テロ等準備罪」
議論のポイントは?

「共謀罪」の構成要件を改めた、「テロ等準備罪」を新設する法案の審議が、国会で始まりました。日本の刑法の原則では、犯罪は実行があって初めて処罰されますが、「テロ等準備罪」は、一定の要件を満たせば、重大な犯罪の実行前の段階での処罰を可能にします。政府・与党が「テロ対策として必要だ」と訴えているのに対し、民進党などの野党は、「内心の自由を侵す」と批判して、与野党が真っ向から対立しています。テロ等準備罪で何が変わるのか。そして、議論のポイントを解説します。(政治部 稲田清記者)

「テロ等準備罪」って?

「過去3回、廃案となった『共謀罪』を設ける法案を、国会に提出しようと思っている。ただし、『共謀』の文字は入れない」

法務省の複数の幹部が明かしたのは、去年8月でした。
共謀罪をめぐっては、団体が重大な犯罪の実行を共謀すれば罪に問えるとしたことから、「居酒屋で上司を殴ろうと意気投合すれば、処罰される」といった指摘が相次ぎました。
政府・与党は、こうした懸念を払拭(ふっしょく)しようと、『共謀罪』の名称を変更するとともに、処罰の対象となる団体を限定し、対象犯罪を絞り込む方向で調整を行いました。そして、ことし3月、「テロ等準備罪」を新設する法案を国会に提出しました。

では、「テロ等準備罪」とは、どういう罪なのでしょうか?
法案によると、①テロ組織や暴力団などの「組織的犯罪集団」が、②ハイジャックや薬物の密輸入といった重大な犯罪の実行を計画し、③メンバーの誰かが、「資金又は物品の手配、関係場所の下見その他」の「準備行為」を行った場合、④計画した全員を処罰する、というものです。

処罰可能な範囲はどうなる

それでは、現在と比べて、「テロ等準備罪」が新設された場合、処罰可能な範囲がどうなるのか具体的なケースで見てみましょう。
何人かで拳銃を使って殺人を犯そうとした場合、①まず、一緒に人を殺そうと「計画」し、②次に、資金を用意するなどの「準備」を行い、③そして、けん銃を入手するなどの「予備」を経て、④「実行」となります。

今の法制度では、犯罪は原則として、④「実行」があって初めて処罰されますが、殺害のために拳銃を入手するなど、重大な犯罪が起きる「客観的に相当な危険性」がある場合、③「予備罪」が適用されることも例外的にあります。

これに対し、「テロ等準備罪」が設けられれば、組織的な殺人や飛行機のハイジャック、それに覚醒剤の密輸入など、組織的犯罪集団の関与が想定される277の重大な犯罪については、①の「計画」の後、②の資金を「準備」した段階で処罰が可能になります。

内心の自由は?

政府は、被害が大きいテロなどの組織犯罪対策を進める上で、犯罪の実行前の早い段階での処罰を可能とすることは有効だとして、「テロ等準備罪」の必要性を訴えています。
一方、▽民進党などは、心の中で思ったことが罰せられる、つまり、憲法が保障する「内心の自由」が侵される危険性が大きいと批判しています。
こうした懸念について、政府は、「共謀罪」と違って「テロ等準備罪」では、「資金又は物品の手配、関係場所の下見その他」の犯罪の「準備行為」が無ければ罪に問えないため、懸念はあたらないとしています。
これに対し、▽民進党などは、どのような行為が重大な犯罪の「準備行為」にあたるかがあいまいで、例えば「ATMで生活費をおろす行為」が「資金の調達」、「散歩」が「逃走経路の下見」と見なされかねないなどと指摘しています。

「テロ等準備罪」が成立するための条件に「準備行為」を加えたことが、「内心の自由」の侵害への歯止めになるのか。法案審議の焦点の1つになります。

なぜ必要なのか?

このように意見が分かれる「テロ等準備罪」ですが、政府は、「国際組織犯罪防止条約」を締結するために必要だとしています。
この条約は、国連加盟国のうち187の国と地域が締結していて、締結国の間では、犯罪人の引き渡しがよりスムーズになるほか、お互いの捜査協力をいっそう進めやすくなるもので、重大な犯罪の実行で合意した場合などの処罰を可能とする法整備を各国に求めています。
政府は、3年後に東京オリンピック・パラリンピックの開催を控える中、こうした法整備として「テロ等準備罪」を新設し、条約を締結することで、日本が国際的な組織犯罪捜査の「穴」になっている現状を改めたいとしています。

ある法務省の幹部は、条約を締結できていない影響について、「大規模な金融事件で資金の流れを把握しようと、アジアの金融拠点の国に銀行口座の情報提供を求めたが、条約を締結していないことを理由に断られた。組織的な殺人事件の被疑者の海外逃亡先が分かっても、相手国の協力を十分に得られないケースもある」などと話しています。
これに対し、▽民進党や共産党なども、国際的な組織犯罪を防ぐために条約を締結する必要性は認めていて、平成15年に国会が条約を承認した際には、自民・公明両党とともに、当時の民主党や共産党も賛成しました。そのうえで、民進党などは、条約の締結に「テロ等準備罪」の新設は必要ではなく、現状のままでも締結できると主張しています。今の法制度にも、「殺人予備罪」や「通貨偽造等準備罪」など、犯罪の実行前の段階で処罰できる規定が60余りあり、条約が求める法整備はすでに満たされているというのが理由です。さらに、今後、テロ対策などで法整備の必要性が生じれば、個別の立法措置で対応すればいいとしています。

このように、そもそも「テロ等準備罪」は必要なのかも、法案審議の論点になりそうです。

一般の人は処罰されるのか?

そして、私たちにとって、最も関心が高いのが、一般の人も処罰される可能性があるのかという点です。

法案では、処罰の対象は、テロ組織や暴力団、それに振り込め詐欺集団といった、「組織的犯罪集団」に限るとしています。このため、政府は、企業や組合などの一般の団体が処罰されることは無いと強調しています。ただ、一般の団体でも、犯罪を繰り返すなどして、目的が一定の犯罪を犯すことに「一変」すれば、「組織的犯罪集団」と見なすこともありえるとしています。

そこで議論になっているのが、何をもって団体の性格が「一変」したと判断するのかです。政府は、オウム真理教を例に挙げ、ヨガサークルが、脱会者の拉致、信者の殺害、サリンを製造するためのプラント整備といった犯罪を重ねるうちに、犯罪の実行を目的とする「組織的犯罪集団」に「一変」していったとしています。つまり、ある日突然、「一変」したと見なすのではなく、犯罪を重ねたかなど、さまざまな要素を踏まえて、団体の性格が「一変」したかどうかを慎重に判断するというわけです。

これに対して、▽民進党などは、判断するのはあくまでも捜査機関であり、政府にとって不都合な運動をする団体について、恣意的(しいてき)に「組織的犯罪集団に一変した」と判断しかねないと批判しています。そのうえで、「テロ等準備罪」で処罰されるのをおそれて、団体の活動が萎縮してしまうのではないかと指摘しています。

また、▽一般の団体の性格が「一変」したか見極めるために、捜査機関が、団体の活動のほか、メンバーの間の電話やメール、SNSでのやり取りなどを日常的に監視することになるのではないかという懸念も出ています。
政府は、「組織的犯罪集団」になったのではないかという具体的な疑いを持った時点で捜査を始めるので、疑いが生じてもいない一般の団体の正当な活動を継続的に監視することは無いとしています。

「テロ等準備罪」が私たち、一般の人にも関わってくるのかという論点であるだけに、法案審議でも激しい議論が展開されることになりそうです。

法案審議で問われるものは

時間や場所、手段、そして相手を選ばずに世界各地でテロ事件が相次ぎ、過激派組織IS=イスラミックステートが標的として日本を名指しする中、テロ対策や組織犯罪対策の強化が求められているのは確かです。
そうした観点からすると、「テロ等準備罪」は、重大な犯罪の実行前の早い段階での処罰を可能にするので、犯罪の未然防止には効果的だと言えます。ただ、だからこそ、その反作用として、「心の中で思ったことが罰せられるのではないか」、「内心の自由が侵されるのではないか」といった懸念が出ているわけです。

政府は、「国民の懸念などを受けて、『共謀罪』が3度、廃案になった経験を踏まえ、『テロ等準備罪』を新設する法案は、社会の安全と自由が両立する内容になった」としています。であるならば、その内容を法案審議で具体的に分かりやすく説明できるのかが、政府に問われていると思います。

政治部記者
稲田 清
平成16年入局。鹿児島・福島局も経験。野党クラブで国民民主党や共産党を担当。趣味はダイビングと船釣り。