なぜ私たちが 被害者家族の思い

15年前、仙台市若林区で発生した強盗傷害事件。
帰宅途中だった男性が2人組にかさのようなもので左目を刺されて一時、意識不明の重体になりました。
男性はこのときの傷が原因で今も後遺症で苦しんでいますが、犯人は逮捕されておらず、今月18日に時効が迫っています。
時効を目前に男性の妻がNHKの取材に応じ、心境を語ってくれました。

※この事件は2023年11月18日に時効が成立しました。

仙台放送局 藤家亜里紗

《事件の影響はいまも》
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15年前に起きた事件の被害者、菅原邦彦さんと、妻の恵子さんです。
邦彦さんは脳に損傷を受けて、いまも1人で歩いたり、長いことばを話したりすることができません。

今回の取材で、邦彦さんとは直接会うことができませんでした。
ことし8月に体調を崩し、入院しているからです。
妻の恵子さんも、週に1回、家族のうちの1人に15分間だけ許されている面会で、別の家族と調整しながら邦彦さんと会っているそうです。
取材に協力してくれた恵子さんが、面会の際に邦彦さんの姿を撮影してくれました。

《いまも未解決 時効迫る》
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邦彦さんが襲われたのは2008年11月18日。
午前1時ごろ、会社からの帰宅途中に突然、2人組の男にかさのようなもので左目を刺され、意識不明の重体になりました。

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当時、現場付近では作業着のような服を着て頭に白いタオルを巻き、邦彦さんから奪ったとみられるショルダーバッグをかけた男が目撃されていました。
犯人につながる有力な情報だとして、警察は現場周辺での聞き込みや防犯カメラの解析など捜査を続けてきました。しかし、有力な手がかりはなく、事件発生から15年となる今月18日に時効が迫っています。

《奪われた未来》
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妻の恵子さんは、時効になってしまうのを前に、少しでも情報が集まるきっかけになればと今回、取材に応じてくれました。
事件当時、邦彦さんと恵子さんは恋人同士で、婚約した直後でした。

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サッカーが好きで、社会人チームでもプレーしていたという邦彦さん。
夢中になって足の指に黒い血豆ができたことを恵子さんに話していたといいます。
その数日後に、事件は起きました。

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連絡を受けて恵子さんが病院に駆けつけた時、邦彦さんは頭から足まで全身ガーゼのようなもので包まれた状態でした。わずかに見えた足の指に血豆を見つけ、邦彦さん本人だとわかったといいます。
意識がなかった邦彦さんは何度呼びかけても反応がなく、恵子さんは現実をすぐに受け止めることができなかったといいます。

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恵子さん
「顔も本当に彼なのか分からなかった。一瞬にしてこんな風な人生になるんだと思って、頭の中は『なんで?なんで?』というのがずっと続いていました」

《邦彦さんを支える決意》
その後、邦彦さんは一命をとりとめ、数か月後に意識は回復しましたが、重い後遺症が残りました。
寝たきりで介護が必要な状態でしたが、それでも大切な存在だった邦彦さんのそばにいたいと、支えていく決意をします。
邦彦さんが東京の病院でリハビリ生活をしていた時は、金曜日に仕事が終わるとそのまま夜行バスに乗って宮城から東京まで会いに行っていたといいます。
そしておよそ2年後、邦彦さんが宮城に戻るタイミングで一緒に暮らし、今度は自宅でサポートを始めました。

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自宅で邦彦さんの介護を始めてからも、仕事を続けた恵子さん。
帰宅すると訪問のヘルパーと交代し、介護にあたる日々が続きました。

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ヘルパーと情報交換のために使っていた連絡用のノートです。
自宅に22冊あり、見せてくれました。

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“本日も文章レベルでの会話を楽しめました
 調子がいいと右手右足の操作もスムーズです”

ノートには邦彦さんのその日の様子が記録されていて、ひとつひとつできることが増えていくたびに回復に向かっていることを実感していたといいます。

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事件から3年余りたった、邦彦さんの誕生日。
家族の支えや懸命なリハビリで体調が回復したことから、2人は結婚しました。

一方で、その後も事件による脳の損傷でけいれんを起こすことも多く、救急車で搬送されることも。
恵子さんはそのたびに仕事を抜けて病院に駆けつけました。
邦彦さんの調子に一喜一憂してきたといいます。

恵子さん
「絶望的な感情になったり、それとは反して、彼の頑張りでまた前向きに気持ちが高まったりとか、そういう波が激しかったような気がしますね」

《時効を目前にした今》
ここ数年は邦彦さんの体調も安定し、2人で旅行に出かけることもあったといいます。
しかし、邦彦さんはことし8月に体調を崩して再び入院してしまいました。

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恵子さんは今、1人で自宅で過ごしています。
取材を受けてくれた日、料理をしながら、台所にある3本のお酒の缶を見せてくれました。

恵子さん
「これは、邦彦くんが事件の前に家に来たときに置いていたもので。
 怪我をする前のものなんです。なんか捨てられなくて」

最近は簡単なものを作って食べることが多いという恵子さん。自宅に邦彦さんがいないことにさみしさを感じているといいます。

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邦彦さんが入院したため1人で過ごす時間が多くなった恵子さんはふと、なぜ自分たちがこのような目にあわなければならないのか考えてしまうそうです。
時効が廃止された殺人事件などとは異なり、強盗傷害事件には時効があるため、発生から15年となる今月18日になると捜査は終結します。
恵子さんは犯人が今もどこかで暮らしていると考えると、憤りと悔しさが抑えきれないといいます。

恵子さん
「時効になったらそこで期限で終わらせられちゃうんだっていうことを考えると本当に悔しい。私たちは時効までに犯人が逮捕されることを望んでいるのに、それと真逆の考えでカウントダウンをしているとしたら、本当に許せない。時効が来ても後遺症は残るし、それを支える生活も続いていく。私たちだけが現実に取り残されるようで悔しい」

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時効までのこり僅か。
それでも恵子さんは犯人が罪をつぐなうことを願っています。

恵子さん
「自分たちが犯してしまったことに対して、きちんと罪を償って出頭してほしいです。罪を償わずに平然と生きていていいなんていう世の中であってはならないと思います」

事件は2023年11月18日に容疑者が特定されないまま時効が成立しました。
時効を受けて恵子さんは

「今まで感じたことのないつらい気持ちがあふれています。
捜査が終了しても、何の罪もない夫の体は戻らず、これからも夫が不自由な体での生活を強いられ、私がそれを支えることに変わりはありません。犯人を一生 許すことはできません」

とコメントしています。

 

【取材後記】
取材の中で恵子さんが話してくれた、「時効が来ても、邦彦くんの後遺症が治るわけでもない。邦彦くんと彼を支える私の生活はずっと続いていく」ということばが忘れられません。
ひとつひとつの事件で捜査ができる時間は限られ、たとえ時効になったとしても被害者の“事件に巻き込まれた”という事実は変わりません。邦彦さんのように受けた傷がその後の人生に大きな影響を与え、その傷にも向き合い続けなければいけないこともあります。恵子さんの思いを知って、何か少しでも情報を持っている人がひとりでも多く警察に提供してくれることを願っています。

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仙台放送局記者
藤家亜里紗
仙台局が初任地
2年間の石巻支局を経て
現在は事件取材を担当