精神医療センター移転問題 障害のある人の思いは

宮城県が進める4つの病院の再編問題で、村井知事は、名取市に新たな精神科病院を公募する案を打ち出し、みずからの進退にまで言及しました。
長年、精神病を患ってきた名取市の男性と女性を仙台放送局の内山太介記者が取材しました。


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まず、宮城県が進める病院の再編計画を整理します。

県の計画では、医療機関を偏りなく配置するとして、▼仙台市にある「仙台赤十字病院」を、南部の名取市に移して「県立がんセンター」と統合。
一方で、▼名取市にある「県立精神医療センター」と仙台市にある「東北労災病院」を、北部の富谷市に移します。

このうち「県立精神医療センター」の富谷市への移転では、センターを利用する患者をはじめ、関係者から反対の声が広がりました。

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8月31日。

村井知事は突如、名取市の県高等看護学校の用地で、精神医療センターの代わりとも言える、民間の精神病院を公募する案を示しました。実現すれば、形の上では仙南地域から精神科病院がなくならないということになりますが、そう簡単な話ではありません。

精神科の治療では、患者と医師、それに看護師などとの信頼関係が、特に重要とされているからです。

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センターには、1か月あたりのべ2700人ほどの利用者がいて、関係が構築された医師たちが別の場所に移るとなれば「代わりの病院ができればよい」という問題ではないのです。

さらに、懸念を抱いているのは利用者だけでありません。

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名取市では、昭和32年に前身の病院ができたのをきっかけに、退院してもケアが必要な人を支えようと、精神障害がある人にも対応する「地域包括ケア」の仕組みが、長年かけて築かれてきました。

精神医療センターの周辺には、グループホームや就労支援施設、作業所が設けられるなど支援のすそ野が広がっています。
センターをいまは利用していない、症状が落ち着いた人たちも支えているのです。

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名取市に住む精神障害を抱える60代の男性は、仕事のストレスで20代のときに妄想や幻覚の症状が現れ、県立精神医療センターで20回以上、入退院を繰り返してきました。

いまは、毎週金曜日に、隣の仙台市太白区にある障害者の就労支援施設で、絵画教室のリーダーとして仲間と一緒に絵を描いています。
同じ主治医と、時間をかけて症状に向き合って治療を続けるとともに、地域に居場所が見つかったことで、症状が安定してきたというのです。

「楽しんでやっています。ほっとする時間です。私もメンバーも」

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もともと絵が好きだった男性は、就労支援施設の理事長から勧められ、油絵を描き始めました。患者団体の冊子の挿絵も描き、包括支援の活動に参加するようにもなりました。

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しかし、いまでも安定剤と睡眠薬は欠かせません。症状は安定していますが、万が一、急変したことを考えると、精神医療センターが身近にある安心感は大きいと言います。

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「若いときからずっといるので、精神医療センターは『第二の故郷』です。医療スタッフへの『この人だからお任せできる』というのがあるので、取り替えがきかないんです。センターがあそこになくなったら地域で暮らせなくなります」

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センターを中心とした支援の仕組みは、治療面での安心感だけでなく、暮らしの居場所も作り出してきました。

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センターを27年前に退院した60代の女性は、名取市のグループホームで生活し、近くにある障害者の自立を支援する作業所に通っています。

取材した日は、編み物でたわしを作っていました。

「楽しいですよ。友達にもあげたし、バレンタインでメンタルヘルスの職員の方にもあげたし」

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閑静な住宅地で、スタッフによる健康管理や食事の支援を受けながら、同じような症状がある人たちと暮らしています。

「ここに住み始めて何年?」
「分からないくらい20年以上はたっていますね。でも、居心地がいいから離れたくないのよね。いくら年を取っても離れたくないのよ」

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精神医療センターの元副院長でグループホームを運営する小泉潤理事長は、富谷市への移転や代わりとなる民間の病院の設立によって、地域包括ケアのシステムが崩れかねないと懸念を強めています。

「精神医療センターを囲むようにできた支援の仕組みは、いろんな努力があって、うまく連携するさまざまな組織ができ、とてもいい状況ができているのに、ぶっ壊して何もないところに移転するのは問題だ。患者は入院中に診てくれた医者、自分のことを分かってくれている医者に診て欲しい。だから新たな病院ができたって、その医者がいないところに行く人は誰もいない」

県は、名取市に設けたいとする新たな民間病院について、年内に事業者の候補を決めたいという方針を示しています。

精神医療センターの利用者だけでなく、その周辺の人たちにも広がっている懸念の声に、村井知事は、どう耳を傾け、応えていくのか。これからも取材していきます。

 

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仙台放送局 記者 内山太介
1996年入局
静岡局、名古屋局、福井局、新潟局、科学・文化部を経験
2022年8月から8年ぶりに仙台放送局
専門は原発とエネルギーで、医療や科学を中心に幅広く取材