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辺野古敗訴 デニー最大の修羅場で何が 

揺れた40日
  • 2023年10月17日

「本日までに承認を行うことが困難であるということを国土交通大臣に回答をした」

10月4日夕方、沖縄県庁。

去年、2期目の当選確実が伝えられ、支持者とともに歓喜のカチャーシーを舞ったのとは対照的に、険しい表情でこう語った。

1か月前の9月4日、沖縄県民を二分してきたアメリカ軍普天間基地の移設工事は大きな節目を迎えた。

県に工事の承認を義務づける司法の最終判断が下ったのだ。

1か月にわたり悩み抜いた末、出した結論は、事実上の「不承認」だった。

沖縄県知事、玉城デニー。

知事になって迎えた最大の修羅場を追った。

男子バスケW杯の裏で…

沖縄でのバスケットワールドカップの開幕を前日に控え、盛り上がりを見せていた8月24日。県庁には激震が走った。

県が国と争ってきたアメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設工事をめぐり、県が敗訴し、工事を承認する義務を負う見通しが出たのだ。

これを受けて副知事の池田竹州がすぐに動いた。池田は、これまで基地問題を総括する知事公室長などを歴任。基地問題に精通している。

池田は、政府との協議が必要だと考え、事務方に資料の作成などを指示。玉城に打診した。

しかし、玉城は最高裁の判決が正式に出ていない中で、総理大臣官邸に行くことは、政府側に取り込まれたとの印象を与えかねないと取り入れることはなかったという。

8月中旬、ある県幹部はNHKの取材に対し、政府側からも最高裁の判決が出る前に、話し合いの場を持てないか打診があったと明かした。政府側の狙いについて、国が裁判に勝っても県が工事を承認せず代執行となれば、国に批判が向かいかねないと考え、判決前に決着させたいと考えたのではないかと推測していた。

ワールドカップの開幕日。

会場の沖縄アリーナには、日本対ドイツの試合を観戦するため、玉城に加え総理大臣の岸田文雄の姿もあった。玉城は岸田を出迎えたが、どちらからもこの件を口にすることはなく、話し合いの場は持たれなかったという。

県をあげて盛り上げてきたバスケットワールドカップの開幕と同時に、玉城の苦悩の日々が始まった。

“政治家”か“行政の長”か

「辺野古新基地建設に反対をするという思いはいささかも変わらない」

敗訴の見通しが出たあとの記者会見で、辺野古への移設に反対する気持ちは1ミリもぶれていないと表明した玉城。

当時の心境について、玉城はNHKの単独取材でこう語った。

「知事とは行政の長でもあるが、政治家でもある。行政の長としての考え方と政治家としての信念との整合性をどうとっていくのか、非常に悩ましい」

司法の判断に従うという“行政の長”としてのあるべき姿と、辺野古への移設を公約に掲げ当選した“政治家”としての信念のはざまで揺れ動いていることを吐露した。

副知事の池田も玉城の様子について次のように語った。

「最高裁から連絡がきて、それを事務方から受けたとき、知事はかなり深刻に受け止めて悩まれている印象は受けた。司法の判断と沖縄県民の民意・願いの両方の重さを、知事が誰よりも一番重く受け止めている」

玉城と20年以上の付き合いがあり、相談相手と言われている県議会議員の山内末子もこう明かす。

「かつてないほど張り詰めた空気があった」

山内は、判決直後、玉城を支える県議会議員や後援会メンバーへの説明の場を設定することも打診したが、玉城は「今は少し待って欲しい」と返答したという。いつもとは明らかに違う対応に、「知事という職の重責に苦しんでいる姿を垣間見た気がした」と語った。

行政の長として、玉城が懸念していたもの。その1つが国からの損害賠償請求であることを副知事の照屋義実が明かした。

工事が遅れることで、国が県に損害賠償を請求してくる可能性があるという見方があった。裁判を起こされ、仮に県が負けて損害賠償を支払うことになった場合、県は公金から支出することになる。しかし、その後、住民訴訟が起こされ、その中で職員の誤った判断で県に損害を与えたと認められた場合、県が職員に公金で支出した費用を請求しなければならなくなるおそれがある。こう指摘されていたのだ。

「今まで知事が支えてきた職員のなかにも選択肢によっては、賠償請求が来るのではないかと、そういうふうな思惑が広がるなかで心配していた動きもある。知事もその方面にも気をつかっている」

基地を巡る問題は“人権”問題

敗訴から2週間後、玉城の姿はスイスにあった。世界各国の関係者に加え、NGOの関係者らも参加できる国連人権理事会に出席するためだ。夏前から決まっていた日程だった。

「日本政府は貴重な海域を埋め立てて新たな基地建設を強行している。県民投票という民主主義の手続きで明確に埋立反対という民意が示されたにもかかわらずだ」

玉城は、辺野古への移設工事について、4年前の県民投票で反対が多数だった結果を強調し、“人権”問題だと訴えた。

政府は、その場で、すかさず反論。

「アメリカ軍の駐留は地政学的な理由と日本の安全保障上の必要性に基づくものであり、差別的な意図に基づくものではない。辺野古移設が唯一の解決策だ」

一連の日程が終わり、取材で、玉城が強調したのは“対話”の重要性だった。

スイスで玉城は、国連関係者らと面談を重ねた。その中で、課題解決のために最も重要なことは対話であると指摘されたのだ。

「岸田総理大臣と直接、対話によって沖縄と日本政府との信頼関係の構築を図っていきたい」

これまでも対話での解決を訴えてきた玉城だが、この日、岸田との対話を求めていく考えを強調した。

玉城の国連訪問に反対していた自民党のある県議は、「多額の税金を使ってスイスに行って、気づいたことが『対話の重要性』。おまけにいまさら総理と会うなんて、開いた口が塞がらない」とあきれ顔。県庁内でも冷ややかな反応を示す者もいた。

「私は承認するしかないのか」

判決が出ても承認しない県に対し、国は司法の判断を錦の御旗に掲げながら動く。

玉城のスイス訪問中に、工事を承認するよう「勧告」。それでも承認しない県に対し、国は勧告よりも強い「指示」を出して、10月4日までの承認を迫った。国は、4日までに県が承認しない場合、県の代わりに国が承認して工事を進める代執行手続きに着手する想定だった。

「4日までに結論を出す」

玉城は、そう決めていた。9月26日から始まった県議会での答弁調整の合間をぬって、玉城のもとに県幹部らが集まり、協議が断続的に行われていた。

そして、9月30日。この日も答弁調整のため、県幹部は土曜日にもかかわらず、登庁していた。

午後2時ごろ、知事室のある県庁6階で玉城は訴訟に関わってきた弁護士2人と向き合っていた。玉城のリクエストで事務方が調整し、面談の場が設定された。

「これ以上対応できる策はありません」

これまで共に戦い、玉城が知恵袋として厚い信頼を寄せてきた弁護士から出された答えは“承認やむなし”だった。

「私は承認するしかないのか」

玉城は、県幹部にこうこぼしたという。

職員の中には、行政に携わる者として、司法の最終判断を守らないわけにはいかないと考える者もいた。県幹部の1人は、「最高裁の判決に従わず工事を承認しなければ、県の業務に多大な影響を及ぼしかねないという懸念がある」と語った。

わずか1日の間に

事務方は、週明けの10月2日に承認することを表明する方向で、玉城の午後の日程を調整し始めた。

翌日の表明に向けて、玉城のもとに関係する幹部が再び集まった。しかし、話し合いは、前日のシナリオとは異なる方向へと動きだす。

ある幹部は「承認してしまうと、知事の政治的立場がなくなります」と発言。これに対し、別の幹部は「行政がゆがめられることになります」と激しく応酬したという。

議論は結局約3時間に及び、協議が終わったのは午後6時すぎ。出された答えは前日とは真逆のものだった。翌日に予定されていた表明も見送られた。

わずか1日の間に、玉城を支援する後援会幹部や国会議員からの巻き返しがあった。

玉城が承認に傾きつつあった、30日夕方。玉城と両副知事らは、県庁近くにある玉城の後援会事務所にいた。この日、敗訴の判決が出て以降初めて、玉城をはじめ県幹部が、支援者である後援会幹部に説明を行った。

説明を受けた後援会幹部は、県側の説明を聞く中で「知事は承認するつもりではないか」と感じたという。

県側の説明に後援会幹部は苛立ちながら「認められない」と一蹴。玉城にこう迫ったという。

「承認なんかしたら辞める。辺野古反対がわれわれの柱であり、県民の民意だ。代執行まで県民と共に戦うべきだ」

さらに翌日には、県内選出の国会議員らは、玉城に電話をかけ、「工事を進めようとする中、県に対し損害賠償を請求すれば、国への批判が強まる。損害賠償請求などできるわけがない」などと説明。承認に傾いていた玉城に踏みとどまるよう説得したのだった。

10月4日午後5時すぎ。

玉城は、両副知事とともに、県庁1階のロビーで、期限までに承認の判断ができなかったと表明。

翌日、事実上の「不承認」と受け止めた国は「代執行」に向けて、福岡高裁那覇支部に訴えを起こした。裁判所が訴えを認め、その後も県が承認しない場合には、国が県の代わりに承認する「代執行」を行うことができる前代未聞の事態となる。
11日、玉城は覚悟を決めた様子で、「工事を承認しない」と明言し、みずから弁論に立つ意向を表明した。

「沖縄県に承認せよとの国土交通大臣の請求の趣旨には承服できないことから、本日、訴訟に応訴することにした。沖縄県民の民意をしっかり伝え、政治的というよりも現実的な県民の立場をしっかりと主張すべきだろうと思う」

しかし、「代執行」が現実のものとなった場合、早ければ年内に国が辺野古北側の埋め立て工事に着手する可能性がある。

一方、玉城の支持者の中には、世論次第では国が埋め立て工事を始めるタイミングで、是非を問うため、知事を辞職して「出直し選挙」に打って出る可能性を指摘する人もいる。

政府との対立の溝をいよいよ埋められなくなる状況に追い込まれつつある中で、玉城が打つ次の一手は何か。これからも政治家として、そして行政の長として、その判断が問われることになる。

(文中敬称略)

  • 安座間マナ

    NHK沖縄放送局 記者

    安座間マナ

    2019年入局。長野局を経て沖縄局。 ことし8月から玉城知事の番記者。 子育てと仕事の両立に日々奮闘中。沖縄県出身。

  • 河合遼

    NHK沖縄放送局 記者

    河合遼

    2020年入局。沖縄局が初任地。 ことし8月から県政で主に基地問題を担当。 飛行機オタクで趣味はカメラ。

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