してる時に産休長らくとっている場合じゃないと思って。産んだその日にはもう病院のベッドで横になって稽古してましたし。

出産を機に、落語の神髄にふれたこみちさん。2017年、こみちさんはいよいよ真打に昇進。

◆選択3◆「女性を 主人公に」

自分にしかできない落語をものにしたい。
実はこみちさん、長年かきためていたノートがあります。

 

これは私の落語の演目のノートです。

入門した直後から、教わった噺を書き溜めてきた、こみちさんのノートです。
そこに、少しずつ赤ペンで文字を書き加える様になりました。

もし主人公を女性にしたら、どうなるか。その時のせりふや演出が書き込まれています。

 

自分がやってて楽しいのはどういう話かっていうと、女の人が落語の中に出てくるとやっぱり楽しいんですよ。気持ちが分かる、この人のっていう人が出てくると、楽しいんですよ。
で、私が落語やるときにはそうやって一人登場人物の中に女の人が出ていると、主役級で出ていると、お客さんがすごい喜んでくれます。

こうしてこみちさんは、古典落語でおなじみの演目に登場する女性を主人公にして書き換え、舞台で次々に披露するようになります。

これまでに書き改めた古典落語の名作は、50以上。
「そば清」の大食いの男は、こみちさんにかかると、大食いの女に。
「寝床」の男主人は、おかみさん。
そして「壺算」は、壺を買いに来た男が、大阪のおばちゃんに。

 

例えば壺算っていう話ですね。兄弟分がいて、それで兄貴分が値切るんですけど、それ私が、その習ったとおりにやっていたら、お客さんね、もうひたすらもう辛そうな顔して、早く終わんねえかなみたいな顔してたんですね。
で、これを値切り役をおばちゃんにして、大阪のおばちゃんにしたんですよね。そしたらお客さんすっごい喜んでくれるようになったんですよ。もう今はそれをやるのが楽しくて楽しくて。
で、そういう手法をやるようになっていなかったら、今よりずっとネタ数少なかったと思いますし、全然違う人生になっていたと思います。

念願の末廣亭のトリ。いよいよ迎えた初日。この日選んだ演目は、「二番煎じ」。

袖に引き上げてきたこみちさん。
ちょっと残念そうな表情。オチをかんでしまったといいます。

 

サゲ(オチ)かんじゃった。

駆け寄った先にいたのは、末廣亭の会長さん。

会長さん

40年ここにいるけど、サゲかんじゃったっていったトリはお前が初めてだよ!

 

いやもう本当にサゲかんじゃいました初日で!

 

叫ぶな、サゲかんじゃったって!

 

もう~サゲかんじゃった。

悔しい気持ちはいっこうにおさまりません。

この日、こみちさんがSNSにアップした文章です。

もっともっと精進して、お客さんに喜んでもらえる落語にしなければ。
本番を前に、カラオケボックスにこもって、特訓です。

そして、出番です。

「嬉しいなあ~はいはい?え?なに?それだったらねもう、おたきさんに間に入っていただくまでもなく、おたきさんはね、あっしのかみさんなんですよ。えぇ、もうおたきさんとあたしは一緒になることに昔からなってましたから。もう、おたきさんとあたしは夫婦です。聞いてよ、大変なことになったわ。大変よ!どうしたの?おたえちゃんそんな顔してどうしたのよ?息あらくして」

「大変よ!おせんちゃん。あたしたちのきっつぁんが」

「あたしたちの恋するきっつぁんが!」

「お前なにやってんだい!お仕事募集中です。知らねえよそんなことは!」

「噺家がこんなところで何やってんだい!」

「噺家ですからね、いまおちたところです」

大きな拍手のなか、高座を終えたこみちさん。
この日の手ごたえは…?

 

お客さんすごいあたたかくて、すごい明るくて、とってもいいお客様なのに一番いい自分をみせられなくて。もう~これはね鍛錬がたらないんですよ。

常に自分に厳しく、女性を主人公にした落語を磨き込んでいく。そうすればこの落語は、女性だからこそ演じられる噺になるかもしれない。

柳亭こみちさん
「これからの古典落語がこういう形もあっていいんだよっていうことを、なんていうかできるだけ未来に残したいんですよね。なんかそういう風に落語界がなっていくと、これだけ女性の噺家が生まれた意味があるんじゃないかなって思っています」

 

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