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AIと水中ドローンで"桜えび"調査 資源回復に光?

NHK静岡「しず海ひろば」田中洋行アナウンサー "桜えび"漁に乗船取材。
  • 2022年12月30日

「このところサクラエビが取れないんだよ。海がおかしいんじゃないか…」
ここ数年、静岡の友人と話すと、よくこの話題が上っていました。
日本でまとまったサクラエビの漁獲があるのは駿河湾だけ。言わば静岡の宝ともいえる海の幸です。私は2009年にも名古屋放送局の番組でサクラエビ漁の乗船取材をしています。当時、年間1300トンの水揚げがあったサクラエビ。しかし、この4年の水揚げは100~300トンまで落ち込んでいます。
何が起きているのでしょうか?駿河湾の宝は大丈夫なんでしょうか?
春と秋、期間を設けて行われているサクラエビ漁。
秋の漁に同行して漁の様子を取材させてもらいました。
そこには資源を守るために自らに厳しい漁業制限を課したり、最新技術の導入試験をしたりと、漁のありかたを懸命に模索する漁業者の姿がありました。

海がおかしいんじゃないか

駿河湾。きれいに見える海ですが…

水産関係の仕事をする友人は私と一緒に学生時代、海洋生物を学んだ仲間です。
彼が「海がおかしい…」と言うのにはわけがあります。
サクラエビの一生はおよそ15カ月。1匹のメスが産卵期間に生む卵の数はおよそ1万8000個とされています。
わずか数センチの小さな生き物ですが、1年ちょっとの命の中で1匹が2万個近い卵を産むのです。
オキアミや小さなエビは食物連鎖のピラミッド中で低い場所に位置する生き物で、一般的に魚などに比べて増えるスピードが速く、量も多いのが特徴です。南極近くの海でクジラがオキアミを食べても食べても減らないのはオキアミの繁殖力の高さがあるからです。
南極のオキアミと駿河湾のサクラエビを同じと考えるのはちょっと乱暴かもしれませんが、増える時はかなりの勢いで増える生き物であることに違いはありません。(オキアミとエビは似ているようで分類上、違う生き物です)
サクラエビを取るのを1年やめればサクラエビは自然と数をもどし、2年も我慢すれば自然のバランスの中で回復してくると考えられます。ところが、3年、4年と漁獲の制限をしても資源が回復しない。
「サクラエビが卵を産んでも、生き残る数が少ない……」サクラエビ漁に関わる人たちは、この数年起きていることは、こう推察されるというのです。

だから、「海がおかしいんじゃないか」。

静岡の海の宝「サクラエビ」

結論から言うと、ハッキリした原因はわかっていません。
専門家は卵が駿河湾の外に流れているのではないかと詳細な海流を調べたり、卵を食べる生き物が増えたのではないかと調べましたが、特定には至っていません。このため長年の漁による影響や水質の変化、それに黒潮の流れ方など、今は複合的な要因で減少したのではないかと考えられています。

こうした厳しい状況の中、漁業者がいまどのような漁をしているのか、実際に漁を見せてもらうことにしました。

乗船取材 厳しい漁獲制限

午後3時。静岡市清水区にある由比漁港から出港する船に乗せてもらいました。出港したのは22隻。以前取材させていただいたときより、ずいぶん寂しい出港風景に思えました。取りすぎを防ぐため、船の数を半分にしているのです。

出漁する船は組合に所属する船の半分
サクラエビ漁の乗船取材は13年ぶり(※救命胴衣は腰)

向かう海域は大井川の沖。由比漁港からは50キロ近く離れています。
これにも理由があります。駿河湾を海域ごとに区切り、事前の調査から、取っても資源に影響しにくい海域を選んでいるのです。
大井川の沖は駿河湾の奥(富士川沖)より資源が安定していているようです。
現場に到着。日没を待ちます。

サクラエビは、日中、深海200~300m付近にいて、夜になると浅い場所まであがってきます。1日の間に深海と表層を行き来するサクラエビの不思議な生態です。
漁は水深100mより浅いところに浮上してきたサクラエビを取ります。
はたしてエビは浮上してくるのでしょうか。
黄昏の時間、漁師さんたちは船ゆっくり進めながら魚群探知機でサクラエビの群れを探します。

エビの大きさは35ミリに

網をひく海域では、まず代表の船が「試験網」を入れます。

丸い「試験網」 これで群れの状態を調べます

本番の網よりもずいぶん小さい網で、群れの状態を調べるために使用します。
漁獲する基準となるエビの大きさは35ミリ。
これより小さなエビは産卵前と考えられるため、取るのを控えています。
35ミリ以上の大きさであればすでに産卵を終え、春までに死んでしまう個体が多く、人が消費しても資源に大きな影響を及ぼさないと考えられています。
35ミリのサクラエビはその海域にどのくらいの割合いるのか。漁をする海域ごとにその割合が決められており、秋の漁ではこのサイズを気にしながら行われます。

網を引くのは1回限り 20分に制限

魚群探知機で群れを確認できたら、本番の網を入れます。網の長さは150m。サクラエビのいる深度までおろし、2隻で引っ張って漁獲します。
以前はひと晩に何度も網を入れたり、網を1時間以上引っ張ったりしていましたが、今は1回限り。
網を引く時間も20分に制限しています。

この日、魚群探知機で群れの状態を見ていた船長、ポツリと「群れはあまり良くないな」と言いました。
魚群探知機の反応が薄いようです。
果たして、サクラエビは入っているのでしょうか?

甲板に設置された大きなリールが網を巻き上げていきます。
網が絞られ、船への水揚げが始まります。
中を覗くと……。たくさんのサクラエビが泳いでいました!

網の中は文字通りの桜色
網の中に太いホースを入れ、サクラエビを海水ごと吸い上げて漁獲します。海水とエビは船の前方のかご(箱)に次々と送られていきます。
ジャバジャバとサクラエビがかごを満たしてゆく様子は壮観です。

ひと箱15キロのエビが入る四角い箱。この日は40箱もの漁獲がありました。予想以上の漁に船長も「これぐらいあったらいいら!エビもでかいじゃん!いい、いい!」と満足げでした。
正直、取材をする前は不漁を心配していましたが、短時間にもかかわらず多くのエビが取れたことに、私も少し緊張が解けました。よかった。

「我慢して我慢して トンネルの先に光が見えてきた」 県桜えび漁業組合組合長

夜9時。漁から戻る船を静岡県桜えび漁業組合の組合長、實石正則さんが待っていました。

実は、この夏に行われた県の調査では、親エビや、卵が回復している傾向が見られていました。
実際はどうなのか、漁が始まってずっと気になっていました。
「秋のエビとしては上等です。我慢して我慢してトンネルの先に光が見えたかなって感じですね」厳しい制限の中で取れる量は限られていますが、エビの状態はよく、数も増えていると言います。

「トンネルの先に光が見えてきた」
静岡の宝「サクラエビ」を絶対に守らなければならない一方で、漁業者の生活も守らなければならない。これまで苦しい決断をしてきた組合長の気持ちが伝わってきました。

水中ドローンとAIで サクラエビの大きさ測る

漁に同行させてもらって、ひとつ気が付いたことがありました。長い経験のある船長でも、魚群探知機を読んで群れの状態を把握するのは難しいのです。
今回、薄いと思っていたサクラエビの群れは、意外にも良い群れでした。
實石組合長は今、網をかける前のサクラエビの大きさをより詳しく確認できないか、研究者とともにあるシステムの開発に取り組んでいます。

サクラエビの群れに水中ドローンを入れ、その画像をAIに読ませることで大きさを測定。さらに群れの密度なども観測しようというものです。研究は、大学や専門学校、静岡市の外郭団体などと共同で行っています。
グループでは3年前から深海にカメラを沈め、エビの泳ぐ様子を撮影してきました。そして、AIに「サクラエビやその他の生き物との違いや」「サクラエビの泳ぐ形」などを学習させてきました。

データを可視化した画像がこちらです。緑の枠は小魚か、別の種類のエビかまだ判別できないもの。黄色はAIがサクラエビと判別したものです。

AIがサクラエビを測定している画像
大きさ 35ミリのサクラエビ

サクラエビと判断されたものは体長が示されています。
人の目では追い付かない量のサクラエビを瞬時にサイズ測定する技術。デジタル技術が海の中に応用されていることにびっくりしました。まだ解析には時間がかかり、瞬時にサイズを測定するには至っていませんが、静岡の宝を守ろうと、漁業者と研究者が一緒に力をあわせ、取り組みを進めていました。

人は自然とどうバランスをとっていくか

12月25日、2022年の秋の漁が終わりました。2018年以降の秋の漁では最も多い漁獲となりました。それでも實石さんは気をゆるめることなく、来年春以降も、資源の回復が「確信」から「確証」に変わるまで注意深く漁を続けていくことが大事だと言います。

「サクラエビは自然の生き物です。漁業者が資源回復のためにできることは、漁獲努力量(漁業が与える影響)をどれだけ減らせるかということです。一方で僕らは経済活動だから、やはり資源が大丈夫なギリギリの線を見極めないといけない。来年春以降も、サクラエビの回復が‟確信”から‟確証”に変わるまで資源を保護しながら操業しないといけない」

『人は自然とどうバランスをとっていくか』最近、あちこちで聞かれるようになった問いです。

サクラエビ漁は130年の歴史がありますが、その歴史の中で漁業者は初めて、資源(自然)とのギリギリのバランスに直面しているのかもしれません。
サクラエビがいなくなってしまったら漁業者も生活できなくなるという深刻な問題です。
春と秋の季節の味として毎年楽しみにして、その恵みにあずかってきた私たち。
駿河湾の宝を守るためには、私たちも無責任ではいられません。
取材を通して、目の前の海に関心を寄せ続けることが大事だと改めて感じました。

いずれ水中ドローンが資源管理で活躍する時代が訪れるかも知れません
  • 田中 洋行(たなか ひろゆき)

    NHK静岡 アナウンサー

    田中 洋行(たなか ひろゆき)

    静岡の大学で海洋生物を学び、NHKアナウンサーに。 長崎・福井・名古屋・東京・千葉に勤務。潜水アナとして 流氷の下からサンゴの海まで各地の海をリポート。さらにインドの山奥から槍ヶ岳の山頂まで、様々な大自然も取材・リポートしてきました。 「しず海ひろば」で静岡の海の話題を発信していきます。

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