海と山をつなぐ味「みかんの花咲く丘」作曲家 孫の思いとは
- 2023年01月24日
『みーかんーの花が 咲ぁいている♪』
童謡「みかんの花咲く丘」。小学校の音楽の授業で歌ったのを覚えている人も多いかも知れません。戦後間もない昭和21年、作曲家 海沼実が作り、大ヒットした童謡です。
この作曲家の孫が、西伊豆で一本釣り漁師をしていると聞きました。しかも今、伊豆のみかん農家や観光業を元気づけたいと、‟みかん”を使った加工品を作っているそうなんです。
一本釣りの漁師さんがどうして加工品を作っているのでしょうか?さっそく彼の住む、西伊豆町安良里に向かいました。
(NHKニュース たっぷり静岡 2022年12月23日放送)
一本釣り漁師 海沼勝さんを訪ねて
「西伊豆町の安良里港、到着です!」
安良里は駿河湾から1キロほどの細い入り江になっていて、外洋の強い波や風がしのげる天然の良港です。
船だまりに向かうと、いらっしゃいました。
田中「こんにちは!」
海沼さん「こんにちは」
さわやかな笑顔で迎えてくださったのが、作曲家、海沼実さんの孫、海沼勝さん(49歳)。タチウオやカンパチ、イサキなどを釣る一本釣り漁師です。
音楽一家に生まれ、子どもの頃から音楽の英才教育を受けてきた海沼さん。しかし大の釣り好きで、音楽の道ではなく、大学で水産学科を選択します。その後水産会社に勤め、10年前に安良里で一本釣り漁師となりました。
特にタチウオ釣りの腕は評判で、1晩に100匹を超える釣果をあげることも珍しくありません。
私も釣り好きですが、子供の頃の夢を叶えて一本釣り漁師になるとは、その情熱に頭が下がります。
「タチウオ、見ますか?」(海沼勝さん)
冷蔵庫から出したクーラーボックスの中は……
釣ったばかりタチウオがぎっしり!鮮度のいいピカピカの状態で本当に美しかったです。
「お腹の中からは深海性の小魚やサクラエビがよく出てきます。駿河湾のいいものを食べているので味はいいと思いますよ」(海沼勝さん)
海沼さんが力を入れているのは漁だけではありません。釣ったタチウオを自ら加工して販売しています。
燃料価格の高騰や、後継者不足など、漁業を取り巻く環境が厳しくなる中で、いかに魚に付加価値をつけるかが課題だと考えているからです。
自信作は「タチウオのみりん干し」。水産会社で働いていた経験を生かし、栄養面や味にもこだわりました。地元の西伊豆町をはじめ、全国にファンがいるそうです。
実は、今取り組んでいる‟みかん”の加工品づくりもこのみりん干しがきっかけでした。
伊東市のみかん農家に届いた「タチウオ」
安良里からは伊豆半島の反対側(東側)にある伊東市。
海や町を見下ろす峠道沿いに「みかんの花咲く丘」の歌碑があります。
作曲家、海沼実は実際に電車でこの地を訪れて作曲し、今、JR伊東線の宇佐美駅と伊東駅、国府津駅では電車の発車メロディーとして流され、多くの人に親しまれています。
この地でみかん農家をしている稲葉始さんです。知人からもらった「タチウオのみりん干し」を食べた稲葉さんは、あまりのおいしさに驚いたと言います。
「タチウオはこれまで何度も食べていましたが、感動するような味だったんですよ。もっと食べたいと思いまして」(稲葉始さん)
稲葉さんは直接、海沼さんのもとへタチウオを買いに行きました。海沼さんが作曲家の孫だと知ってさらに驚いたそうです。
海沼さんもまた、祖父ゆかりの地のみかん農家と知り合い、みかん談義に花が咲きました。
一方で、伊東のみかんの生産も水産業と同じように元気がなく、後継者不足やみかん畑の耕作放棄地が増えている話を聞くことになりました。
みかん風味のタチウオの西京漬けを作ろう
『祖父ゆかりの伊東市のみかんを盛り上げることはできないか』
海沼さんは稲葉さんと一緒にみかんを使った加工品で地域を元気にしたいと思いました。
白身のタチウオは、焼いたときにカボスなどのかんきつ類が合うことで知られています。
焼いたときにかんきつ系の風味を楽しめる食べ物は何か……。
「西京漬け」を思いつきました。
こうして開発に乗りだしたのが、みかん風味のこうじみそ「みかんみそ」です。
少し黄色いのは、みかん果汁が半分も入っているからです。
試したのは稲葉さんの作る8種類のみかん。
甘みと酸味のバランスの良い「青島」と「はるみ」という種類に絞りました。
試験を続けることおよそ1年。砂糖を使用せず、みかんで十分な甘みを出すことに成功しました。
完成には300キロものみかんを使用したそうです。
去年(2022年)12月、こうして伊豆の「海の幸」と「山の幸」をつないだ加工品が完成しました。
伊東市のファーマーズマーケットで、販売会が行われました。
試食会では子どもから大人まで口々に「おいしい」の声。販売会は大好評でした。
祖父からの‟元気のバトン”をつなぐ
田中「それにしても、釣るところから、お1人でなさるのは大変だと思います。
どんな気持ちで取り組んでいるのですか?」
「祖父の海沼実が作った曲は、戦後の日本の復興に尽くした人々を癒して、多くの人を励ましたと言われています。いま、伊豆半島は観光業ではコロナで疲弊していますし、みかん農家さんも厳しい状況が続いてます。微力でもそんな地域のみなさんに元気になってもらえればと思っているんです」(海沼勝さん)
やはり祖父への強い思いがあるようです。
実は海沼さんが誕生したとき、祖父はすでに他界していました。
それでも小さい頃から聞かされてきた祖父の話に親しみを覚え、今でも会話の中で時々出てくる祖父のことを、海沼さんはニコニコと「おじいちゃん」と呼びます。
最後に海沼さんがこの楽譜を見せてくれました。
海沼実が作曲した「夢のおそり」という曲です。
「おじいちゃんの曲の中でこの曲が一番好きなんですよ。おじいちゃんの曲の中では珍しくテンポのいい曲で、聞くといつも元気をもらうんです」(海沼勝さん)
戦後の復興期に祖父の音楽で多くの人に届いた「元気」のバトン。
勝さんもそのバトンを受け継ぎ、つなごうとしているのかなと感じました。
そんな感想をお伝えすると……。
「おじいちゃんは音楽でしたが、私は食べもので直接、人を元気にしますよ!」(海沼勝さん)
そう言って笑う海沼さん。
先行き不透明な社会情勢で、暗いニュースも多いですが、海沼さんのお話しをきいているうちに私も気持ちが前向きになってきました。
ひとりの漁師が地元を元気にしようと奮闘する姿に、元気を頂きました!
海沼さん、どうもありがとうございました。