「田んぼダム」。
いま大分県はこのダムを県内各地に普及させようと躍起です。その名のとおり、「田んぼ」を「ダム」のようにしてしまおうという取り組みです。
───でも、どうやって?───本当に効果あるの?
疑問はたくさん浮かびますが、実は、やろうと思えばすぐにできるし、本物のダムのような多額の建設費用は不要。さらに、普及が進めば本物のダムに匹敵する効果をもたらすという、まさに「コスパ最強の水害対策」なんです。 今回は動き出したばかりの「田んぼダム」を徹底解剖します!(取材:NHK大分放送局 記者・田淵慎輔)
“一丸となって”8月下旬に開かれた会合。県内16の市と町の担当者など、50人余りが出席するなか、県の担当課長がある決意を述べました。
(大分県農村基盤整備課 安東正浩課長)「皆様がたもご承知のとおり、気候変動などの影響により自然災害が非常に頻発化、激甚化しております。県内における被害の未然防止や軽減に向けて、一丸となって『田んぼダム』の導入に取り組んでいきたい。」
安東課長が言及した「田んぼダム」。県は来年度から県内全域で本格的に導入を進めることにしているのです。では、そもそも「田んぼダム」とは何なのでしょう?
(画像:田んぼダムのイメージ)大雨が降ると、山や川はもちろん、田んぼにも雨水が降り注ぎます。雨水は通常、排水路から川へと流れていきますが、この雨水を田んぼにためこむのが「田んぼダム」です。
田んぼをダムにする方法は簡単。排水口に専用の板を設置して水の流れをせき止めるだけです。川に流れ込む水を少量に抑えることができます。
通常の田んぼの排水と比較すると、排水される水の量が減っていることが一目瞭然です。これにより河川の水位の上昇を軽減し、浸水被害を防ごうというのです。
県は、6年前の九州北部豪雨や3年前の記録的な豪雨の被害をきっかけに2021年から実証実験を行い、今年度は県内11の地区のおよそ100ヘクタールの土地で検証を進めています。
県はなぜ、この田んぼダムに注目しているのでしょうか?
効果やメリットは?その最大のメリットは、「大規模な工事が必要ない」という点です。今ある田んぼの排水口に板などを設置するだけなので、手ごろな大きさの板さえあれば費用はほとんどかかりません。堤防の改修やダムの整備などに比べて、時間もお金も大幅に抑えられます。そして、その効果。田んぼだと思って侮るなかれ!これまでの県の実証実験では、大雨の際に流れ出る水の量を最大で20%余り抑える効果が確認されています。また、県の担当者によると、仮に県内すべての田んぼをこの「田んぼダム」にしたとして、水位にして10センチ分の雨水をためこんだ場合、その量は1級河川の「大分川」の上流にあるダム1基分に相当するそうなんです。
農家・農作物への影響はない?
ただ、疑問も浮かびます。田んぼを雨水で満たしてしまって、生育中のイネは大丈夫なのでしょうか?県や農林水産省によりますと、例年、豪雨が襲う7月前後の時期のイネはすでに30センチ以上に成長し、多少水位が上がっても品質や収穫量に影響は出ないということです。また、雨が落ち着いて農作業を再開したい場合は、せき止め要の板を外せばすぐに水位を下げることができ、農家や農作物への影響も最小限度にとどめることができるとしています。
導入への課題は?では、導入に向けた課題は何なのか。県の担当者は「何よりも農家の人たちの理解を得ることが重要だ」としています。稲作を行っている田んぼを活用する以上、農家の善意による協力は不可欠です。この事業の必要性だけでなく、考えられるあらゆるリスクを農家の人たちに丁寧に説明して、納得してもらわなければいけません。このため県では、農家への説明用のパンフレットを新たに作り、配ることにしています。
また、どの地域で実施するか絞り込むことも大切です。広い面積で実施すればその分、多くの水をため込むことができますが、その効果がより高くなるのは川の上流にある田んぼです。県や自治体は今後、そうした地域を中心に、どの地域で導入するのが効果的か検討し、候補を絞り込むことにしています。そして、来年4月までに自治体ごとの面積の目標を盛り込んだ県全体の方針を策定するとしています。
おわりに低コストで高い効果が期待される「田んぼダム」。このところ毎年のように豪雨災害が起きるなか、予算は少なくても、知恵と工夫で災害による被害を減らすことができるすばらしい取り組みだと感じました。ただ、田んぼはコメ農家にとって生活の糧を得るための貴重な「財産」です。田んぼダムの普及にあたっては、そうした農家が十分に納得できる丁寧な説明が求められると思います。