次郎 ニューヨークへ
~担当記者同行記 後編~

国連の温暖化対策サミットや関連のイベントに出席するため9月下旬にアメリカのニューヨークを訪れた小泉進次郎大臣。同行記者のルポ・前編では、海外の記者とのやりとりがかみ合わない会見の模様や「ステーキ発言」の波紋などをお伝えしたが、後編ではいよいよサミット本番を迎える。大臣の現地での様子や、なぜ日本はサミットで発言することがなかったのかなどをリポートする。(社会部 環境省担当記者 杉田沙智代)

いざ本番!温暖化サミット

ニューヨークに来て3日目となる9月23日。いよいよ国連本部で温暖化対策サミットが開かれる。
ここまで、小泉大臣の初めての海外出張は「セクシー発言」などのややどうでもよい話題でしかニュースにならなかったが、きょうが本番である。私は宿泊先のホテルを出て近くでドーナツを買うと、ちょっぴりかじりながら会場へ向かった。
ちなみに大臣が宿泊していたのは警備の事情もあって結構高級なホテル。私は予算などの事情もあってそのホテルには泊まれず…、すぐ近くのホテルに拠点を構えていた。
国連本部ビルまで向かう道中、前の日の夜の大臣の囲み取材でのやりとりを思い出した。
記者:日本に足りないと感じたことは何?
小泉環境相:まず一つは、発信が下手。もっとアピールすればいいのに、それを全然やっていないね。この世界は少なくとも英語は絶対話せないとだめだと思う。国連の場で通訳を使っている人はいないでしょ。日本の政治家が行って、そこで通訳がいるという時点で勝負にならないと思う。それに加えてきょうは中国の要人とも少しお話をしましたけれども、相手は中国語、私は英語、そして中国語の通訳が中国人が言っていることを私に英語で返す。この状況ですよ。だから考えさせられますね。もっと兵力を増やさなければと。
大臣、とにかく英語力には自信ありのようだ。
語学ができることはもちろんアドバンテージになる面もあるが、問題はどこまで中身が伴うか…。微妙な表現が必要な時は、通訳をつけてもいいと思う。
要は何を相手に伝え、日本として何を主張するかが重要なのだから。
このニューヨークで、大臣が世界に向けてどのような発信をするかに注目である。私は、厳重な警備体制がとられているニューヨーク市内の中心部を抜けて、国連本部へ到着した。
国連本部の中の大きな会議場。
いよいよサミットの本番スタート。
この会議、国連のグテーレス事務総長の呼びかけで開かれた。
各国から首脳級が続々と集まってくる。
ドイツのメルケル首相、イギリスのジョンソン首相、フランスのマクロン大統領、インドのモディ首相…。
出席したのはおよそ60か国の代表。
次々に登壇しておよそ3分ずつ自分たちの国の取り組みについて演説を行っていく。いずれも温暖化対策に積極的な国々で、スピーチの中では、再生可能エネルギーの大幅な導入や、石炭火力発電所の廃止、途上国へ資金の支援などを次々に打ち出していた。

トランプそっくりさん…いや本物 すぐ退席

このサミット、当初アメリカのトランプ大統領は欠席と伝えられていた。
しかし、始まってしばらくした頃、会場にちょっとしたざわめきが。
あれ、トランプさん登場…?
私はてっきり来ないものだと思い込んでいたので、一瞬そっくりさんかとも思ったが、どうやら本物のようだ。
トランプ大統領、結局何も発言することはなく15分ほどで出て行ってしまったが…。

日本は発言…しない?できない?

日本を代表して出席したのは小泉環境大臣である。
ちなみに国連は安倍総理大臣に招待状を送ったそうだが、「日程の都合がつかず欠席」という返事だったとのことだ。
サミットの開催は1年前から決まっていたのに、それでも都合がつかないって…。
政治の世界は難しい。

この「日程の都合がつかず」について、環境省の幹部などにもあれこれ聞き回ったのだが、誰に聞いてもその詳細については「分かりません」とはぐらかされてしまった。
まあ、ここをごりごり詰めても得られるものはなさそうなので、私は小泉大臣への取材に集中することにした。

この温暖化サミットで日本の発言はないということは、事前の取材でわかっていた。
ただ東京にいるデスクからは「そうは言っても、何も発言しないならニュースにならないだろう」と言われていたので、私も「予定が変わって何か言ってくれないかなあ…」などと淡い期待をしていた。
しかし、やはり大臣はひたすら傍聴席に座っているだけで、ひと言も発言はなかった。
正確に言うと「国連から、発言の機会が与えられなかった」のであるが。

結局、私は「小泉大臣 温暖化サミットに出席するも発言なし」という内容の原稿を書いて東京に送るはめになってしまった。
ニューヨークまで出張に来て、メインの会議の原稿がこれではちょっと気まずいな…。

進次郎に聞いてみた

では、なぜ日本は発言の機会が与えられなかったのか?
サミットに出席後、報道陣からこのことを問われた小泉大臣はこう話した。

「発言をしなかったのではなく、できなかったので。前段として、首脳級あるいは副首相、そこまでしかスピーチをする機会は与えられないということ。まずはそこをご理解いただきたい」

「きょうスピーチの場には立てなかったとしても、発信できる場はいくらでもある。それを最大限生かそうという思いがあったので、いろんな機会を通じて、私はできることを私なりに全力を尽くした」

つまり、安倍総理大臣は「日程の都合」で来られないが、代わりに出席した環境大臣である自分は首脳級ではないので発言権はない、という説明だ。

実は、前日にもこんなやり取りがあった。

記者:サミットがいちばんの発言の機会なのに、日本にはない。日本は「外された」という指摘もあるが?

小泉環境相:その事実は全くないです。ロイター、フィナンシャルタイムズ、ニューヨークタイムズからも同じ質問を受けましたが、明確に「違います」と言いました。総理は日程が合わないからサミットに出られない。そして、そのサミットでスピーチをするのは首脳級のみ。それが経緯です。

記者:ただ、中国は外相がスピーチする。ロシアも副首相。ある程度、融通がきくのではないか?

小泉環境相:最初は私もそう思いましたね。だから環境省にも『押し込め』と言いましただけど、ロシアと中国は副首相クラス。首脳級というのはそういうことだから。

 

「宿題」の答え 持っていなかった日本

つまり、環境大臣は格下で首脳級と言えないから発言はできないってこと?
うーん…全然納得できないなあ。

もし、本当に日本として各国にアピールする内容があり、その必要があるのであれば、発言できる人が出席すべきなのだ。
総理が無理な場合、それに準じるクラスの閣僚でいいのなら、英語が堪能だという茂木外務大臣や河野防衛大臣(前外務相)を連れてくればいいんじゃないのかな…、などと思ってしまった。
あと、副総理だと麻生財務大臣か。

でも、大先輩に対して小泉大臣から「一緒に来てください」なんて頼めないよなあ…と考えたり。

しかし、あちこち取材したところ、どうも出席者の問題ではなさそうだった。

関係者の話を総合すると、今回、国連のグテーレス事務総長は参加する各国に「温暖化対策の具体的かつこれまで以上の取り組みを持ち寄るよう」求めていたという。
具体的な対策がない国には発言の機会を与えないという強い姿勢だったようだ。
各国に宿題を出しておいて、「その宿題をしてこなかった場合は発言させないよ」ということだ。
それだけ温暖化への危機感が強いということでもあるし、ある意味まっとうな考えだとも思う。

実際、温暖化対策に後ろ向きな姿勢のアメリカは、トランプ大統領が出席したが会議での発言機会はなかった。日本については、二酸化炭素を出す石炭火力発電所を減らすという世界の流れに逆行して逆に増やしているとして、ヨーロッパなどから厳しい目で見られている。
たとえ安倍総理が出席しても発言の機会が与えられなかった可能性があるという指摘も。

つまり、出席者が首脳級でなかったことで発言できなかったのではなく、日本の取り組みそのものの問題なのではないだろうか。

その同じ会場では、首脳級でもないスウェーデンの16歳、グレタ・トゥーンベリさんが力強い演説を行い、世界中から注目されることになった。

グレタさんの悲痛な訴え「響いた」 で、どうするの?

グレタさん、ちょっと怖いくらい鬼気迫る表情でスピーチをしていた。

「あなた方は私たちの声を聞いている、緊急性は理解していると言うが、この状況を本当に理解しているのに行動を起こさないのであれば、あなた方は悪そのものであり、信じることができません」

温暖化対策に向けて具体的な行動をすぐに起こさないことを厳しく批判した。

グレタさんのスピーチを会場で生で聞いていた小泉大臣。どう感じたのだろうか。

「やっぱりいちばん響いたのはグレタさん。紙は持っていたけど、ほとんど目を通していない、自分の言葉で言う。目に力があるし、腹の底から思っているってわかるじゃないですか」

大臣、やはり政治家だからか、まずはグレタさんの演説での所作が印象に残ったようだ。

「若い世代に対する責任を、私も含めて、みんなが重く受け止めたと思う。日本は今のままではいけない。今のままでいいなんて、決して思っていない。日本の存在感を発揮するということが大事だ」

日本の取り組みが今のままではダメだということを感じ取ったようで、そのことをしきりに強調していた。

ただ、実際に今後どうしていくのかについては相変わらず言及がない。
具体的な政策をどう打ち出すか、あるいは自分はどうしていきたいか、については依然としてはっきりと口に出さないのであった。

背を向けられる日本

今回、各国の参加者に話を聞いても日本に対しては厳しい声が聞かれた。

ケニアの政府関係者「日本には目覚めてほしい。他の国々とともに、石炭火力発電から再生可能エネルギーへの移行を実行してほしいと思っている」

ナイジェリアの環境団体関係者「日本がどう取り組んでいるのか全く知らない。ただ、日本やアメリカは気候変動の対策についてあまり熱心ではないということは知っている」

日本なんて温暖化対策の分野では相手にしていない、とばかりに、つれない対応の海外の関係者も多かった。

我々メディアも含めて、日本の環境問題への取り組みの甘さに厳しい目を感じた。

母校にセンチメンタルジャーニー?

「正直、学生時代は勉強が苦しかったから、ニューヨークって聞くと胸が苦しくなる」

出発前、こう語っていた小泉大臣。
大臣は日本の大学を卒業したあと、3年間ニューヨークにあるコロンビア大学の大学院に通っていた。

今回のニューヨーク滞在中、大臣の希望で母校を訪問する機会もあった。

ここでは、日本人の学生や研究員たちと意見交換をした。

「みなさんにお会いできたことを感謝しています。最も楽しみにしていたのがこの会だったんです。携帯で全然撮っていいからね、ツイートしてもいいし」

一瞬、「温暖化対策の会議に公務で来ていて、これって思い出の場所巡りでは?」と思ってしまったが、サミット本番を終えたあとなので、やぼな突っ込みはしないことにしよう。

ちょうどランチの時間だったので、会場では肉やサーモンなどがぎっしりと挟まれた豪快なサンドイッチが出された。

「学生の時は、こんな立派なサンドイッチは食べられなかった。ピーナッツバターとジェリー(ジャム)のサンドイッチばかりだった。あれが好きで、もし時間があれば、買って帰ろうかな」

総理大臣の息子といえども、アメリカ留学中は苦労もしたのかなあ。
いやいや、大臣の思い出話に聞き入っている場合ではない…。

グレタさんの演説に刺激されたのか、コロンビア大学で大臣はいつもより少し熱く語っていた。

「国際社会の気候変動に関する関心度、特に若い人たちの盛り上がり、危機感は日本とは全く違う。日本では政治の課題の中で重要課題にもあがっていない。そして一人一人の気候変動に対する捉え方にも世界とのギャップを感じる。それを埋めていきたい」

いつものキレは鳴りを潜め…

ニューヨークでの最終日。
最後の大臣の囲み会見で、私はこんな質問をぶつけた。

記者:2050年までに二酸化炭素の排出量をゼロにする「脱炭素」。これを言うか言わないか、国際的には注目されている。Who’s next(次はどこの国)だと思いますか。

小泉環境相:必ずネクストは生まれると思う。ネクストで終わらずに、次々に連鎖していく。そういうことを生まなければ意味がないと思うので。その仕掛け、何ができるかを考えていきたい。

記者:日本ではない?

小泉環境相:将来的にどこまでいけるか、まだそこはさまざまな関係者の中で、どのようにコミュニケーションを取り、理解を深めていけるか。そこも大きく関わると思います。

決して、「次は日本の番だ」とは言わないあたり、事務方のレクチャーを忠実に守っているのか、大臣になって安全運転を意識しているのか…。

いま、世界では2050年までに二酸化炭素の排出を事実上ゼロにする取り組みを進めている。

今回、日本は具体性や新しさのある取り組みを示すことができなかったが、最後にずばり「2050年までに環境省が中心になってなんとかする!」と言ってほしかったのだが。
大臣という立場になると、関係省庁と調整もあるし、個人的な意思は示しにくいのは分かるが、キレのいい決意表明はニューヨーク滞在中、ついに聞かれなかった。

ちなみに、この夜は大臣と報道陣との懇談会が開かれたのだが、ここでの発言も特筆すべきことはなかったので省略する…。

次は温暖化対策の国際会議「COP25」

ニューヨークに出発する前、「日本の取り組みを国際社会にアピールしていきたい」と意気込んでいた小泉大臣。
帰国前、報道陣に囲まれると「いろんな機会を通じて、私はできることを私なりに全力を尽くした」と大変満足そうに締めくくった。
ある意味、この感覚はすごい…。

温暖化対策に具体性がないと指摘されている日本。
「行動を起こさないのは悪」というグレタさんの厳しい言葉は、なんだか日本に向けられているような気がしてならなかった。

ことし12月には地球温暖化対策の国際会議「COP25」が南米のチリで開催される。
小泉大臣も出席する予定だ。

今回の会議での「何も言えなかった日本」から、2か月後にはどこまで変わっているのだろうか。

チリでのワインも楽しみにしながら、私は引き続き、温暖化をめぐる世界の状況や各国の取り組み、そして小泉大臣のさまざまな動向を取材していきたいと考えている。