ひるまえほっと

  • 2023年11月9日

人生の選択「星空を語る 〜永田美絵さん〜」

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さまざまな選択がある「人生」。人生の岐路で、どんな選択をしてきたのか… 
今年(2023年)は、プラネタリウムが発明されて100年の記念の年。 
今回は、そんなプラネタリウム“生解説”の第一人者、星空解説員の永田美絵さんの人生の選択をご紹介します。

永田さんは、プラネタリウムにとどまらず、NHKのラジオ番組「子ども科学電話相談」では天文分野の先生を担当。プラネタリウム100周年のイベントでは司会を担当したり、全国各地で星空に関する講演をしたりと、第一線で活躍されています。 
幼いころから、「解説員になりたい!」という夢を星に願い続けて来た永田さんの人生の選択を、取材しました。

(ひるまえほっと/リポーター 佐藤千佳)

星空解説員 永田美絵(ながた・みえ)さんです。

渋谷にあるプラネタリウムで、チーフ解説員を務めています。 
投影は、いつも大盛況!お客さんのお目当ては、このプラネタリウムの名物“生解説”です。 
永田さんの豊富な天文学の知識。加えて、聞く人誰をも星空のロマンへといざなう、優しい語り口。天文ファンのみならず、多くの人を魅了します。

永田さんについて、先輩解説員の村松修さんに聞くと…

村松さん

星を使っていろいろな話題を提供できるという幅広さが一番ですね。小さい子供からお年寄りまで全部カバーできるというところが、永田さんの投影のすばらしいところですね。

そんな永田さん、小さいころには、すでに、解説員になることを決意していたといいます。

永田さん

よく父に連れられて、川崎にあるプラネタリウムに小さなころから行っていたんですけども、そこで解説を聞いていまして、こんなふうに星のお話ができるお仕事につけたらなと思って。

憧れの解説員として「星を語る」

プラネタリウムの解説員になるため、永田さん、大学では、物理学を専攻。サークルは、もちろん天文部!周囲に「解説員になりたい!」と日頃から話していたところ、アルバイトで解説員をやらせてもらえることに。

※永田さん提供写真

解説員は、空きがないとなれない、非常に狭き門でしたが、幸運にも募集があり、大学卒業後は、解説員として就職しました。 
そのプラネタリウムが、「五島プラネタリウム」。戦後、東京で初めてのプラネタリウムとして渋谷にオープンした老舗です。生解説が、多くの人々の心をつかみ、開館当初は、年間75万人もの観客を楽しませました。

晴れて、プラネタリウムの解説員になった永田さん。 
大好きなプラネタリウムで解説をする。やりがいを感じて、充実した日々を送っていました。

永田さんの選択① フリーの解説員に

そんな永田さんに、転機が訪れます。2001年。五島プラネタリウムが閉館になってしまいました。 
娯楽が多様化するなか、観客は最盛期の5分の1にまで落ち込んでいました。永田さんは、解説をする場所を失いました。 
しかし、「解説員を諦める」という選択肢は、なかったといいます。

※永田さん提供写真

そこで永田さん、「フリーの解説員になる」という選択をしたのです。 
フリーとして、単発の仕事を中心に、4つのプラネタリウムを掛け持ち。アルバイトでしのぎながら、解説員の仕事を続けました。しかし、当時は、バブル景気が過ぎて、プラネタリウムが減っていく“冬の時代”でした。 
永田さんは、プラネタリウムの閉館に、3回立ち会ってしまったといいます。 
そんななかで、永田さんの背中を押したのは、お客さんの言葉でした。

 

実は、閉館する時に、お客さんが、初めて、『ここのプラネタリウムで、こんな思い出があるんだよ』とか『ここに、来たおかげで、すごく楽しかったんだよ』っていう思い出をね。話してくれるんですよ。

それを、いっぱい聞きまして、そして、そういったお客さまの声が、『あー、やっぱり星を見上げる空間を、なくしてはいけないし、そこでやっていきたい』というふうにすごく思ったんですね。

お客さんの声を聞いた永田さん、悩んだすえに、自分の使命に気が付きました。

地球が誕生して、生き物がここにいるっていう事がどれほど、奇跡的なのかっていうことが、すごく分かったので、これを伝える事が、きっと私の「ミッション」なんだなって。

 

『解説員ができなければ、私は、駄目だ』と思っていたんですけど、近所の子どもたちを集めてね、お話をするでも、いいですし。おじいちゃんおばあちゃん、集めてするでもいいですし。そういうように生きればいいんだって。

“建物の中にあるプラネタリウムでなくても、「星は語れる」。” 
そこで始めたのが、なんと、プラネタリウムの「出前」です。

出前解説 ※永田さん提供写真

当時出始めた「空気でふくらませるドーム」を会場に持ち込んで、その中で、星空の解説をしました。呼ばれれば、ショッピングモールや病院など、どこへでも!忙しくも、充実した日々でした。

 

モバイル(移動式プラネタリウム)って、すごく面白いんですよ。お客さんの距離が近くて、反応がすごくいいので。ですから一時期は、このお仕事をずっと続けていこうかなと。良い仲間もおりましたので。

永田さんの選択② 再び、プラネタリウムの解説員に

フリー解説員として10年ほど経った頃、二度目の大きな選択に迫られました。 
2010年。渋谷の地に、プラネタリウムが復活することになったのです。 
立ち上げに携わっていたのは、五島プラネタリウム時代の先輩解説員・村松修さん。永田さんに、真っ先に声を掛けたといいます。

 

『どうしても来てほしい!』と言って、お願いをして、来てもらったんです。まあとにかく、何でもできるスーパーウーマンですから。

永田さんは、考えた末、自身のミッションに照らし合わせて、選択をしました。

 

私が少しでもね。お客様に大勢伝える事ができるとしたら、渋谷の、この新しいプラネタリウムでやらせていただくほうが、ミッションに合うだろうというように思ったんです。

こうして、再びプラネタリウムの解説員となった永田さん。10年の間に、投影されるプログラムは、最新のCGや、音響などを駆使して、事前に制作されたものが増えていました。 
一方で、「解説員の持ち味を生かして、伝えられる魅力もある」。思い切って、生解説の投影を増やしたのです。

 

渋谷は、真逆でいこうって思ったんですね。ほかが、まあ、そういった、あまり生解説が多くないのであれば、ここが渋谷という大都会だからこそ、逆に人のぬくもりが感じられるような生解説で、やったほうがいいんじゃないかということで。

永田さん 
解説中

さぁ、今日の太陽が沈んでいくところから見ていきましょう…

佐藤 
リポーター

これ、原稿って…?

 

 

ないんです。原稿を読みながら、ポインターを使って上を見て話すことはできないので、一切原稿はないんですね。ですので、来たお客さまに合わせて、大人の方が多ければ大人向きのお話しをしたり、お子さまも多ければ、ちょっと飽きないように、物語やお子さま向けに話をしています。だから、言うことは毎日違います。

永田さん 
解説中

私達人間の脳というのは、上を見上げていると、未来のこととか、成功したこととか、ポジティブなことを考えがちなんだそうです。ですから、『今日はちょっと疲れちゃったな。落ち込んじゃったな』っていうときこそ、こうして夜空を見上げてみてください。それでは、今頃見えている秋の星空をご紹介しましょう。

星空の解説にとどまらず、優しい言葉が紡ぎ出す “永田ワールド”。 
投影を見たお客さんは、癒されて、帰っていきます。

再び、渋谷の地にともされたプラネタリウムの光。土日の投影は、毎回ほぼ満員。年間10万人が訪れ、星空に思いを馳せます。永田さんの生解説も、1万回を超えました。

 

いくつになっても星を見上げることはできますし、どんな国の人であれ、どんな身分の人であれ、星は同じですので、星を見上げて、さらに、星を語れるお仕事についたというのは、自分の中では人生最大のご褒美だなって思っております。

 

 
リポーター 佐藤千佳

 

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